第15話 いざダンジョン ~ファビオの不安

「おっ!?」


 アルニタクの迷宮、その入口。

 俺たち、ティエルナ一行がいよいよダンジョン攻略と意気込んで向かった矢先に――


 折あしくというか、ファビオ一行とばったり鉢合わせしてしまった。


 思ったよりこいつら、動きが鈍い。

 既にダンジョンに入ってるものかと。


「おやおや。ずいぶんと、可愛らしいお嬢さんが三人。


 ここは、あなた方が来るような場所ではありませんよ」


 にこやかに語り掛けてくるファビオ。

 紳士ぶりやがって。心底、腹の立つ野郎だ。


 しかし、あの宿屋で顔を見られたと思ったが、印象に残っていないのか?

 まあ、どうでもいいことだが。


 とりあえず、ファビオに対しては、


「だいじょーぶだよ! 私たち、強いから!」


 と思わず舌ったらず風に答え、


「ねー!」


「ねー!」


 とレリアと妹のほうを振り向いて、三人で声を合わせる。

 演技も板について来た感があるな。


 ちょっと楽しい……い、いや、んなわけあるか!


「んん?」


 ここで僧侶シャンタルが何か気づいたように、首を傾げた。

 俺をじっと見つめ、


「あんた……どっかで見た事あるような……ああっ!」


 と手を叩く。あの時のことを気づかれたか。


「ポータルから出てきたやつ! いや、そもそも!


 うちらが使ってた、荷物運びの奴隷のガキじゃないか!? 


 あんたは奈落に落としたはず……しまっ」

 

 慌てて口を両手で抑えた。

 レオンスも小声で「バカ!」とささやき、ファビオが渋い顔をした。


 奴隷を奈落に落とした、だと?


 ……もしかして。

 こいつら、ファニーの事も奈落に突き落としやがったってことか!?


「い、いやいや。人違いだね。奴隷の件は事故だったし、あんたがここにいるなら別人だ。


 鉄の足かせもないし、あははは」


 シャンタルが笑って誤魔化そうとしている。


 ……これは、ほぼ確定だろう。

 ファビオ一行は、俺の前にも……ファニーを奈落へ突き落としてたんだ。


 呪いを受け、役立たずになったってだけで!


「……」

 

 俺は何の話だろう、という顔をしつつも拳を力いっぱい握りしめた。


 しかし、ここでこいつらをぶっ飛ばすわけにはいかない。

 例え建前であっても、冒険者同士の私闘はギルドに禁止されている。


 それに、こいつらに借りを返すという事は、そういう方向じゃない。


「……じゃ、お兄さんがた。お先に古代魔法の部屋で、待ってるね!」


 なので、グッとこらえ、そう言うにとどめる。

 そしてレリアと妹の手を掴み、地下一階への階段を降りて行った。




 

 ▼





「けっ、生意気なガキだ。最下層まで行くつもりか」


 レオンスが吐き捨てる。


「ほっときましょう。しかし、ポータルから出てきた子供というのは本当ですか」


 ファビオがあの時のことを思い出し、股間をやや気にしながらシャンタルに聞いた。


「たぶん……あの時から、ずいぶんと身なりも整っちゃいたけど」


「ポータルから出てきた時、足かせはついてましたか?」


「ええと……」

 

 腕を組んで思い出そうとするシャンタル。

 しばらく唸っていたが、さすがにそこまでの記憶はなく、頭を振った。


「おいおい、あのガキが奈落から帰還した、とでも言うのかよ?!」


 レオンスがまさかだろ、といった表情をする。


「それはさすがに、ありえないはず。


 ポータルから出てきた時も、ぼろぼろの服でした」


「確かに……武器らしい武器も持っちゃいなかった」


「今は、それなりに冒険者の装備をつけていましたが……


 あの状態で奈落から這い上がり、最下層のあの小部屋に到達するなど」


 ファビオの言葉に、レオンスも首をすくめた。


「さすがに、ねえな。どのみち、あんなガキがダンジョンに潜ったところで」


「地下一階で、やられるか逃げ出すか。その二択しかないよ」


 シャンタルが引き継いで言う。


「そういうことです。さあ、我々も行きましょう。


 今日の目標は地下6階まで、一気に、です。


 こんなところで、モタモタしてるわけにはいきません」


「ああ!」


「わかってる」


 レオンスとシャンタルが応えた。


「……パリスも良いですね?」


 今まで影うすく黙っていたパリスが「おう」と頷く。

 その目には、用心深い光がともっていた。





「おいおい……」


 レオンスが呆れ声をあげた。


 ダンジョン地下一階。

 その様相が、以前見た時とあまりにも違っていたのだ。


「なにこの荒れ具合!? まさか、あのガキどもがやったって言うのかい?」


 シャンタルも周囲を見回し、驚きの表情だ。


 壁はあちこちに焼け焦げがつき、バラバラのスケルトンの骨がそこかしこに散らばっている。

 床には薬品で溶けたような穴があき、妙な匂いが漂っていた。


「……」


 ファビオが用心深く、その惨状を調べる。


「【鑑定】した結果……焼け焦げは、最上級の火炎魔法で。


 スケルトンは斬撃で、床の穴は劇物でつけられた痕跡、と出ました」


「そ、それをあのガキどもが?」


「そこまでは鑑定結果に出ません! い、いえ」

 

 ファビオがやや声を荒げた。


「……落ち着きましょう。落ち着いて考えるのです」


 ふーっと深呼吸し、ファビオは冷静さを取り戻す。


「我々がダンジョン入口でちょっと立ち止まり、話をしていた間に、ですよ。


 あの三人がこれだけの事をやれるとは、到底思えません」


「だ、だよねえ?」


 シャンタルもうんうんと頷く。


「誰か先行するパーティが、やらかして行ったんだよ。違いない」


「でもよお。痕跡の種類は三つだろ? 魔法、斬撃、薬品」


 パリスが頭をぼりぼりとかきながら言った。


「あの子供らも三人だ。この一致は、なんなんですかねえ?」


「し、知りませんよ!」


 ファビオがまたイラついた声を上げ、


「と、とりあえず。誰か強力なパーティが先を行っているということです。


 我々も、ペースを上げていきますよ! 


 負けるわけには、絶対にいかないのです!」


 と、地下二階への階段のほうへと駆け出した。


 あわてて後を追うレオンスとシャンタル。

 パリスがその後をのそっと、ついていく。



 ファビオの胸には、言い知れぬ不安がよぎっていた……

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