過去作品再録(移行)まとめ
青谷因
タイムラグ
半年振りに、母の居る実家に帰った私は、喉の渇きを潤すべく出されたお茶をひと息で飲み干すなり、せきを切ったようにまくし立て始めた。
「・・・で。電話の続きなんだけどねっ」
帰省前に、日程や時間の連絡もそこそこに、どちらかといえば、たまりに溜まったストレスを発散させていた。
「まぁまぁ、いろいろあるわよ。今度帰ってきたときにじっくり話は聞くから・・・」
あまりの剣幕にたじろいだらしく、母はそういって電話を切り上げさせたのだった。
そのせいで、いまいち鬱憤を晴らしきれずに、もやもやとしたまま荷造りなどの準備を済ませ、半ば上の空で仕事をやっつけ的にやり過ごしていた。
当日電車に飛び乗るや、黙々と帰宅の途につき、今に至る。
通話を半ば中断されてからも、不思議とこの勢いというかモチベーションは落ちなかった。いやむしろ、あの日が幾分かさが増したように感じていた。
落ち着くための帰省なのだが、話しきらないとむずむずと居心地が悪く、心ここに在らずになっていたのだ。
「まぁまぁ、順番に、ゆっくりお話しなさいな。ちゃんと聞いてあげるから・・・」
興奮冷めやらずな娘と対照的に穏やかな性質の母は、お茶を一口すすると、ほほほ、と品よく笑いながら、私をなだめた。
おかげで幾分か冷静な自分を取り戻した私は、ひとつ大きく深呼吸したのち、これまでの一人暮らしでの不満をぶちまけていった。
まず、会社での人間関係や仕事の評価にはじまり、住んでいるアパートでのトラブルなど、これですべて言い切った、というところで、ふぅ、とようやく一息つくことが出来た。
「ありがと、母さん、なんか聞いてもらったらスッキリしたわ。」
と、つき物が落ちたように、自然と笑顔を向けた私とは対照的に、怪訝そうな顔で母がじっとこちらをのぞき込んでいるのに気がついた。
最初のころは、ふんふん、へー、大変だねぇ、と、微笑みつつ苦笑交えつつに、相槌を打って聞き流してくれていたのだけれど、何故か今の母の表情は、不思議なものを見るようなものに変わっていた。
「何??今の話、何か変だった?」
あまりにじっと見つめられるので、居心地の悪くなった私は、たまらず声をかけた。
「いや、何ていうかね・・・」
と、何故か口ごもる。
濁されると、いい気持ちはしない。ましてや、相手は身内である母親だ。私はあからさまに動揺し、さらに問いただした。
嫌なことでも、肉親に隠されるほど辛いものはない。
まぁ、聞かなくていい、というか、聞かないほうが良いということもあるのだけれど、ここまできたら、逆に黙っていて欲しくない。
「あのね、話を聞いていて思い当たることがあったんだけど・・・昔の、小さいころのあんたと、同じじゃないかって」
「えっ・・・」
母の話は、こうだった。
生まれてまもなく、両親はアパート住まいで、一人っ子で甘やかされて育った私は、毎日ひどく騒いで暴れたりして、近隣住民から苦情の嵐だったらしい。
物心ついて落ち着いたころには、すでに戸建てに引っ越していたので私にそのころの記憶は無かったのだ。
「あんたがさっき言ってた、二階の方の子供さんの騒いでうるさいって話、思い出してねぇ。本当に大変だったよ」
さらに。
「今の家に引っ越してからは、外で活発に遊びまわってくれるのはうれしかったんだけど、ねぇ」
他人の家の植木鉢を壊したり、勝手に敷地に侵入して荒らしたりなど、相変わらず悪さばかりしていたという。
「そう・・・だっけ」
今住んでいるアパートは、野良犬や野良猫が、何故か私の部屋の周りに寄ってきて、せっかくガーデニングにと揃えた道具や植木や苗床を、これ見よがしに荒らされていたのだ。
「あとねぇ」
「あ、もういいよ、母さん、分かったから。ちょっと片付けてお風呂入るわ!」
半ば強引に話をさえぎると、私は荷物を持って部屋を後にした。
後になって思うと、この時最後まで母の話しを聞いていればよかったのだと、悔やむことになる。
そうすれば、次に来る災難を、ある程度予測して回避できたかもしれないのに。
その後。
本来なら半年か一年ほどのペースで里帰りしていたのだけれど、この日は半年も待たずして、再び実家に帰ることになる。
もう、いろいろ悩まされたアパートへ戻ることは無い、片道の旅路で。
何故なら。
実家から戻って三ヶ月ほどたったある夜に、アパートは燃えてしまったのだから。
戻るときに何か、胸騒ぎがしたのを覚えている。
とても重要で、重大な過去の過ちを、忘れているような気がしてならなかったのだ。
しかし、母に改めて聞くことはしなかった。
だって、聞くのがとても怖かったから。
過去作品再録(移行)まとめ 青谷因 @chinamu-aotani
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