第99話 帰還 ~エリーザ安らかに?

「まったく! 困ったひとですね、あなたというひとは……」



 周囲に広がる、白い空間。

 目の前にはなんか怒った様子のファニー。


 久々に、ファニーとの夜会話の時間だ。


 人魚国での宴も終わり、眠りについたあと……

 ファニーの、話の続きが始まったようだ。



「口説き落とす……と言われても。何も言ってないって」


「マリエッタ姫の事、可愛いって言いました!」

 

 ファニーが頬を膨らませる。


「そんな、可愛いと言っただけで落ちるなんて、ちょろい人がいるわけがない」

 

「居るから困ってるんです!」


 またまたー。


「ほんとにそんな事が起きるのなら、理由は一つじゃない?


 ファニー自身が可愛いから、そんな言葉に威力が乗るんじゃないかと……」


 ぼっ。

 目の前のファニーが、いきなり真っ赤になる。


 あ、ありゃ?


 ここは精神世界。今は、俺はシルヴァンの姿をしている。

 お、俺の言葉にも威力があるのか……? まさかなあ。


「あ、ええと……そ、そう。そんな感じで、照れただけ、じゃないかな……?」


「そ、そうですね! はい、て、照れた、だけだと、思い、ます……!」


 もじもじと、両手をからませるファニー。

 言ってしまってから、自分自身もちょっと照れ臭くなってきた。


「で、でも。そういうのを面と向かって、あまり言われない方が良いかと……」


 はい……気を付けます。


「でもすごく嬉し……ん、んんっ! と、ともかく。そんな話は良いんです。


 どうも、お疲れさまでした。今回のあなたの、人魚国を救った功績。


 誇らしく……そして嬉しく思います」


 まあ、人魚の人たちが、侵略を最前線で食い止めてたんだ。

 支援しないわけにはいかないでしょ。


「そうですね……

 

 そして、悪意あるものたちの侵略で、国がまた失なわれるような事にならず……


 ほっとしました。わたしのような者が、出るのは辛い事です」


 ファニー……


「今後のティエルナのさらなる活躍、期待させてもらいますね」


 ああ。それに、俺も早く片付けて元の姿に戻らないとね。

 そうしたら、次こそはファニーの国の復興だ。


 なんて、先の話をするのはよろしくないジンクスがあるので、俺は黙ってうなずくにとどめた。



 ▽



 そして次の日。

 

 俺たちは人魚国総出の見送りを受けながら、地上へ向けて出発した。

 ゴーン、ゴーンと祝福の鐘が鳴らされ、水中花火が海の中で大輪の花を咲かせる。


「ティエルナ、万歳! 素晴らしき英雄たちよ!」


「ありがとう! また会おう! い、いつでも娶られるぞ!」


 ヴィルホ王と、マリエッタ姫も、王宮のベランダから手を振り続けていた。

 二人とも、満面の笑顔だった。姫はまた良く分からない事言ってる。

 

 今後は、彼らが海の中の平和を保っていくことだろう……

 



 

「ひと段落、ついたね! 人魚国、楽しかったー!」


「海の中。慣れると自由。面白い」


「ぼ、ぼくは人魚国と、深海の廃墟が見れて、満足……!」


 三者三様の感想をつぶやきながら、海中を地上を目指して泳いでいく。


「また、絶対来ようね!」


 なんでも、このあと人魚国の神殿に、俺たちの像が立てられるそうだ。

 見たいような、照れ臭いような。


 しかし、人魚国はまた訪問したい、良い所だったのは確かだ。 


「今回は、リリアーナが想定以上の活躍をしてくれた。助かったよ」


「う、うへへ……」


 海の中でぐねぐねするリリアーナ。


「あ、あたしはー?」


「おにいちゃん?」


「もちろん、レリアとマティも活躍してくれた。皆、お疲れさま」


 マティがすっと近づいて来て、頭を寄せてきた。

 なでてー、のポーズだろう。


 その様子を見たレリアも、少し迷ったが同じように寄ってきたので、二人の頭を撫でてやる。

 

 リリアーナも寄ってきたが、逆に俺のお尻を撫でようとしてきたので、足ひれではたいてやった。


「わーん!」


 わーんじゃない。




「おかえり。無事の帰還のようだね」


 魔女の海の家がある海岸まで戻ると、エウねーさんが出迎えてくれた。


「戻る時間が分かってたのか? さすが魔女」


「いや、ニーナさんが、レリアちゃんの魂が近づいてくるのを感知したのさ」


「おかーさん! ただいまー!」


「おかえりー!」


 とニーナさんに抱き着くレリア。

 足ひれを使って、ぴょんぴょんと砂浜を器用に跳ねていくもんだな……

 

「全員、ケガもないようだね。一安心さ」


「あれ? エリーザは?」


 足ひれを脱ぎながら見回すが、どこにも居ない。

 また、遠泳でもしてるのだろうか。


「……」


 少し、肩を落とすエウねーさん。

 なんだ? 何かあったのか?


「すまない。すべて、アタシの責任だ……」


「!? え、エリーザの身に何か起こったっていうのか?」


「彼女の精神は、砕け散った。今はしばらく、そっとしておいてやってくれ……」



 な、なんだって……?

 

「一体、どういう事なんだ!? 何があった!?」


 エウねーさんに掴みかかる。

 

 精神がやられた……? 手練れの魔法使いの精神系魔法でも、食らったのか?

 それとも、この国のオーブ捜索部隊の仕業……?


「いやあ、そのだな。


 アタシが、エリーザの『怖いもの恐怖症』を治そうと思ってね……


 怖い話百連発しようとしたら一話目で、熱を出して倒れちゃって。


 そのうえ不眠症になっちまって……


 だから、アタシが良い薬をあげて今、療養中さ。もう治るころだと思うけど」


 ……はあ!?

 な、なにやらかしてくれてんの!


 そもそも言い方が紛らわしすぎる!


「なんなんだよ……結局、大事ではないんだな?


 つか、怖がりとはいえエリーザを発熱させるほどの怖い話って、一体……」


「ミノタウロスの首、って知ってるかい?」


 エウねーさんがニヤリと笑う。


 いや、知らんけど。

 詳しく聞こうとしたら、


「おはようございます! あ! シルヴィアさま! そしてレリアさんたち!


 おかえりなさいませ! ご無事のご帰還のようで!」


 と、元気に岩の穴からエリーザが出てきて、挨拶をしてきた。


「お、元に戻ったようだね?」


 とエウねーさんが手を上げる。


「おかげさまで! 不眠症はバッチリ治ったようです! 完璧な安眠でした!


 私としたことが……まったく。


 どうして不眠症になったのか、さっぱり身に覚えがないのですが!」


 とりあえず元気そうで、ほっとした。


「しかし、不眠症を治すのはいいが……


 怖い話を聞かされたこと、記憶から消しちゃったのかよ……」


「おいおい、いくらアタシでもそんな非道はしないさ。


 本人の防衛本能が、忘れることで自我を守ったようだね。


 そこまで、怖い話が苦手とは思わなかったよ」 


 がっくりと肩を落とす俺。

 まあ、その程度の事件で済んで良かった、のか……?



「そんなことより、だな……」


 ここでねーさんがいきなり真面目な面持ちになって、俺を見つめてきた。


「クローンたちから、報告が飛んできたよ。


 どうやら、ついに……『天国』の位置が特定できたみたいなんだ」

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