ポーン教団編 第二十八話 トラウマ

 今日はコウシがミトラさんとのお話の日。コウシは早く起きる必要があるから起きなきゃだけど私は特に必要ないのに起きてしまった。生活リズムのせいといえばそうなんだけど。


「忘れ物とかない?」


「そんな持ち物いらないし、多分いいかな。忘れたら取りにくるし」


「そっか。もうそろそろいかないとだね」


「おう」


「いってらっしゃい」


「じゃあな」


 そう言って出かけてしまった。

 今日はアイラちゃんとのお出かけだ。

 どこに行こっかなぁ。

 

 私はコウシの姿を見ようと窓に向かう。

 窓の外にはちょうど宿を出て歩いているコウシが見える。

 無事に着くかなぁ。まぁ、そんな遠くないし大丈夫よね。


「そこの男よ!止まれ。そしてその身を確保する」


 コウシの目の前にいるローブを着ている男……昨夜の教会の人間か。がコウシの前に立ち止まって何か言っている。


「昨日のか。何すんの?」


「何すんの?じゃない。お前はその身で罪を犯した。わかっているな?」


「まぁ。で、何?拘束?されるわけないだろ」


「そうか?俺はそうは思わない。『魔鞭』」


 やばい。戦闘が始まっちゃった。助けにいかないと……


「だめ。ミシアも捕まっちゃう」


「も、って今行けば二人助かるのに!」


「ううん。あの人には勝てない。だから、だめ。」


「だって、私たち昨日も勝ったんだよ?今回もいけるよ!」


「昨日は勝ってない。あのままだとコウシ、死んでた」


「いや、まあそうだけどさぁ。そうなんだけどさぁ!今いかないと!」


「だめ。助けを呼ぶしかない」


「助けって……」


 ミトラさんとの約束を思い出す。ミトラさんはあんな大きい魔法陣を使っていた。それにコウシとなんかありそうだしコウシ絡みなら動いてくれる可能性がある。

 宿の目の前でやってるせいで動くことができない。

 私は今、目の前で大切な人が襲われているのを見ることしかできない。精霊の風は見る人が見れば瞬間移動なんかじゃない。この男がその可能性だってある。

 悔しい。悔しい。

 

 コウシは魔法で柄の先からが作られている鞭相手に苦戦を強いられている。

 剣ならまだしもメリケンサックじゃ無理だ。分が悪すぎる。

 三又に別れた無限の鞭が慣性も重力もその他物理法則を無視して意のままに空を飛んでいる。


 そこからは時間もかからずにコウシは魔法の鞭によって体を縛り上げられ肩に担がれてしまう。そこからも反撃の機会を伺っているようだが何もできない様子だ。


「ごめん、コウシ……」


「あの人は本当に強くて怖いから……」


「アイラちゃん……すぐ解決するからね……」


「うん。あのね、引き留めてごめん……私のせいで……」


「そんなことないよ。ひとまず急いでミトラさんの元に行くよ」


「うん」


 私たちは急ぎつつなるべく音を立てないよう図書館に向かった。まだ、そんなに男も離れていないだろうし。


「ミトラさん!!コウシが攫われました!!どこにいらっしゃいますか!!」


「そんな慌てるでない。あなたはコウシの仲間だろう?」


「はい。ミシアと言います。それで、あの……!」


「あぁ、わかっている。昨夜の事件のせいだろう。しかし、私にはポーン教会を相手取ることはできない」


「え?でも!不思議な技を使う女性は倒しましたよ!!」


「あぁ、それでもだ。なにしろ、私はそこまで強くない。非戦闘員ってやつだ。陰でチクチク魔法を撃つしかできないんだ」


「そんな……」


「わかっている。だが、落胆するでない。私はこの国で何年も人に恩を売って生きてきた。頼れば応えてくれる人なんていくらでもいる。その中に一人だけ、ポーン教会を制圧できる男がいる。教団長がいないなら尚更だ。急いでその男の元に行こう。そいつは今でも記憶を記入しているだろう。寝ているところなんて見たことがない」


