第2話 勇者ファビオたちの闇 ~レリアとの出会い

「やれやれ。これで二人目ですね」


 役立たずになった賢者シルヴァンを奈落に突き落とした後、ファビオはため息をついた。


 陰に隠れていた、レオンスとシャンタルもやって来て、ファビオの隣に立つ。


「へへ、なんで俺たちのパーティって四人目が定着しないんだろうな?」


 レオンスもやれやれといった様子だ。


「ファビオが無事で良かったよ。罠には焦ったけど、幸運だったね」


 シャンタルがファビオに寄りかかる。


「最初のやつも、罠でダメになったよね。


 荷物運びに使ってた奴隷女のガキ。


 『呪い』を受けて、永遠の眠り状態になった」


「次はシルヴァン。


 ファビオの身代わりになってくれるとはな。そしてまたしても『呪い』だ」


 レオンスが引き継いで言う。


「迷宮の『呪い』は強固だからなあ。


 聖職者に解呪を頼めば、冒険者ひとり一年雇える額が吹っ飛んじまう」


「だから迷宮で『行方不明』扱いにしちゃったほうが、得なのよね……」

 

 シャンタルが首をすくめた。


 地上に戻って、『呪い』を受けたパーティメンバーを見捨てて追放するという手もあるが。

 悪評が広がるだけでなく、逆にギルドを追放されてしまうだろう。


「自分たちは、余計なコストを抱え込むべきではありません。これで良いんです。


 なに、古代魔法を獲得するための必要な犠牲だったと思えば……」


 ファビオはくくっと低く笑い、


「彼らも、奈落に消えていった甲斐があるというものです」


 と言い放つのだった。


「しかしよお、まあた使えるメンバーを探さなきゃならなくなったな」


「シルヴァンは相当な腕前だったよね。あのクラスの冒険者、そうそう居ないわ。


 まあ、もう役立たずになっちゃったけど」


 惜しいわあ……とシャンタル。


「なに、自分たちはギルド番付でも常にトップのパーティ。


 加入したい奴などごまんといます。


 自分たちの盾になれれば、それで良しとしましょう」


「そうだなあ。


 ここまで来りゃ、あと一人イケニエが居ればいいってとこだろうしな!」


 ファビオとレオンスが顔を見合わせてにやりと笑いあう。


「それじゃ……小部屋に戻って、シルヴァンの荷物を回収して帰りましょ。


 この先の雇い賃も無くなったことだし。


 その金で、最下層到達記念の祝賀会でもどう?」


 シャンタルの提案に、ファビオも乗り気だ。


「いいですね。彼は2年の稼ぎを、常に持ち歩いていましたっけ」


「そういや、病気の妹のためとか言ってたっけな?


 残念ながらもうシルヴァンは奈落の底だ。あいつの金が届くことはもう無え」


 レオンスが首をすくめる。


「そうですね。悲しい運命ですが、我々の目的以上に優先される事はありません」


 悲しそうな表情など一切していないファビオの言葉に、ほかの二人もうなずいた。


「そうだな。ありがたく頂いて行こうぜ」


「そうしましょ!」


「浮かれるのはいいですが、帰ったら、口裏を合わせるのを忘れずに」


 と釘を刺すファビオ。


「へへ、わかってるって! シャンタルの泣きの演技、期待してるぜ」


「任せといてよ!」



 そして彼らは、ポータルを使って地上に戻った。


 ――立て続けにパーティの一員を『事故』で失った彼らに、ギルドの面々は同情的に接するのだった。




 

 ▽





 次に目覚めた時。

 

 俺は木造りの部屋の中に居た。

 ベッドに寝かされているのか、見慣れない天井が見える。


「……?」

 

 これが死んだ後の世界?


 ……いや、自分は生きているっぽい。

 むくりと起き上がる……なんだか身が軽いような気がした。


 確か俺は奈落に落とされた、はずだが。


「あら、目が覚めたみたいね!」


 いきなり近くで声が聞こえ、驚いてベッドからずり落ちかけた。

 奈落に人が!?


「き、君は?!」


 声の主は、ややみすぼらしい格好の女の子だった。


 肩までの金髪。きらきらと輝く目に、あどけなさが残るが整った面立ち。

 かなりの美少女といえる。

 年のころは16くらいで、活発そうな印象を受けた。


「……奈落に、人が、居たなんて……」


 ここが建物の中の部屋なら、もしかしてこの子の他にも……!?


「あたしは、レリア」


「ああ、俺はシルヴァンだ。よろしく」


 女の子が名乗ったので、俺も名乗りかえす。


 ……うん?

 何だ俺の声は?声帯でもやられたのか?

 妙に甲高いような……


 レリアも首をかしげ、


「うーん。その姿で『俺』っていうのは変かなー?」


 などと言う。

 姿?


 自分の体を見下ろすと、女の子と同じような、やや汚れたワンピースを着ている。

 

「女物じゃないか、おいおい俺は男……!?」


 やはり、声が変だ!まるで女の子のような……?

 自分の手、こんな小さかったか?つか体も?

 

 そして何だこの胸の突起物は!?

 

 思わず両手でつかんでみる。

 ……偽物ではない。

 俺の体にちゃんと付属しているものだ……や、やわらかい……

 

 そして、アレがない。感じ取れない、股間のアレの存在を。


「うん、あなた女の子の体になったの」



 ……レリアが何を言ってるのかわからない。



「あなた、奈落に落とされて死んだの。

 

 でも、あたしのおかーさんが、まだ近くにあったあなたの魂を捕まえることが出来た。


 あ、おかーさんはネクロマンサーなのね」



 ほんとなにいってるのこのこは。



「でも、あなたの魂は確保できたけど……一度魂が離れた体にはもう戻せなくて。

 

 で、同じく奈落に落とされて意識不明だった女の子の体に、あなたの魂を入れたの。


 それで、魂が消滅するのを防いだんだよ」



 なるほどなるほど?



「だから、あなたは女の子になったの」



 そうなのかー。なるほどなあ。



「……って、そんな馬鹿な!」


 思わず声を荒げて叫んだが、部屋に響いたその声は可愛らしく迫力も何もなかった。


「これ、緑水晶の鏡。見てみて」


 手鏡を向けられ、思わずのぞき込んだそこには……


 見慣れた俺の顔は映っていなかった。


 長くつややかな黒髪、細い顎。優しげな瞳。

 なにか高貴さをも感じる、美少女が映っていた。


「おれ? これが、……おれ!?」


「ほらー、そんな足を広げない。パンツ履いてないんだから」


 慌てて足を閉じる。やけに柔らかなふとももがぺちっと音を立てた。


 というかこのワンピースっての、やたら下半身が無防備に感じてしまうんだが!?

 スース―するというか、ちょっと動くと危ない事になりそうな……

 

「あたしのおさがりでごめんねー!


 奈落じゃなかなかお洋服とか作るのが難しくて、いつも不足してるの」


 レリアが申し訳なさそうに言う。


「あたしもパンツなくって」


「そうなのか……って! そんな事は重要じゃなくて!」


 つか、この場合、何が重要だ!?



 俺が生きているって事か!? 

 そのうえ女の子になってしまった事か!?


 奈落に人が住んでいるらしい事か!?

 それともパンツが無い事か!?

 


 頭はまだ、混乱の極みにあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る