第35話 接近禁止命令
犯罪者の弁護人は、娘の刑事事件が終了したので弁護人を辞めた。
新たな弁護人が決まるまでは、私の弁護士さんと連絡をとって貰う事になった。
そりゃー、そうだろう。
犯罪を犯して、刑事裁判をおこなった。
その刑事事件が原因での離婚なのだから、最悪なら民事裁判まで発展するだろう。
勝てるはずがないし、和解をするにしてもそんなに報酬は取れない事がわかっている。
そんな人の弁護人はなかなか決まるばすもないまま時間だけが過ぎていた。
私は犯罪者側に弁護人が付くのを待っていた。弁護人が付いたならば、弁護士を通しての話し合いをして、慰謝料の金額を決めて和解が成立し、私は犯罪者の妻である事を辞められる。
(犯罪者の元妻にはなるのだけど。)
娘の裁判は終わったのだから、早く終わらせてしまいたい!
娘の無念を果たしてやりたいし。
早く片付けて、私は前に進みたかった。
仕事にも集中したかった。
私は必要な書類を全て揃えて弁護士さんに郵送する。
弁護士費用は、法テラスに申請をして借りる事になった。
(何で借金までして、こんな事をしなければならないのだろう。)
不満を抱えたまま、しばらくは仕事に集中できた。
相変わらず、娘とオッドに会うと、帰宅してからが辛くてたまらない。
涙で滲んだ景色の中を、運転して帰る。
そして、暫くは立ち直れずに泣き続けた。
休みのたびに同じ事を繰り返していた。何でこんな事になってしまったのだろう…と自分を責める。
早く慰謝料を決めて、離婚をしようではないか。
早く私は他人になりたい。
忘れる事も許す事も一生ないが、とにかく他人になりたかった。
弁護人がつけば、いや、弁護人がつかなくても。
慰謝料を決めて離婚の手続きをするだけだ。
だが、アイツは本当に反省をしていないようだ。
刑事裁判が終わり、ある一定期間が過ぎたので裁判が確定した。
すると、すぐに弁護士さんから電話がかかってきた。
「細田さんが、仕事に使う物や着替えを家に取りに行きたいとおっしゃっています。接近禁止命令が出ているので、本来なら断る事も出来るのですが、仕事が出来ない事を理由に慰謝料が払えないと言われるケースもあります。どういたしましょうか?」
との事だった。
仕事の道具なんぞ、新しく自分で買えばいい!
服なんぞ、そんなもん知らん!
と、本来なら言いたいところだが。
仕方ないので承諾する事に決めた。
(接近禁止命令)が出ているので、会いたくはないが、アイツだけを家に入れるのは嫌だった。
弁護士さんの計らいで、
「僕が立ち会います」
との事で日程の調整をして、アイツは荷物を取りに来た。
普通なら、「申し訳ありませんでした」と、謝罪をして、さっと荷物を纏めて家を出ていくべきだろう。
なのにアイツは違っていた。
本当に犯罪者として警察に捕まって反省をしたのだろうか、と思う程呆れる奴だった。
「あれ?俺の時計知らん?」
「鞄他になかったっけ?」
「あの俺の指輪は?」
「俺のサングラスは?」
しまいには、
「あれ、オッドは?」
と、私に普通に話しかけてくるではないか。
無視しておきたかったが、弁護士さんの前だし。
「知りません!」
と冷たく、そしてきつく一言だけ発した。
(はぁー?そんなもん知るか、バーカ!)
と心の中では唾を吐いた。
アイツは(接近禁止命令)を理解していなかった。
そして、荷造りはすぐに終わらない。
夕方とはいえ、弁護士さんも早く帰りたいだろう。
痺れを切らせた弁護士さんが声をかけた。
「仕事の道具と着替えだけと伺ってますけど?」
「はい、それを今しています!」
と、イライラとした口調で私の弁護士さんに答えている。
(あー、最悪だ。罪の重さをやっぱり感じていないようだ。)
そして、ついでに慰謝料の話を弁護士さんが伝えてくれた。
(どうせ、減らせと言ってくるだろう。)
相場より高めに伝えて家から追い出した。
アイツの持ち出した荷物は鞄には納まりきれず、とても大きなキャリーバッグや、ありとあらゆる鞄に詰め込んで持って帰った。
(なんだアイツ。キモい。)
何でお前みたいな奴を選んだのだろうと、私は自分を罵った。
こんなに変な顔だったんだな、と久しぶりに顔を見て寒気がした。
そして、少し後悔した。
お前のせいだからな!
絶対に許さないからな!
お前が全てを壊したのだと、大きな声で文句を言えば良かったな、と悔やみに悔やんだ。
そして、弁護士さんは犯罪者が帰ったのを確認して帰られた。
静かになった部屋。
あいつが触って散らかした場所。
少し開いたままのタンス。
(あー、最悪だ。)
私は窓を全開にして空気を入れ替えた。
外から入ってくる風は生暖かく、気持ちが良いものではなかったが、とにかくあいつが居た事の方が気持ちが悪かった。
私は暫くの間、窓を全開にしたまま電気も付けずにボーッとしていた。
気付けば、外は真っ暗になっていた。
(はぁー、ご飯食べなくちゃ。)
全開にしていた窓を閉める。
気分は最悪だったが、空には綺麗な三日月が見えていた。
何だかそれだけが、私の救いのように思えた。
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