第5話(上司サイド)強制イベントはさっさと消化するに限る

「ふん、確かにモンクエの世界のようだな」


 一瞬の浮遊感の後、テンガは草原の上に立っていた。

 向こうの方に大きな街が見える。

 オージ王国の王都だ。


『テンガ? 無事に転生したようですね。

 目の前に見える街道をまっすぐに行けば……』


「言われなくても知っている。

 オレ様を嘗めるなよ?」


『ふふ、そうだったわね』


 エリスの言葉を遮ると、尊大な態度で歩き出すテンガ。

 この女の言う通り、モンクエの世界なら培ったRTAテクで速攻魔王を倒してやることにしよう。


「それにしても、安っぽい装備だ」


 ゲーム開始直後だから仕方ないとはいえ、

 腰に下げた武器は銅のショートソードだし防具は皮の鎧。


「さっさとティムの魔石を手に入れてキメラを使役したら……東の大陸にあるドワーフの里で上位武器を手に入れる」


 RTAの基本となる強力装備入手のショートカット術だ。


 ======

 ブジン テンガ

 LV1 ヒューマン

 HP  :20

 MP  :5


 攻撃力 :15

 防御力 :11

 素早さ :8

 魔力  :15

 運の良さ:15

 E:ブロンズソード(攻撃力+12)

 E:皮の鎧(防御力+7)

 魔法:ヒール、ホノオ、イカヅチ

 EX:0

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「ふん、悪くないな」


 ステータスを確認したテンガは満足の吐息を漏らす。

 モンクエでは主人公の初期ステータスはランダムに決められる。

 RTAでは事前準備としてステータス厳選をするのが基本だが、異世界転生となるとリセマラは難しいだろう。

 一発勝負にしてはいいテーブルを引いたようだ。


「魔力と運の良さが高いのが良い」


 魔王の低レベル撃破のためには魔法の威力とクリティカル率が重要である。

 両者に影響するステータスが若干高いのは素晴らしい事だ。


「まずはティムの魔石だな」


 まだ下僕となるモンスターがいないので独り言が多くなるテンガ。


「ちっ、さすがにスキップ機能はないか」


 ティムの魔石を手に入れるまではオープニングであり、自動イベントとなる。

 昨年発売されたリメイク版ではスキップ機能が実装されたためまともにイベントを見たことは無いが……。


 イベントスキップもショートカット移動機能もなさそうなこの世界が早くも煩わしくなってきた。



 ***  ***


 雑魚モンスターを狩ってレベル上げをしながら2時間ほど歩いて王都に到着したテンガは、さっさと王に謁見しようと王宮に向かう。


「ここはオージ王国の王宮である。

 旅の方、申し訳ないがただ今王宮内は立て込んでおり、見学はまたの機会に……」


「”イカヅチ”」


 バリバリッ!


 型通りの誰何の言葉を掛けてくる門番に対し、雷系の魔法で返答してやる。

 イカヅチの魔法が直撃した城壁が真っ黒に焦げる。


「ひいいっ!?」


 魔法の炸裂音に慌てて王宮内部から数人の兵士が出てきた。

 金色の鎧を着ているヤツが騎士団長だろう。


「雷系の魔法を使える男……お前がスライムレベルの頭でなければオレ様が何者か分かるよな?

 大魔王ログラースの復活が迫っているのだろう?」


「!?」


「近衛師団の占星術師しか知らないことをなぜ貴殿が?

 それに、この魔力反応は伝説の救世主の一族に連なる者しか使えぬ電撃の……」


「ああ、御託はいい。

 さっさと王に謁見させろ」


「こ、こちらに……念のため鑑定をさせて頂く」


「……ちっ」


「オレ様が世界を救ってやるって言ってるんだ。

 さっさとしろ」


 見て分からんのか。

 世界最強の才能を持ち、勇者を育てる主人公様だぞ?

 型通りの対応しかできないのは無能のすることだ。


 ここで力を見せておけば面倒なイベントをスキップできるかと思ったが。

 ゲーム通りの動きをするモブ共に、イライラを募らせるテンガなのだった。



 ***  ***


「テンガ殿。

 貴殿が救世主の力を持つ末裔であることがはっきりした」


「占星術師筆頭、アブリル殿の神託によれば大魔王ログラースの復活が間近に迫っているという……」


「オージ王国各所の通行手形と貴殿の詰所を王宮内に与える。

 数人の部下も与える故、存分に力を蓄えられよ」


(話が長い)


 さすがにオージ王の御前では殊勝な態度を取るテンガ。


(それにしても……)


