ブラックV

スティーブンオオツカ

第1話 噂

近未来…突如流行したウイルスによって混乱によって世界は大きく変わった。

互いに憎しみ合った結果、歪んだ形で技術を発展させ、より一層人々は混沌の渦に巻き込まれた…

時は経ち、何とかワクチンや治療薬によって平穏を取り戻しつつある中、まことしやかに第二波の噂が流れ出すのだった…


────────────────────


「カツミくぅん、悪いんだけど真ん中のレーンの流しやってね〜」

「は、はい!」


千葉県佐倉市、とある工業地帯。

お世辞にも綺麗とは言い難い時代を感じる工場にて、その男はいた。

名は五十鈴克巳(いすずかつみ)、如何にも普通の一般人に見える彼だが、実は訳アリな経歴を持つ。

それは…


(クソッ、元対テロ特殊部隊の俺がようやくありつけた仕事が焼売のライン工だなんてよ…!)


彼は元々警察の特殊部隊出身だったのだが、ある事情により部隊が解散してしまい、現在は食品工場で働いているのだった。

その事情というのも、金に目が眩んだ警察上層部が部隊を私的に悪徳政治家に貸し出した事を追求されてしまった為にしっぽ切りされてしまったというものだが…


(はぁ、一年前…あの頃はよかった、適当に戦ってりゃ金が貰えて…今じゃ鍛え抜いたこの体を使ってやる事が箱に焼売詰めて流すだなんてな…)


彼は仕事をしながら落ち込んでいると、そこへ気の良さそうなメガネの老人がやって来た。


「カツミくん! そろそろお昼だから違う人に変わって貰って!」


カツミは彼の顔を見て、ぱあっと表情を明るくする。

彼は上司の三又(ミツマタ)、丁寧な指導と真摯な態度で評判のいい上司だが、カツミは彼に別の恩義があった。


(…そうだ、俺はこの人に声をかけてもらわなきゃ今頃裏稼業に足を突っ込んでたんだ、腐っていられんよな!)


そう、このパンデミックの爪痕が大きく残る世界では治安が悪化し、裏稼業が盛んになるという中々の事態になっていたのだ。

盛んになった理由も、混乱のさ中で紛争や戦争に駆り出された兵士達がいざ戦いが終わり、混乱も落ち着いて来ると職にあぶれ、まともな職業に付けない者が多数いたせいだからだ。

カツミもある意味その犠牲者と言って良いだろう。


「それじゃ、先に昼休憩行かせてもらいます!」

「あと少しで僕も昼休憩だから、御一緒させてもらうよ 」


彼のにこやかな笑顔を見て、カツミの鬱屈した気分はどこかへと飛んで行く。

しかしこの後に彼の運命を大きく変える出来事が起こるのを、カツミ本人どころか三又すら知る由もなかった…


────────────────────


昼、短い時間ではあるが束の間の休息をカツミは送っていると、三又が先程言った通りにやって来ていた。


「お待たせ、さっきから君の仕事を見てたけど随分早くなったねぇ」

「いえいえ、これも三又さんのおかげです。貴方に声を掛けられなかったら今の俺はありませんから…」

「ははは、そんな大袈裟だよ…おっと、あんまりやってるとあれだし、ささっと食べちゃおっか」


そして彼等は手早く食事を済ませつつ、ふとある話題が三又から出た。


「そういえばさ、最近動画サイトで面白いのを見つけたんだよね、ホラ」

「…なんです? これ」

「何でも大倉って二年前に行方不明になった議員さんの隠し財産が日本のどこかにあるって話なんだけど、胡散臭すぎて逆に面白くてハマっちゃってね」

「…そうですか、まぁほどほどに…」


インターネットの怪しい噂に対し、カツミは消極的な反応を見せるがこれには訳がある。

彼はこういうインチキ臭い噂が嫌いなのでは無い。

彼が何処と無く嫌そうな態度を取ったのは三又の口から出た大倉という男の名前を聞いた瞬間からだった。


(大倉…か)


この大倉という人物こそ、警察上層部から対テロ部隊を護衛として私的に利用し、部隊解散の原因を作った人物だったのだ。

しかし、彼は数々の汚職が明るみになった後に行方不明となったのだが、まさか今になって彼の名前を聞く事になるとはカツミも思っていなかった。


(確か殺し屋に殺されたと聞いたが、まさか二年も後にこいつの名前を聞くとはな)

「でももしこの人の遺産がホントにあって、見つけられたら…」

「フフ、でも有り得ませんよ。こんな時代とは言えそんな徳川埋蔵金みたいな物…それに、その動画最後の方でヤバい奴らが日本に集まってるとか行ってますけど、もう日本は十分ヤバい国になってるし…」

「…だよね、あはは。おっと、そろそろ行かないと遅刻だ! カツミくん急ごう!」


三又がそう言うと、カツミは彼と共に急いで昼食を終え、すぐさま午後の仕事に取り掛かった。

この時カツミは三又が何処と無く遺産に固執しているような、なにか思う所のある態度を取ったのかを疑問に思ったのだが、彼も嘘だと分かっているはずだと思い何も言わなかった。

しかし翌日…


「おはようございます…ってあれ? 三又さんは?」


彼は職場に着くと、そこには三又の姿は無かった。

更に言うと、何処と無く同僚達がざわめいている。

何となく嫌な予感を感じていると、別の同僚がカツミの元へとやって来る。


「ねぇ五十鈴さん、三又さんからなにか連絡来てたりしない? めずらしいよねぇ、あの人が始業前になっても来ないなんて」

「何…?」


カツミはそれを聞いて、冷や汗をかいた。

そして、今ハッキリとした。

彼が何処と無く変な雰囲気だったのは、自分にその遺産に興味を引かせようとしていたのだ。


(彼は何か事情があって遺産に食いついた…そして俺にそれとなく見せて、共に探そうとしたって事だったのか…?)


ここまで考えられるのも、彼が元特殊部隊として鍛え上げられた察知能力のお陰なのかもしれない。

そして彼はいても経っても居られなくなった。


「あの、昨日何か三又さん変な事を言ってたりしませんでした?」

「いや…特には…」

「…クソッ!」


カツミはすぐさま、ロッカールームへと向かう。

そして行く途中、彼は後悔の念を強めた。

あの時真面目に話を聞いていれば、と色々考えるうちにロッカールームへと着く。

そして、彼は三又のロッカーを見つけ、無理やり力で鍵を破壊して扉を開けると…


「これは…!」


そこにあった物、それはメモだった。

内容は…


『十時、佐倉北廃工場』


と書かれていた。


「…三又さん!」


今再び、この日本で大きな陰謀が動き出そうとしていた…

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