第10話(上司サイド)誤算と嫌悪
「ふん、まずは順調か」
退屈なオープニングイベントを終え、半壊した村の祠からティムの魔石を手に入れたテンガは、さっそくモンスター集めに精を出していた。
王宮の中庭に作られた”モンスターハウス”、その檻の中では数匹のモンスターが蠢いていた。
「まずはイヤシブロブ。 最弱クラスのモンスターだが、実はレベル5まで上げると……」
じゅるじゅると刺激臭を放つ粘液をまき散らしながら地面を這いずり回っているのは毒々しい緑色をしたゼリー状のモンスター。
見た目の悪さとパラメーターの低さから一般的なモンクエプレーヤーは見向きもしないが、レベル5まで上げれば自分の命と引き換えにパーティを全回復させる最強魔法ジバナオシーを使うことが出来る。
「コイツは実質使い捨てだ。
何匹もストックしておくのが面倒だがな」
回復に手が回らないRTAのボス戦では必須のモンスターと言えた。
「次にスポイルドアップル」
檻の中でふよふよと浮いているのは半ば腐った……と言うよりはほぼ腐り落ちた巨大なリンゴの化け物。
先ほどのイヤシブロブと同じく、見た目の醜悪さからプレーヤーに人気はない。
「コイツはレベルを上げれば最強の妨害系魔法、クラミストを覚える」
打撃攻撃の命中率を大幅に下げる魔法だが、雑魚敵だけではなく一部のイベントボスにも効果があるのだ。
「中盤の”負けイベント”回避のカナメだな」
数年かけて組み上げたオレ様の攻略チャートは完璧だ。
ゲームとは違い、モンスターの出現するフィールドは広大なので狩り集めるまでに1週間ほどかかってしまったが。
「ふん、本当に面倒だ」
昨今”オープンワールド”なる、世界の広さを感じられるゲームなどと言うものが流行っているが、ゲームは早解きが至高である。
そんなものに熱中する人間がいることが理解できない。
「そういえば……モブはリバサガが好きだと言っていたな」
おお、身近にそんな変態がいたとは。
「アイツは今頃どうしているやら」
もしかしたら、オープニングイベントであっさりと魔王に殺されているかもしれない。
「それならそうで、オレ様の足を引っ張るやつはいないという事だ」
情けなく命乞いするモブの姿を想像して笑みを浮かべるテンガ。
「それはどうでもいいとしてだ……」
一転、しかめっ面になる。
「なんて臭い連中なのだ」
腐ったリンゴそのものであるスポイルドアップルも酷いが、イヤシブロブの粘液から立ち上る臭気は何かしらの毒を含んでいるらしく目が痛くなってくる。
「最悪だ」
最初はモンクエの世界を体験できると少しだけわくわくしていたのだが、味付けが貧弱な飯はマズいし王宮ですらトイレは垂れ流し。
ベッドのマットレスは段ボールよりはまし程度だし、太陽が沈めば真っ暗でネットもない。
わずか数日でうんざりしたテンガはさっさと魔王を退治して元の世界に戻ろうと考えていた。
「ま、女のレベルだけは比べ物にならんがな」
救世主特権で毎日呼び寄せている夜伽用の女のレベルは驚くほど高い。
王都の繁華街で街角に立っている娼婦ですら、元の世界のトップアイドルレベル。
「……うっ、いい加減頭が痛くなってきた」
スポイルドアップルの腐敗臭とイヤシブロブの刺激臭が混じり合って眩暈がしてくる。
さっさと自分の部屋に戻って今日の女を見繕うか……そう考えていたテンガだが、何かを思い出したように手を打つ。
そう、ゲームとは違いこの醜悪なモンスター共の世話をする必要があるのだ。
「おい、フェリシアはいるか!」
「……救世主様、何か御用でしょうか?」
「モンスター共にエサをやれ。
ああ、あと臭気がオレ様の部屋の方に来ないよう、ついたてを作れ」
「承知しました」
テンガに目も合わせず、事務的に返答するフェリシア。
その白い手足にはアザが目立ち、イヤシブロブの粘液に触れたせいか、一部の肌が変色している。
「テンガ様、せめてフェリシア様に治癒魔法を!」
「モンスターの世話なら、この私が!」
痛々しいフェリシア姫の様子に居てもたってもいられなくなったのだろう。
数人の兵士がテンガに懇願するが……。
「駄目だ! これは罰だからな。
その馬鹿エルフは救世主で主人公であるこのオレ様を殴ったのだ」
「当然の報いだろぉ?」
「もちろんオージ王の許可は取ってある。
三下のお前らに意見する資格はないよなぁ、ああ?」
「くっ」
手にした鞭で兵士たちの頭を叩くテンガ。
屈辱で身体を震わせる彼らは何もできない。
権力を笠に雑魚どもを従わせる……最高の愉悦である。
「そんなことより明日は遠出するぞ。
オレ様は歩きたくないから、今夜中に馬車を仕立てておけ。
くははははははっ!」
高笑いしながら去っていくテンガの背中に兵士たちの冷たい視線が突き刺さるが、得意絶頂のテンガは気付かない。
王宮に勤める兵士たちからの好感度は、いよいよマイナス領域に突入しようとしていた。
*** ***
「馬鹿な……」
翌日、半日近い時間をかけて王都の南に広がる海までやってきたテンガ。
目の前の光景に呆然と立ち尽くす。
「なぜ無いのだ!
