それでもたった1人の母だから

篠原花鈴

記憶

私の1番古い記憶は兄が頭から血を流しているところだ。その日は何故か母が怒っていた。兄2人はサッカークラブに行っており、家には母と兄母と私の3人だった。兄たちが楽しそうに玄関を開けて「ただいまー!」と元気に帰ってきた。私はこれから何が起こるのかも分からず大きな声で「おかえりー!」と返した。玄関に入ってきた兄たちの顔がほうきを握りしめ玄関に立つ母の顔を見て固まったのを鮮明に覚えている。荷物を置く時間も与えられず玄関で兄たちが叩かれ始めた。私は兄母にリビングに連れていかれた。そこから少し時間が経ち呼ばれた時には兄たちは玄関土間に正座した状態で震えていた。母の手にはバリカンが握られており兄母はその横に座っていた。母はバリカンを兄の頭に当て坊主にしだした。怒りで雑になっているのだろうか、バリカンの刃が深く入りすぎ頭からは血が流れ始めていた。坊主にし終えた頃姉が帰宅した。姉はその光景を見てなにも言わず突っ立っていた。私はまた元気に「おかえりー!」と言った。母は姉に向かって「弟だけ2階に連れてけ、1人ずつやるから」といい、姉は無言で弟と私を2階に連れて上がった。長男がなにをされていたのか見ていないが、1階からはぶつかる音や殴る音、泣き叫ぶ兄の声が響いていた。30分くらい経っただろうか、下から母が「次はお前や、降りてこい弟!」と怒鳴り声が聞こえた。その声を聞いた瞬間弟は震えだし立ち上がれなくなってしまった。姉は無言で弟を見つめていた。少しして兄が2階に上がってきた。「早く行かないともっと酷い目に合うぞ」そう言った兄は足を引きずり歩くのもやっとな状態だった。弟は覚悟を決めたように兄と入れ替わりで1階に降りていった。それが最後に見た兄達の姿だった。次の日兄達は朝から小学校に行ったきり帰ってくる事はなかった。

 あの日から何日か経って家にスーツを来た男の人達が3人来た。母はあの日あった出来事を事細かに男達に話し、最後に男は写真を取り始めた。母が男の手を掴み箒を振り下ろそうとしている写真、倒れている男を蹴りあげようとする母の写真。私が2階にいる間にこんな事が起きていたのかとその時知ることになった。その男達の話では兄達は学校に行ったあと身体中アザだらけな事を不審に思った教師が児童相談所に連絡し病院に連れていくと骨が折れておりそのまま児童相談所に引き取られたそうだ。母はその話を聞いても凛とした態度で接していた。当時4歳の私には事の重大さもそれが異常だということも気付く事は無かった。これが私の記憶してる1番古い記憶だ。

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それでもたった1人の母だから 篠原花鈴 @busyubo_

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