第36話 裏切り
バタバタと忙しい毎日は、私の体力と精神力を奪っていく。
私の頭の片隅にはいつも(犯罪者の妻)と(被害者の母)という言葉がこびりついて離れることはない。
休日も買い物をして、娘の家に持っていく。
オッドのトイレの砂や、チュールや。
娘の好きなお菓子や飲み物など、懺悔のような気持ちでせっせと運んでいた。
だから、料理なんてもともと苦手な私はご飯すら炊かなくなった。
仕事の日は冷凍食品かカップラーメンか、コンビニ弁当か。
お茶漬けで済ませる時もあった。
バタバタと忙しい仕事は、私の休憩時間をも奪っていく。
カップラーメンの日は要注意だ。
まるで救命救急の医師のように、食べ始めると呼ばれる。
「細田さん、すいません」
と、スタッフが申し訳なさそうに呼びに来て私がカップラーメンを食べていると大笑いをする。
(カップラーメンを食べているのを狙っているのか?)
と思う程の確率だ。
そして、役目を終えて休憩室に戻る。
たっぷりとスープを吸った麺を食べていると、弁護士さんからメールが届いていた。
(勇二さんのほうに、弁護人がつきました。
そして、色々と書類が送られてきたので一度ご確認下さい。ただ、これはあくまでも今の向こうの言い分なので………)
と、メールの文面からも読み取れる歯切れの悪さが気になった。
残り少ない休憩時間に見るべきではなかった。
① 現在勇二氏は『瑠璃様の御息女をはじめとする関係者に接触しない』旨………
瑠璃様が居住しておられる………賃料、駐車場代、光熱費、瑠璃様の携帯電話等の支払い等を支払っております。
② これから仮に離婚するのであれば瑠璃様の意向になるべく添う形でと考えておりますが、このような状態が………
(法的整理等)の手続きも検討………。
(はっ?どゆ事?)
結局、娘の事件の慰謝料を支払ったから、お金がない!
当たり前だ!悪いのは自分だからな!
そして、事件現場となってしまった部屋で住むのに必要な生活費を勇二が払っているのが気に入らないようだ。
なんという書面を送りつけてくるんだ?
誰のせいでこんな事になったのか、考えればわかるだろう。
そして、私はまだ離婚をしていないのだから家賃、光熱費等の支払いが生じるのは当たり前だろう。
そもそも、反省しているのだろうか。
(自分がやってしまった事。)
と深く反省をしているならば、そんな言葉は出てこないだろうし。
もしも私なら、そんな文章を送る事なんて出来ない。
(ただ、これはあくまでも。)
という弁護士さんの言葉の意味がよくわかった。
犯罪者の昔の発言が甦ってくる。
性犯罪、刺殺などのニュースを見て必ず言ってた言葉。
「もしも俺が被害者ならば、捕まってもいいから同じ事を仕返しする!」
どの口が言ってたんだろう。
私は今、その言葉をそっくりそのままお前に投げつけてやりたい!
そんな発言を聞いて、安心していた自分をひっぱたいてやりたい。
(騙されてるぞ!目を覚ませ!)と。
そして、そんな発言をしていた人が、こんな文章を送りつけてくるのかと、怒りとも恐怖ともとれる感情に私は支配される。
たっぷりとスープを吸った麺を流しに捨てた。普段は絶対にこんな事はしない。
でも、こんな文章を見て食べる気が失せてしまった。
休憩時間もあと7分しか残っていない。
テーブルに置いてある(良かったらどーぞ)と、私が書いたお菓子の袋からいくつか取り出して口の中に入れた。
味なんて覚えていない。
自分が今、何のお菓子を食べているかもわからない。
ただ、とにかく何か食べなきゃ!!!
それだけだった。
きっと、眉間に皺を寄せて難しい顔になっているだろう。
休憩時間もあと1分。
(トイレに行って仕事に戻らなきゃ!)
脱いでいた制服を来て、仕事場に戻る。
扉を開けると、私は口角を無理矢理にあげる。
「細田さーん!」
と、早速呼ばれる。
私は細田瑠璃。犯罪者の妻。被害者の母。
その事を隠して、笑う。
(あんな文章にどう返事をすればいいのだ?)
と、頭に浮かんでくるのだけれど。
目の前の仕事をしなくては!
無理矢理に思考回路を別の場所に繋げて、私は仕事をする。
失敗して笑われながら。
ちょっと助けてー、と助けてもらいながら。
私はその日、何とか仕事を終えて車に乗り込んだ。
弁護士さんからのメールを思い出す。
(明日、何て返事をしたらいいのだろう)
(何でこんな事になったのだろうか)
(あぁ、私が勇二を選んだからだ)
(あぁ、私が勇二を娘の父親に選んだからだ)
(あぁ、私がどこかで気付いていれば)
(あぁ、私が…………)
いつもたどり着く答えだ。
そして、私の涙と鼻水はまた今夜も私の顔をぐちゃぐちゃにする。
交通量の少なくなった道を運転して、私は今夜も事件現場の部屋へと戻っていく。
事件の裁判が終われば、すぐに離婚の話し合いを進めて………。
まぁ、慰謝料の金額は多少下げられるだろうが……。
なんていう計画は、犯罪者についた弁護人によってぺちゃんこに潰されてしまった。
(あぁ、私はいつもこうなのか。)
と、ひとりになった部屋で体を休めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます