第32話:俺たちの持久走とその結末

 商店街のホームページ制作はまだ半分も終わっていないが、持久走の日の方が先に来た。俺は一応「ホームページ班」の方だったけど、持久走のコースの打ち合わせや準備などもあり「持久走班」の方にも参加していた。


 持久走の日が近づくにつれそちらの方の仕事の割合が高くなっていたのもある。俺達は持久走に思い入れを強めていた。何としても成功させよう、と。


 ホームページはゆっくりでも進んでいれば問題ない。それよりも、持久走を成功させ商店街に一定数の客を引き付けることができれば俺の心のノルマは達成できる。あの日 広げた大風呂敷を少しでもたたみたい。


 今永麻衣、唐高幸江、貞虎、そして俺の4人は既に「生徒会役員」となり、持久走の運営側に回っていた。かなりの部分を俺達に丸投げして、「生徒の自主性に任せる」と言うちょっとカッコイイ謳い文句に身を隠す学校側も、さすがに当日は教師たちが総動員で対応してくれている。


 スタートは河原付近の大きな広場。そこに学年ごと、クラスごとに集まって、分割スタートをするのだ。生徒が1000人以上いるので、一斉スタートとなるとテレビのマラソン大会みたいになってしまう。ごちゃごちゃで管理できない上、転倒などの危険もある。


 そこで、学年ごとに分かれたとしても350人くらいになってしまう。だから、クラスごと30~40人ごとのスタートで、前の集団に追いつかなくなった10分後に次の集団がスタートする。そんな工夫が必要なのだ。


 1000人を超えるとなると、クラスごとのスタートでも合図だけでも30回から35回は行う必要があるのだ。


 そのため、スタート要員は最低でも2人が必要だ。1人は教師に任せたとしてもそれぞれ3時間はここに張り付くことになる。それを担当したのは今永麻衣いまながまい


「今永さん、お疲れさま!」


「あ、誠。おつかれー! 見回り?」


「うん、俺は全体みることになったから、どっかでトラブルがないか自転車でまわってるの」


「無線があるのに?」


「無線とスマホで大体 何とかなるけど、トイレ交代の要員として走ってる感じだ」


「え? 交代要員は大変だから嫌だって言ってたのに……」


「貞虎が保健係を担当していたら、女子がたくさん来るようになって動けなくなった。だから代わりに俺が……」


「あぁ……なるほど」


 表情が「ご愁傷様」と言っている今永麻衣だった。


「じゃあ、誠。頑張って! 後で合流するから!」


「分かった!」


 俺は今永麻衣に手を振ってその場を離れた。


 持久走となると必ずコースを外れてサボるやつが出てくるので、分岐ごとに人を配置する必要が出てくる。


 そこで、教師を配置するのだが教師だけを配置していると共謀してサボるので生徒と教師を上手い具合にレイアウトしていくなど目に見えない配慮が必要なのだと先輩から教えてもらった。


 ここには唐高幸江とうたかさちえがレイアウトされていた。目さえあればいいのだから彼女には適している。


「お疲れ様、唐高さん」


「おつかれさま。誠くん」


「休憩交代しようか」


「うん、ありがと」


「じゃあ、ここ代わるから15分後戻ってきて」


 一応、「休憩」としているけど、実際は水分補給とトイレ休憩だ。女子だし「トイレ休憩」だと休みにくいということで「休憩」と呼称は統一されていた。


 まあ、急ぎの場合は交代要員がいなくてもトイレくらい行けるのだろうが、休憩する切っ掛けも兼ねているのだろう。


 そして、問題の商店街。ここは生徒会長、宮ノ入静流みやのいりしずるが担当していた。商店街と言うビッグクライアントに対応するためだ。


 今年は生徒同士の応援を解禁していた。そのため人気の生徒が走る頃にはコースの両脇に既に走った生徒が応援に回ったりするようになった。当然、商店街にも流れ込む。人が流れ込めばジュースを買ったり、お茶を買ったり、ある程度の消費が生まれる。


 既に走り終わった生徒などは、スマホ1個を持っていれば買い物ができるので、ジャージや体操服の生徒が商店街にあふれていた。一目で生徒だと分かるのは商店街にとっても有益で、「持久走応援セール」などをやっている店などはピンポイントで生徒に声をかけることができた。


 今日日きょうび高校生の学校イベントにどれだけの父兄が来るだろうか。小学校の時のように生徒1人に対して父母、兄妹と来るまでの事はなくなっている。見に来ない家庭もあるだろうし、母親だけが見に来るような家庭もあるだろう。


 それでも生徒が1000人もいたら、父兄の数もそれなりになる。しかも、いつ走るのか大体しか時間が分からないので、確実に我が子を見ようとゴールに近い商店街に人が集まっていた。スタート地点では生徒たちが込み合う上に、すぐにいなくなってしまう。しかも、父兄たちが待つための場所がない。


 それを考えれば商店街は広い。空き店舗は無料の休憩所として開放してあったこともあり、滞在時間も長くなっていた。


 この頃、例の中華屋などは店の外観にも気を使う様に変化してきていた。曇ったガラスの向こうに色が変わった食品サンプルが飾ってあった店のオモテは、ガラスが磨かれ透明度を上げた上で、おいしそうな料理の画像が内側から貼られ、見た人の食欲を掻き立てていた。


 何故か店の前に大量に置かれていた植木たちは全部 店裏の日の当たる場所に移動され、店への入りやすさも改善されていた。


 オモテには「○○高校御用達」と書かれた看板も掛けられ、曇りガラスで中の様子が全く分からなかったガラスドアは透明ガラスに替えられ、店内の様子が見られるようになっていた。


 それでも、客の顔は見えない位置に目隠し的に見せの名前を書くなど色々な工夫を凝らしていた。


 ◇

 これだけのイベントをしていたら何かしらのトラブルは起きると思っていた。しかし、これと言って大きなトラブルはなく無事持久走を終えたのだった。


 片づけは生徒会と教師たちが中心になって行ったので、仕事が片付く頃には一般生徒たちは既に下校していた。


 俺達も着替えを済ませて下校した。ホームページは各部で作り進める流れができていた。あとは時間経過と共に完成する。心配していた持久走自体はトラブルがなく、商店街への集客も一定以上の成果を出していた。


 地域猫の保護費は増額してもらうという好条件を引き出すことができたし、その対価に準備した条件も達成は確実となった。これは、俺達の完全勝利と言っていいのではないだろうか。


 例の中華屋の変化を見て、商店街の他の店も意識が変わりつつあるみたいで、俺達としても商店街は使いやすくなっていっていた。これも俺達にはメリットだと思う。もっとも、商店街の方も売り上げが上がるのだからWin-Winだろう。


 本当ならば生徒会室で簡単な打ち上げをしたいと思っていたのだけど、商店街のご厚意で以前に打ち合わせをした空き店舗で打ち上げをしていいよと言われていた。


 ご厚意ならば甘えようと、俺達5人はわいわい言いながら商店街のあの空き店舗に行った。


「あれ? 店がきれいになってる?」


「あ、ホントだ」


 俺が気づいたのだけど、今永麻衣もそう思ったらしい。


 ここにきて生徒会長、宮ノ入静流みやのいりしずるの挙動がおかしくなった。サプライズでも準備してくれたのかな?


「とっ、とにかく入ろう!」


 先輩に促されて空き店舗に入る。押し込まれるように急かされたのがちょっと気になった。すると、そこは掃除がされていてきれいになっていた。広い店内の中央は広い場所が設けられ窓際のみにテーブルが置かれている。


 そして、驚いたのは店内に無数に猫がいるのだ。


「え? 何? どういうこと? あ、可愛い!」


 今永麻衣は驚きと、猫の可愛さが同時に来たみたいで変な反応になっている。


 店内に入ると以前のあのお姉さん、たしか名前は猫森さん、がカフェ店員の格好で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませー! 今日はここを好きに使ってね」


「あ、はい……」


 色々ツッコみたいけど、どこからツッコめばいいのか……。


 とりあえず、俺達5人はテーブルの席についた。猫森さんがオーダーを取って行った。喫茶店みたいなので、普通のメニューもある。この状況を唯一説明できる猫森さんが飲み物の準備で席を外したので誰も状況が分からないでいる。


「先輩、何か聞いてましたか?」


「その……ここで打ち上げをしていいと……」


 やっぱり分からないか。でも、先輩の歯切れが悪いのも違和感がある。


「この感じ、ここって猫カフェかな?」


 貞虎がポツリと言った。


 たしかに、猫カフェなのだ。広い店内に猫が大量にいて、好きな場所に座っている。店の陰の方にはケージもあってその中にいる猫もいる。店の中央の広いところは猫が走り回るのに都合がいいようにそうなっているようだ。


 そして、気付いたのだけど猫の耳は先端が切り落とされているのだ。俺が思いついたことを言おうと思ったら、ちょうど飲み物の準備ができたのか大きなトレイに載せられて5人分の飲み物が猫森さんによって運ばれてきた。


「はい、お待たせしましたー。カフェオレは誰だったっけー?」


「あ、俺です」


 軽く手を上げて、カフェオレをもらう。


 続けてアイスレモンティなど女子が頼んだものも配られた。


 俺は待ちきれずに猫森さんに訊いた。


「あの、ここは……猫カフェですか?」


「ええ、そうよ。来月から猫カフェとしてオープンするの。今は猫が慣れるための準備期間中ってところかしら」


「へー……」


 いや、俺が聞きたいのはそこじゃない。


「この答えだけじゃご不満みたいね」


 猫森さんがウインクでもしそうな可愛い顔で言った。


「誠は年上好きなの⁉」


 俺の右側から今永麻衣が近寄って来て、俺のすぐ横に座りなおした。


「いや、別にそういう訳じゃ……」


「あら、お姉さん振られちゃった。野坂くんみたいな子は好きなんだけどなぁ」


「え、いや、俺は……」


「誠! こっち向いて!」


 横で今永麻衣は俺の両頬に手を当ててグイっと90度動かし彼女の方を向かせた。折れるから! そんな急に動かしたら折れるから!


 反対側に唐高幸江が距離を詰めてきた。両脇を固められて動けない。


「ふふふ、野坂くんはモテモテなのね。静流しずるちゃんも大変ね」


「なっ!」


 猫森さんがニコニコ笑うのに対して、先輩が焦っている。


「あれ? 先輩と猫森さんって仲がいいんですか?」


「え?」


 猫森さんが驚いたみたいだった。


「その……野坂くん」


 先輩が真剣な顔で俺を呼んだ。


「何ですか?」


「問題は全部で3つだったろ?」


「え? あ、はい?」


 何の話だ? 先輩の言う「問題」とは「地域猫保護費の問題」、「持久走の問題」の事か? あとは……。


「あ、カレー(仮)!」


「そうなのだ! 色々忙しくて十分里親探しができなくて……思ったより甘えてしまっていた期間が長くなってしまって……もし、迷惑かけている様だったらカレー(仮)はこのお店で引き取れるし、情がわいてしまったのならそのまま飼ってもらっても……」


 たしかに、3つ目の問題として「猫の里親問題」があった! すっかり忘れてた!


「でも、大丈夫なんですか? 猫カフェとはいえ、そんなに勝手に増やしちゃって……」


「実は、このお店は……」


 ・・・・・


「「「「なにーーーーーー⁉」」」」


 これ達の声が店内に響いた。猫達が驚いて、一斉にザッと身構えた。すまん、驚かせて。


「もう一度言ってください。先輩」


「だから、このお店のオーナーは……私の姉だ」


 先輩が目を伏せて答えた。猫森さんの方はどや顔だし。


「でも、猫森さんとは名前が……」


 俺は恐る恐る聞いてみた。


「野坂くん、意外と抜けてるのね。『猫森』なんて名前がある訳ないでしょ? 『猫森』はお店の名前よ」


『地域猫カフェ 猫森』


「たしかに、さっき店の入り口に書かれてあった!」


 そう言えば、商店会の人達は会長以外は、それぞれ業種で呼び合っていた! 猫森さんは業種ではないけど、店名だったとは!


「私の名前は、宮ノ入琴香みやのいりことかよ。改めてよろしくね。野坂誠くん♪」


 猫森さん、改め 宮ノ入琴香さんがウインクしながら自己紹介した。自己紹介でこんなに驚かされたことは過去に経験がなかった。


「いや~、猫をお店で飼うというのに商店会長さんがYESって言わなくて……」


 宮ノ入琴香さんが頭をかきながら言った。


「でも、あなた達のお陰で見事OKも勝ち取ったし!」


 俺達の活躍で宮ノ入琴香さんの発言力が上がったってことか。


 ん? 待てよ。宮ノ入琴香さんは最初から猫カフェをしようと思っていた⁉ そして、それを商店会長に渋られていた、と。


 お店がオープンしたら当然ホームページも作ろうと思っていた訳で、俺達がホームページを作ることにしたから、ホームページ制作費60万円をゼロにしただけじゃなくて更新料もゼロに!


 俺達の抱えた地域猫の保護費の問題を解決させるように働きかけてくれた代わりに、そこで保護された地域猫で猫カフェを開いて!


 つまり、俺達に恩を売りながら、商売のネタである地域猫を確保しやすくした上で、集客ツールであるホームページとSNSをタダで手に入れたって事⁉


 宮ノ入静流先輩が表のボスなら、猫森さんこと、宮ノ入琴香さんは陰のボスみたいなーーー⁉


 俺達は一斉に宮ノ入琴香さんの方を見た。


「んー、今日は何でもご馳走しちゃうぞ? 何でも言ってね♪」


 大勝利だと思っていた俺達は全部この宮ノ入琴香さんの思う壺だったのだ。


 こうして何もトラブルが起きなくて、うまくいきすぎた持久走も意外なところでオチがついてしまった。大人怖い。美人怖い。

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