第1話 堕落の末に

「あー、つら。帰りてー」


「お前、毎日言ってるぞ。そんな辛そうには見えないけどな」


 違う。病むとかメンタルがーとかじゃなくて学校がめんどくさい。それを「つら」で表現しただけ。学校っていうか授業が、か。

 

「先生、今日の授業自習でいいっすよ。俺が許可するんで」


「誰が許可してるんだ……。良いわけないだろ」


「ちっ」


 それからほんの少し経ったところでチャイムがなって授業が始まってしまった。

 

 この席になってからどれくらい経ったのだろうか。

 このクラスは月末に席替えするから……二週間ぐらいか。今までは幸運にも六回連続一番後ろでさぼれていた。そのせいで先生からの評価は最悪だったが……。友人からは僻みの声を何度も聞かされたが不運な負け組に何を言われても何も気にならない。と、思っていた。

 完全に調子に乗っていた。バチが当たったか運が尽きたのか前回の席替えで一番前、しかも教卓の目の前になったしまった。

 さらに不運なことにいつもつるんでるあいつらとは誰一人として近くなくなんなら固まってしまっている。隣の席はよくわからんメガネをかけたいつも本を読んでいる男子。

 

(はぁ、なんで俺がこんな目に……。そういう柄じゃねぇのに。)


「おい、荒神こうし、集中しろー。今またぼーっとしてただろ」


「あぁすいません」


(そりゃぼーっとするだろ。早く席替えしてくれよ。)


 そこから四十分程真面目に受けてるふりをしながらやり過ごした。

 授業が終わるチャイム兼昼休みの始まりを告げるチャイムを聞いた俺はあいつらに「いつもの場所行ってくる。」とだけ伝え階段のある方に向かう。

 三階建てで三階に俺の学年の教室があるのだが実はこの上がある。


 階段に着いて立ち入り禁止と書かれた大きな木の板を軽くどかして元の位置に戻す。

 そして鍵がかかっていそうな鉄の扉の前に立つ。

 

 実はこの屋上へとつながる扉には鍵がかかっているように思うがかかっていない。

 ちょっと前に俺が外したから。

 これには先生たちも気づいてないと思う。小さな本音とわかりやすい嘘を少しづつ出していくとそれがその人の全てだとある意味での信用をくれる。人はそこに大きな影があることに気づかない。

 

 鍵のかかっていない扉を開けると整備も掃除もされていない屋上が姿を表す。遠くの方を見ると鳩やらカラスの糞がたくさんあり俺が掃除した俺の場所以外は足を踏み入れれない。

 俺の姿を見た数多の鳩は一気に屋上から羽ばたき、席を譲ってくれる。


 俺は少し歩いていつもの場所に向かう。


「うっし、っすぅー」


 飛び降り防止の柵を掴んで大きく息を吸う。

 そんなに大差は無いんだろうがなんとなく、体感、あの学校は息が吸いにくい。人が多いからなのか室内だからかわからないけど学校がめんどくさいと思う理由の上位に食い込む原因だ。


「あ、やっべ。飯忘れてきたな」


 早くここに来たくてついつい手ぶらで来てしまった。


「これから何すっかな」


 昼休みは多分四十分ある。

 スマホも今持ってないしほんとに手ぶらできたため時間がわからないけどまだ五分ぐらいしか経ってない。

 ま、ここにいるのはなんもしなくても楽しいし楽だからいいか。


 

 しばらく街を眺める。

 この街はほんとになんもないな。遠くの方にイトーヨーカドーと大きな電気屋が見えている。それ以外にはよくわからない建設会社の看板ぐらいしかない。

 下を見ても人は全然歩いてない。時間帯とか曜日とかではなく日曜の夕方だって同じ感じだ。

 別にそれが嫌とか都会に憧れてるとかではない。なんならこのつまんなくて楽しくない場所が好きだ。だってつまんなくて楽しくないから。

 あ、あのばぁちゃん、いつもこの時間にここ歩いてんな。暇なんかなぁ。なんか趣味でも始めればいいのに。って、散歩が趣味なのか。俺もじいちゃんになったらあんなふうになるのかな。