「そ、そんな人が……」


「あぁ、この国で一番強くて一番の変人さ。さぁ行こうか。モタモタもできないだろう?」


「そうですね。急ぎましょう」


 ミトラさんとアイラちゃんはどうしても走るのが遅く、焦ったかった。


「精霊の風!」


「ふむ、精霊か。なかなかいいスキルを持っているとは思っていたがまさか実物を見れるとは」


「そんなこと今はいいですから……で、どこに向かえばいいんですか?」


「冒険者組合の酒場だ」


「酒場……わかりました」


 強い冒険者がいるのだろうか。

 精霊の風で全速力を出したおかげで数秒で辿り着いた。精霊には無理をさせてしまった。しばらくは休憩させないとか。


 ミトラは勢いよく酒場の扉を開ける。

 中は早朝だからか数人しかいない。ここにそんな強い人が……記憶を記入してそうな人もいない。


「クラーク!!私だ。ミトラだ。頼みがある。人助けをしてほしい。誘拐された。私の大切な人だ。スキルの解明に役立つかもしれない人。翻訳を持っている。相手はポーン教会。教団長は死んだらしい。昨夜の事件に関係している。国が危ない」


 ミトラは一言言うごとに少しまを開けながら情報を出していった。国が危ない、といったところで奥から物音が聞こえた。クラークとは誰だ。


「ミトラ、ミトラ。全て聞いたよ。国が危ないんだって?そりゃやるしかないさ」


 奥から出てきた人は長身でイケメンの男。声も凛々しくかっこいい。


「あぁ、そうだった。君はそういうやつだった。忘れてしまうことさえ忘れていた。で、答えはイエスなんだろう。では行くぞ。ミシア、さっきのを頼む」


「さっきのは……ごめんなさい。しばらく待たないと。精霊が疲れちゃって」


「あぁ、そうなのか。では散歩といこうか」


「そうだな」


「あの!クラークさんは、なんの武器を使うんですか?」


「うーん、答えてもしょうがないような気はするけど。僕の武器はこれさ」


 そう言って見せたのは両の手。


「殴るんですか?」


「殴るなんて僕にはできっこないよ。生まれてから一回も人を叩いたことがないのが誇りであって常識だからね」


「じゃあ、どうやって……」


「まぁまぁ、見ていればいいさ。それと、君とそこの女の子は遠くで隠れていてくれ。私がいれば十分さ」


「あぁ、そうだな。私からもそれをお願いするよ」


「わ、わかりました。じゃあ隠れてよっか」


 ほんとは参加したい。私も戦いたい。私も助けたい。でも、頼るしかない。アイラちゃんを守る方が私のプライドよりも優先だ。わかってる。


「今から何が始まるの?」


 私は教会の中が見えるあたりに移動すると後ろで八百屋をしているお婆さんに声をかけられる。


「私にもわかりませんが……奥さんはポーン教会は好きですか?」


「うーん、そうねぇ。評判はいいし、人あたりも良さそうなんだけど……あ、そうそう!たまにね、中から女の子の悲鳴が聞こえるのよ……。なんか危ないことでもやってるのかしらねぇ……」


 女の子の悲鳴。

 アイラちゃんを見るとはっきりと怯えていた。今ので鮮明に思い出してしまっただろうか。

 

「そうですか……あ!そこのポリュンを一個ください」


「はいよ。八九円ね」


 手短に会計してポリュンをもらう。それをそのままアイラちゃんにあげる。


「くれるの?」


「うん、さっきはごめんね。大丈夫だから」


 そう言って胸の中に収めるように抱きしめる。アイラちゃんが震えているのがわかる。この子にとっては一生帰ってきたくないであろう場所に何も考えもせずに連れてきてしまったのが本当に悔しい。

 早くコウシのことを助けてもらってこの場から離れたい一心で抱きしめた。

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