第24話 やわらかダンジョン ~扉の突破

 アルニタクのダンジョンは、奈落への穴が多数開いていることで有名だ。

 そのため、『奈落のダンジョン』とも呼ばれていた。


 そしてここミンタカのダンジョンにも別名がある。


 その名も、『吸血ダンジョン』……



「なんか、床も壁も天井も、妙に柔らかいな……」 


 そのミンタカのダンジョン、地下一階。


 降り立つと、ぶにゅぶにゅする床、妙に湿っぽい空気。

 何か巨大な生物の中にいるようだ。


 ここには初めて来るが、最初から不気味な雰囲気だな。


「おにいちゃん。さっそく敵」


 通路の先から、黒い影が多数現れた。

 げ、足がいっぱいある……虫系のモンスターか。


 そういうのはちょっと苦手だなあ。

 遠めのうちから、焼き払っとこ。


「【強く、可愛く、すばしこく】! ファイアーボール!」


 最高級の火炎魔法じゃなくていいから、とにかく素早く蹴散らしたい。

 そんな感じにブーストしてみた。


 通路を、極太の火炎が高速で一直線に突き進み、虫たちはすべて丸焦げ。

 一階のモンスターなんだから、これでもオーバーキルなんだろうが……そうでもしないとなんか安心できん。


 死んでひっくり返ったはずの虫が、突然ぶるぶるって動き出したら絶対ビビる。


「虫、苦手なの?」


 レリアが聞いてくる。


「あ、ああ。ちょっとね」


 子供の頃は平気だったのになあ。


「ふふ、かわいい。あたしは平気だなー」


「わたしも大丈夫。おにいちゃんかわいい」


 かわいいかわいい言わないでくれい!

 でも、だんだん慣れてきて、自然に照れられるようになったような……


 つか、本物の女の子なのになんで虫が平気なんだ!?

 おかしいよ!


「さ、先に進もうか」


 黒焦げで足の先しか残っていない、虫の死骸でいっぱいの通路を進む。


「うへえ。虫を完全消滅させるブースト魔法でも考えるか」


「あたしも、虫によく効く薬を考えとくよ!」


 期待しとく。




 今回はアルニタクの時と違って、全くの未知のダンジョンだ。

 ギルドでマップを売る奴もいるが、基本的に信頼性は低い。


 エスペランサに居た頃と同じで、自分が迷宮の構造を頭に入れながら進むやり方で攻略をしていくつもり。

 わりと空間把握は得意なのだ。



「エウねーさんから頼まれた、バビビ石ってのも落ちてないな。まだまだ奥か?」


 とりあえず今のところ、その『血を求める扉』というものも無いようだ。


 拍子抜けしたことに、あっさり地下二階への階段が見つかった。

 そして二階も、大したことのないモンスターが居るだけ。

 三階まで、何の問題も無くたどり着けた。


「これじゃ、アルニタクの方が難易度高いんじゃねって感じだが……」 


「でも、深く潜るたびにモンスターが落とす素材のレア度が、どんどん上がってるよ!


 薬師としてはありがたいなー!」


 レリアが無邪気に喜んでいる。


 確かに、ここのドロップ素材の質はアルニタクよりはるかに良い。

 冒険者的にも、良い稼ぎになりそうな場所だが。


「うーん。奥へと入ってもらって。期待感を煽ってから牙をむくのかも」


 ……どうやら、妹のその推測は当たったようだ。

 四階で、ついに扉にご対面したのだ。

 

 周囲を回ってみたが下への階段は無く、扉を超えないと進めないという話は確かなようだ。

 

「これが噂の扉だな。

 

 なるほどここまで調子よく来れたら、どうせならもっと先へという気持ちがわくのも分かる」


 ダンジョンに意思があるかのようだな。

 人を奥へと誘って、この先にはもっと良いものがあるよという感じを出し、少しずつ貢物を要求していく。


「その貢物が、血か。なるほど、扉に液体を入れる器みたいなのが突き出ているな」


 試しに、指を軽く切って血を数滴たらしてみる。

 すると扉に書かれた模様が反応した。

 

「たらすごとに、模様が下の方から赤く染まっていくな。


 これが全部赤くなったら、扉が開くってところかな?」 


「おにいちゃん」


 マティが俺の指に回復魔法をかける。心配性だな。

 傷は全く跡形も無く消えた。


「今度は。あたし」


 いやいや、妹の体に傷なんて……


「治るから。おにいちゃんは心配性」


 うぐぐ。

 お互い様と、考えるしかないか。


「あれっ!? マティちゃんが血をたらしたら、一気に真っ赤になったよー!」


 自分と同じ、数滴しかたらしてないのに!?

 そして、紋章が赤く染まった扉は、ミリミリ……という音を立てて開いた。


「どういうことだ?」


 女の血だと、効果が違うのか?

 いや自分も女だった……


 おっとこの身体は、って意味な!?


「相性が良いのかも。あたしと」


 このダンジョン、えり好みしてるんじゃなかろうな。

 とりあえず早急にマティには傷を治してもらって、先へ進む。


 階段があり、地下四階まで俺たちは到達した。





「扉。三つめ」


 四階に来ると、扉との遭遇回数が増えてきた。

 そして、だんだん俺の血の数滴程度では全く紋章が赤くならず、必然、マティの血の必要量が増えてきた。


「こりゃ、ダメだ。進めば進むほど、マティの消耗が激しくなる」


「今のところ。全然平気」


「今は良くても、このペースで地下10階まで行くことを考えたら……


 マティが2~3人居ても、足りなくなる」


 そして四つめの扉。

 ダンジョンに調子こかせるわけにはいかない。

 

 血以外で、ここを突破することを考えた方がよさそうだ。


「じゃあ、溶かしちゃおう!」


 と、レリアが通称『どろどろ薬』の試験管を扉に投げつけた。


 じゅうう!と煙が立ち、扉に大穴が空く……が。


「自己修復した!?」


 回復魔法で傷を治すように、扉の穴は急速にふさがり、完全に元に戻ってしまった。


「はあ!」


 マティが剣を抜き、扉を周囲の壁ごとめちゃくちゃにぶった切る。

 だが、斬撃の跡はさっきと同じように、かなりの速度で治っていった。


「これじゃ、私のブースト魔法で穴を空けた瞬間くぐる、ってのも無理そうだ……」


「どうしよう。おにいちゃん」


「この扉、壁、床……どうも、生物っぽい。


 本当に、私たちは巨大な生物の体内に居るのかも」


 自分の言葉に、周囲を不安そうに見回すレリア。


「だから、傷が治るんだね。んー、こまった」


「大丈夫さ。生物なら、効くものがある。


 【強く、可愛く、いきとどく】! パラライズ!」


 ブーストした麻痺魔法を扉に放つ。

 表面に、小さな雷のエフェクトが現れ「びり……びり……」と誰かが明るく呟くような声。


 可愛さで効いている事が確かめられるのは、ちょっと便利かも……と思ってしまった。

 念のための『いきとどく』で、より効きやすくした効果はあったかな。

 

「効いてる効いてる。マティ、頼む」


「わかった。はあっ!」


 マティが再び剣を振るい、扉に大穴が切り開かれた。

 しかし、今度はふさがる事無く、そのままだ。


「おおー! すっごい!」


「今のうちに通ろう。麻痺させてしまえば、超速回復もそうそう出来まい」


「さすが。おにいちゃん」


 こうしてやっかいな扉の問題を解決し、俺たちは先に進むのだった。

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