 

 やっぱつまんねぇな。


「っし。帰るか」


 大きく伸びをして踵を返す。欠伸が出る。


 扉の前に着き、静かに開ける。ここで先生が近くを通っていたら終わりだ。

 

「ガチャ……ガン!!」


 くっそ、急に強風が吹いたせいで扉が壁に叩きつけられた。

 誰もいなきゃいいけど……。


 恐る恐る階段を降りる。するとこの前抱いただけの女子が一人でいた。そいつは俺のことを見て「あ、久しぶり……」とおどおどしながら声をかけてきたが「おう。」と短く返事するだけにした。めんどくさい。あいつと関わってももう何もないし、何より微妙だった。


 そのまま保健室のある一階まで降り保健室に入る。


「あ、コウシー?また来たの?なんの用事?ってわかってるけどね」


「わかってんなら聞くなよ。今日も頭痛くて帰るわ」


「だと思った。はい、これ。職員室にはちゃんと持ってってね」


「うっす。ありがと。じゃあね」


「はーい」


 苦笑いしながら保健室の先生は返事した。

 あの人はほんとにやりやすいんだよな。あっちも俺を舐めてるのか……なんらかの悪い感情は持ってそうだけど現実こうやって協力してくれてるんだ。知らないふりでもしておくのが世界の生き方ってもんだろう。

 か、本当に気付いてなくて俺の境遇を見てこういう対応をしている可能性もある。

 

 一階上の職員室に入り、若干嫌そうな顔をしている先生を見渡して担任がいるのを確認する。

 

「具合悪いんで早退します」


「わかった。大丈夫なの?ちゃんと休みなよ?」


「うっす。寝てます」


「じゃあ……これでよし。気をつけて帰ってねー」


 軽く礼をして職員室を出る。

 

 何も持ってないことに気づいて一旦俺は教室に戻る。

 

「俺帰るわー」


「またかよ。お前ずるいんだよ。俺も帰らせろよ」


「いやいや、親いない税ね。辛いこともあるから。また、なんか奢ってやるからさ」


「親いないの羨ましいって!まぁ、そうだな。じゃ、叙々苑でも奢ってもらおっかな。な?お前ら」


「そうだな」「頼むぜ」「いいの?」


「そんな大勢?まぁいいけどさ。じゃあな。授業がんばー」


「おう」


 叙々苑か。しかも最低四人かー。約束うやむやにするか。

 

 一番前の席まで行き、スマホだけ持って帰る。鞄はどうせ家で使わないし置いてっても問題ないことが長年の研究で判明した。

 なんとなくこいつにも挨拶するか。


「俺帰るわ。じゃあな」


「え、え?うん。じゃ……」


 なんだこいつ。面白すぎる。 


 なんとなく誰にも見つからないように玄関まで進む。 

 玄関には鍵がかかってなく、すんなりと出ることができた。鍵がかかってる時とかかってない時の違いはなんなのだろうか。

 かかっててもすぐ開くし関係ないか。


 外を歩く。

 この平日の昼過ぎの時間は本当におばあちゃんしかいなく平和そのもので好きだ。知ってる老人は大嫌いだけど知らない老人は好きだ。自分に干渉しないだけでここまで変わるとは自分でも驚いてしまう。


 カラスが飛んでて野良猫が歩いてて……平和だ。

 俺にはこんなのがあってるよ。やっぱり。


「はぁ」

 


 突如、地面が光る。緑色の光。なんだ?この道の地面にライトなんてついてたか?ついててもなんで今?周りからはどう見えて……これが見えてないのか?気づいてない?老人だからわかんねぇな。

 どんどん光が増していっている。何か段階が進んでいっているような……。

 これはなんだ。今まで体験したことのない光。なんかのドッキリとかはないよな。こんな田舎に来るわけもないし、俺なんかに。しかも早退してるから予定なんかありゃしない。そもそも光で照らしてなんになるんだ?


「あなたに決めました」


 そんな声が聞こえたような気がした。視界はもう何もない。光で目を閉じるしかない。

 いつ目を開けばいいんだ。

 

「初めまして荒神さん。具合とか悪くないですか?」

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