 先の展開が分かっている話を延々聞かされるというのはこうも不快なのか。

 普段はメッセージを高速化しているから気にならなかったが……。


 モンクエでは王宮内の”詰所”と呼ばれる施設にティムしたモンスターを預けられる。

 コレクション要素もあるのだが、RTAにしか興味のないテンガはレアモンスターを集める気などさらさらなかった。

 クリアに必要な必要最低限のモンスターを集めればよい。


(だが、人間の部下がいるのはいいな)


 モンクエにはいくつかの強制バトルイベントがあり、あるテクニックを使う事でスキップできたりするのだが、そのためにはせっかく集めたモンスターを何体か犠牲にする必要があった。


(より効率化できそうだ)


「……ワシは他国の王と大魔王ログラースへの対策を考えねばならん。

 身の回りの世話は義娘のフェリシアにさせる故……頼んだぞテンガ殿」


 密かにほくそ笑むテンガ。

 いつの間にか王の話も終わっていたようだ。


「……救世主テンガ様。

 わたくしは第三王女フェリシアと申します。

 お困りごとがございましたら、何なりとお申し付けください」


 謁見の間を退出するオージ王と入れ替わるように、ひとりの少女がテンガの前にやってくる。

 金髪碧眼で長身、見た目は完璧な姫君なのだが、少女の金髪から覗く両耳は鋭く尖っている。


(あー、コイツなんだっけな。

 負けヒロインのフェリシアか)


 目の前に現れた姫君を、ジロジロと観察するテンガ。


(ゲームの3Dモデルより美人だな……)

(しかし)


 モンクエは中盤に”結婚”イベントが控えている。

 このフェリシアも花嫁候補の一人。


 だが、このフェリシアは王宮内の権力争いの余波でエルフ族から養子に出されたいわば「厄介者」……義兄弟の中で一番年長にもかかわらず第三王女という立場で、突然現れた主人公の世話係に任命されるという少々不憫な娘である。


 初期から仲間に出来るキャラクターとしてそこそこ魔法も使えるのだが……。


「な、何でしょう……?

 ああ、この耳が気になるのですね?

 ご察しの通り、わたくしはエルフ族の生まれでして……魔法の腕には少々自信がございますので、テンガ様の手助けも出来るかと」


「……いらん」


「はっ?

 い、今なんと?」


「いらんと言ったんだ」


 ティムしたモンスターが主戦力のモンクエでは、人間キャラはNPC扱いとなる。

 通常プレイではフェリシアの魔法は役に立つのだが、RTAプレイでは戦闘が長くなるだけの邪魔ものでしかない。


(なんといっても)


 結婚イベントを経て生まれる”勇者”の性能が、ヒロイン中最も低いのがコイツなのだ。

 世間では不幸な生まれで健気なフェリシアが人気らしいのだが、まったく信じがたい。


 オレ様は他国の貴族であり、裏技でとあるイベントをスキップできるカミラ嬢派なのだ。


「そ、そうでしたね……テンガ様はもう立派な救世主、わたくしの助力など……」


「ああ、身の回りの世話はさせてやるから、オレ様が呼んだらすぐ来い。

 だが夜伽は不要だぞ?

 その貧相な身体ではな……ははははっ!」


 なにしろ結婚イベントに子作りイベントがあるのがモンクエの特徴である。

 実際に体験できるのなら、妖艶な爆乳キャラであるカミラが最高だ。

 貧乳ガキのフェリシアなど、ロ○コンに食わせておけばいいのだ!


「……んなっ」


 あんまりな言葉に絶句するフェリシア。


「アイツ……救世主だからってフェリシア様になんと失礼な!」

「おい、抑えろ!」

「王から好きにさせろと通達が出ている」

「それに、ヤツがいないと我が国は大魔王に対抗できん」


 このガキ、オレ様に選んでもらえると思っていたのか?

 当然の拒絶をしたのだが、何故か周囲を固める兵士連中から敵意の視線を感じる。


 負けヒロインに肩入れしているとお前らも負け組になるぞ?


「ふん、とりあえず腹が減った。

 飯を持ってこい」


「あと飯を食ったらすぐにハジ・マリーノ村に行くぞ」


「テ、テンガ様……それはどういう」


 強制イベントはさっさと消化するに限る。

 そんな事も分からないのか、察しの悪いグズは大嫌いだ。


「自分で考えろ、馬鹿エルフ」


(ざわっ……!)


 その可憐な容姿と慈悲の心で王宮内の下級兵士たちに人気のフェリシア。

 この救世主殿は最低だ。


 自分の好感度がダダ下がりしたことに気付かないテンガなのだった。

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