レアモンスターが出現する2マス分の小島、通称レアモン島が!!」
「おいそこのお前、何か知らないか!?」
「は、はぁ」
周囲に喚き散らすテンガに気の無い返事をする護衛役の兵士たち。
(くそ、どうする!?)
王都の南に広がるサウス海。
海岸からほど近い位置に浮かぶ画面上は2マスしかない小島。
そこでは低確率で、本来なら中盤以降でしか出現しないモンスターに会えるのだ。
その中でもモンクエのマスコット的存在であるジャイアントトードに乗った”トードナイト”は、高い攻撃力と素早さを備えており成長も早い。
RTAでのボスバトルのカナメともいえる存在だった。
「……テンガ様が何を言われているのかは良くわかりませんが、ここにあったプチサウス島は、数年前の地震で海に沈みましたよ」
「なんだと!?
おい、どうにかしろ!!」
兵士の襟首をつかんで喚き散らす。
「そ、そんな事を言われましても……」
「役立たずが!」
バキッ!
兵士を砂浜に殴り倒す。
テンガは自分が立てた計画から少しでも外れると、パニックになる男だった。
(まずい、マズいぞ!)
倒れた兵士には目もくれず、自分のステータスを開く。
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ブジン テンガ
LV8 ヒューマン
HP :51
MP :20
攻撃力 :39
防御力 :29
素早さ :17
魔力 :30
運の良さ:18
E:マジックレイピア(攻撃力+20、魔力+5)
E:チェインメイル(防御力+15)
魔法:ヒール、ホノオ、イカヅチ、コオリ、ライトフォグ
EX:2,317
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モンスター狩りの合間に多少のレベル上げをしていたので
序盤をこなせるくらいには仕上がっている。
(だが、オレ様の完璧なバトルプランが……)
イヤシブロブに自爆回復魔法ジバナオシー使わせながらトードナイトに攻撃させボスのHPを削る。
トドメだけ主人公の魔法を使い、短時間で勝利する。
イヤシブロブを使い捨てにするため、パーティの平均レベルも上がりにくい
RTA+低レベルクリアに最適のチャートだ。
「おおおおおおお!?」
「「…………」」
頭を抱えて絶叫するテンガを醒めた目で見つめる兵士たち。
「そ、そうだ……フェリシアだ!」
ひとしきり叫んだ後、何かを思い出したようにハッとするテンガ。
「余計な時間を取られる上に大したモンスターもいないからいつもスキップしていたが!」
「エルフの村での強化イベント!」
確かあそこでは主人公のレベルが+7されるイベントがあったはず。
それに使い勝手は遥かに落ちるが、防御力の高いマッドゴーレムを仲間にできるのだ。
「マッドゴーレムを盾にして、オレ様の魔法で攻撃すれば……行けるか?」
何より痛い目にあうのはたくさんだ。
モンスター狩りの最中に何度か下級モンスターであるジャイアントラットに噛みつかれたが、超痛かった。血も出た。
HP2~3分のダメージであれなら、クリティカルヒットを食らった場合の痛みなど想像もしたくない。
盾役の確保は最優先と言えた。
「おい、城に戻るぞポンコツ共!」
だが、件のイベントをいつもスキップしているテンガは知らなかった。
「へ、辺境の視察に出ていて城にいないだとおオオオオオオオッ!?」
”エルフの村での強化イベント”の発生には、フェリシア姫の好感度を上げておく必要があることを。
「そんな馬鹿なああああああ!?」
テンガのRTAチャートは、確実に狂い始めていた。
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