第8話 再会(前編)

「ジュンヤ! 屋根の材料はどこ?」


「ああ、そこにある薄い木の板だ。

 建物ごとに番号が書いてあるから間違えるなよ?」


「らじゃ!」


 俺の指示に、ぴゅーっと走っていくアル。

 彼女は獣人族なので、見た目に似合わず普通の人間より少し力が強い。

 こう言う力仕事にはうってつけと言えた。


「とりあえず、順調かな」


 ため池に隣接する丘の中腹では、10軒を超える建物が建築中だ。

 復興を始めて数日……あと2、3日もあれば村人たちの住居が完成するだろう。


「ただ……」


 俺は集会所に併設した倉庫の方を見る。


 避難時に持ち出せた食料は半月分ほど。

 小麦や野菜の種はあるが、畑を作って収穫できるのは当分先。

 手持ちのお金も限られている。


 一番近い村でも徒歩で数日かかるというハジ・マリーノ村。

 俺が買い出しに行ってもいいけどその間の村の守りをどうするか。


「先に食料の買い出しに行くべきだったか……?」


 リバサガでは拠点となる村を立ち上げると”交易”メニューが使え、必要な物資を購入できるのだが、ゲーム上食料などの生活物資はあまり細かく設定されていないのだ。


「この世界は”ゲーム”じゃないんだよな」


 家があっても人が生きていくには食べ物や薬が必要。

 当たり前の事ではあるが、なまじこの世界がゲームに似ているだけにその事実を忘れそうになってしまう。


「最低限の防御施設だけ作って、みんなで買い出しに行くか……」


「ああ、それなら心配ない」


 腕を組んで唸っていると、ぽんと俺の背が叩かれる。


「ヒューバートさん?」


「マルーには煉瓦亭で使う食材だけじゃなく、

 収穫期までの食料の買い出しを頼んでいるんだ。

 先ほど連絡があったから、もうすぐ着くんじゃないかな」


「大勢で行かれてるんですか?」


「いや、馬車を仕立ててはいるが、彼女一人だけだ。

 本来ならこの時期、村は小麦の世話で忙しいからね」


「な、なるほど?」


 ハジ・マリーノ村は名前のとおり序盤の村なので、周辺に出現するモンスターのレベルは低い。

 俺が毎日モンスター退治をしているので新ハジ・マリーノ村の周囲にはほとんどモンスターは出ないのだが、この世界の一般人であるマルーさんが一人で村の外に出ているなんて……。


(もしかして、オーガーみたいな人なんだろうか?)


 ヒューバートさんもムキムキだし……。

 そんなふうに少々失礼な事を考えていると、丘の向こうから馬のいななきが聞こえてきた。

 ガラガラと微かに馬車?が動く音も。


「もう、ヒュー!

 村が襲われたって聞いて心配したけど元気そうじゃない!」


「サンバーン村のチェスカさんに頼んで薬と肥料も買い足したわよ?

 って、ヤバ!

 村が出来てるっ!?」


「っっっっ!!」


 背後から聞こえた元気な女性の声に思わず硬直する。

 話している内容ではなく、その声色に聞き覚えがあったからだ。


「マルー、お帰り!」


「ただいま、アル。

 ……ん~?

 あなた少し雰囲気が変わったわね。

 もしかして、好きな男の子でもできた?」


「!?!?!?」


「ふふふふっ、真っ赤になっちゃって!

 萌えるわ~~、今度はバニー服着せちゃお」


 ぎゅっ


「ばにーふく?」


「ちょっと痩せた?

 ちゃんと食べなきゃだめよ?」


 ほのぼのとしたやり取りだが、俺の脳はその内容をほとんど理解できていなかった。


 両親が不在な事が多い俺の家で、明るく振舞いながら色々と世話を焼いてくれた満里奈姉。

 可愛いものとコスプレが大好きだった。


「マルー、お帰り。

 相変わらず君の話す言葉は時々分からないな」


「ふふん、異文化コミュニケーションってヤツよ。

 ヒュー、10日もお預けだったんだから、今夜は可愛がってね♡」


「……あのな、アルも聞いてるんだぞ?」


「メンゴメンゴ!」


 たまにセクハラめいた事を言うと思えば、妙に古いボキャブラリー。


「う……うあっ」


 口の中がカラカラだ。


 思い出すのは俺が中学2年生の時。

 数年ぶりに家族旅行に行くことになり、社会人になって地元を離れていた満里奈姉も参加してくれることになった。


 出発日の朝に熱を出した俺は、残ろうかと心配する満里奈姉に大したことない、あとから新幹線で追いかけるよと強がってしまった。

 そして、俺の両親と満里奈姉を乗せた国内線の飛行機はエンジントラブルを起こし海に墜落した。


 乗員乗客全員が死亡したこの痛ましい事故で、ただ一人の行方不明者。

 満里奈姉の遺体はおろか、手荷物すら何も回収されなかったのだ。


「そういえば黒髪の救世主って……もしかしてだったりして」


 ああ、そうだったのか。

 俺がここにいるのだから、彼女もそうだったのかもしれない。


 だけど、まさか。


「マリ姉……」


 昔の呼び方で呼びかける


「な~んちゃって…………は?」


 どさっ


 荷物を落としたような音がする。


「え……だって、ウソ?」


「…………」


 俺はゆっくりと振り返る。

 溢れる涙で彼女の姿が歪んで見える。


 さらさらとした風になびく黒髪。

 気の強そうな双眸から滲む優しい光。

 均整の取れた長身。


 ああ、もう間違いない。


「ジュンちゃん!」


「マリ姉!」


 最後に見た姿よりもっと大人っぽくなっている。

 俺を可愛がってくれた10歳年上の従姉妹。


「マリ姉!!」

「マリ姉!!!」


 泣きながら駆け出す俺。


「ホントにジュンちゃんだ……お帰りっ!」


「あぅ、うわああああああああっ!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺は、懐かしいその腕の中に飛び込んだのだった。

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