第6話 学生時代
中学生の頃だったか、父親はまた仕事を変えた。
そして、新しく引っ越した先は、大きな一軒家だった。
大通りから入ってすぐの住宅街。何軒もの家がたくさん集まっている。どの家にも庭があり、緑が豊かな住宅街だ。
私たちの家の土地は広くて、敷地の半分は庭だった。聞こえはいいのだが現実は、古くて草がボウボウの荒れ果てた地面だった。
これは庭と呼んでよいものか悩むような庭だった。
大きな家といっても、とてもとても古い家。
隙間は多くて虫の出入りは自由だ。
庭には名前のわからない背の低い木が2本あって、木陰を作っている。
洗濯物も広々と干せる。
私は2階にある2部屋を占領して使っていた。
ベッドと机がある部屋と。
衣類を入れたタンスと一年中置きっぱなしのこたつがある部屋。
その家はホントに古かった。
見えはしないのだが、霊感のある私は、座敷わらしの走り回る音や、家の前で女性の大きな『キャーーー』と叫ぶ声を聞きながら生活をしていた。
一緒にいた母親にその悲鳴は聞こえない。
それが、当たり前だった。
その家に住んでいた頃、私は捨て犬を拾ってきて、家で飼っていた。
親には猛烈に反対され、怒られたが。
(くぅーん)と鳴くその可愛さに母親も折れた。昔だから、まず、動物病院へ!なぁーんて事はない時代だった。
母親は夜中に甘えて鳴く仔犬のノミを取りながら過ごしたそうだ。
そして、次の日に私と一緒に仔犬をお風呂場で洗った。
人間のシャンプーで洗ったかもしれない。
お風呂を泡だらけで逃げ回る仔犬を必死で押さえながら、綺麗に洗ってあげた。
濡れた犬の匂いを人生で初めて嗅いだ。
そして再び始まる両親の喧嘩。
また父親は懲りずに同じ事を繰り返したのであろう、両親の喧嘩は絶えない。
犬は私の話し相手になった。
その上、転校してきて間もない私は、学校ではいじめを受けていた。
両親に相談も出来ずに苦しんでいた。学校から帰って来るのが楽しみだった。
あの頃飼っていた愛犬には、本当に悪いことをした。学校でいじめられ辛い時は愛犬に八つ当たりをした。
結局、涙が溢れてきて、八つ当たりをした愛犬に慰めて貰う毎日だった。
高校生になると、生活は一段とひどくなった。
家に居るのが嫌だったのか、両親と一緒にいるのが嫌だったのか。
とにかくどちらかわからないが、学校で泣いていた記憶もある。
家に、度々かかってくる無言電話。そのせいで我が家の電話は常に留守電にセットされることになる。家に帰ると20件近くのメッセージが残っているが全てが無言のままだ。
その無言電話はしばらくすると、おじさんの怒鳴り声に変わった。
おそらく父親が何かまたしでかしたな、と私は心の中でイライラとしながら生活をしていた。
両親の喧嘩と学校での苦痛。
私はとにかく逃げ場がほしかったのだろう。
その頃住んでいた町は海の近くだった。
学校からチャリンコで家にすぐ帰れるのだが、私は家を通りすぎて海岸へ向かった。
学校が終わるといつもその海岸へ向かった。
駅があって、そこにパン屋さんがある。
そこで私は数人の仲間と出会った。苦しかったイジメからは解放され、バカな話で笑える仲間ができた。
『あんたはホントに男運がない!』と、初めて言われたのもその仲間達からだった。
(ホントにそうだな、人生で初めて出会った男は父親だし……)
初めてできた彼氏は遊び人だった。私はいつも何か残念な運命を背負っていることに、その頃やっと気づかされた。
学校帰りにお店に行ってパンを買い、それを海岸で食べる。それが私のクラブ活動。
パン屋を出て少し歩くと踏み切りがある。
その踏み切りを超えて真っ直ぐ進むと、小さな森の中のような道が見えてくる。
その森のような道を進んでいくと、綺麗な海岸にたどり着く。
ずーっと繋がっていく海岸線はくねくねと曲がり見えなくなる。
正面を向けば真っ直ぐな水平線が広がっている。
寄せては返す波の音と優しい潮風と。
潮風を避けるために植えられた、たくさんの竹が風に靡いてパサパサと音を立てる。
そこで交わされた大事な仲間との会話。
泣いたり、笑ったり、忘れられない場所だ。
私の記憶の中では、とても大切で、大事な大事な場所だ。
両親のケンカから逃げてきて泣いていた記憶も、楽しかった仲間との想い出もみんな、この海岸に今でも残っている。
私が人生で経験した最初の地獄の日々を思いだしながら少しずつ波に流した場所だった。
その後も、辛い事があるたびに思い出すのは、決まってこの海岸。
ここは私の大切な場所だ。
そして、いつも私を受け入れてくれる大きな海が広がっている。
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