第4話 お正月

 私は時折吐き気を感じていた。

 悪阻だろう。早いなぁ……

 実家ではバレてしまいそうだから、彼の部屋で過ごす事が多かった。


 親に自分からは何も言えないまま時間だけが過ぎていた。

 とりあえず、お正月に親に挨拶に来る事だけが決まっていた。

「お正月に会ってほしい人がいる」

とだけ、私は両親に伝えた。

 まぁ、両親は何を言われるかは想像はついていただろう。

 あっという間に時間は過ぎ新しい年を迎える。

 お正月に彼は私の実家にやってきた。

 私が実家に男性を連れてくるのは初めての出来事だった。


 実家では、いつものおせち料理がテーブルに並んでいる。

 我が家のおせちは毎年母親が大晦日の紅白歌合戦を見ながら仕上げていた。

 出来上がったものを私はお重に積めていく。

 有頭エビの塩ゆで、煮物。買ってきた黒豆や栗きんとんに蒲鉾やハムを何となく美しく盛り付ける。

 そして、我が家はなぜか大量の唐揚げと巻き寿司が定番だった。


 今年は私の手伝いもなく、おせち料理は完成していた。


 スーツを着て我が家を訪れた彼は、私の両親に伝えた。

「娘さんと結婚させて下さい」

 ごくごく普通の挨拶だった。それでも良かった。テレビもついていない静かな部屋で、時計の針が時を刻んでいる。


「こんな娘ですが、宜しく頼みます」

父親は普通に承諾した。

 彼はお酒が好きで、家でビールを飲み、お寿司を食べて二人で彼の家に帰った。



 彼はお腹の赤ちゃんの事は両親の前で口にしなかった。

「妊娠の事はお前から言ってくれ」

 (?! 普通は挨拶の時に言うんじゃないの?!)

と思ったが。

 まだまだ、私は子供だったので、思った事を口に出来ずに過ごしてしまった。



 両親から結婚の許しを得た私は、すぐに母子手帳をもらいに行って検診も受けた。

 ただの白いまるだった赤ちゃんは、頭と体と手と足と……。

 小さな小さな人間の形に変わっていた。


 それと同時に私の悪阻はどんどん酷くなっていき、体力を奪われていく。食事が取れなくて、病院で点滴を受ける。その帰りに実家に寄って話をした。

 昼間なので、母親しかいない。



 食欲がないので、炭酸飲料をチビチビと口にしながら、思いきって口にしてみた。

「お腹に赤ちゃんがいる……」

「え?!誰に?!」

母親はびっくりしている。

「私に」

「それで慌てて挨拶に来たん?」

「そゆこと……」

母親は苦笑いだった。

「普通は挨拶の時に言うべきだけどねぇ」

でも、孫という存在の方が勝ったようだ。

「赤ちゃんねぇ……」

母親は少し笑った。


 悪阻はどんどんひどくなって、家事もあまりできなくなった。

 仕事は立ち仕事で、外での仕事が多かった為、すぐに辞めた。

 色々と覚え始めて、仕事が楽しくて仕方なかった頃だった為に周りはもったいないと言ってくれた。

 スケジュール帳も仕事の予定でいっぱいだったが、新しい命を守るために……私の心は夢と希望に満ちていた。


 でも、私の選択は間違いだった。

そこからまた、私の地獄の続きが始まる。



【地獄のスタート】第2幕の幕開けだ。


そう、地獄が始まるのではなく、地獄の続きが始まったのだ。



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