第31話:良い噂悪い噂

「うわ! 何その料理の写真! おいしそう!」


 朝のホームルーム前の時間に唐高幸江に見せるために俺は例の中華屋のメニューの写真を机の上に何枚か出していた。それを見た今永麻衣がいち早く反応した。


「何これ? どこの? どこの? 今度行こう?」


 俺のすぐ横で今永麻衣が俺にピタリとくっついて言った。あんまりくっつかれるといい匂いとかして他に何も考えられなくなるんだけど……。


「なになに?」


 貞虎もふらりと来て自然に加わった。


「あ、俺はこの唐揚げ定食がいいな」


 陽キャでリア充のグループのトップ2である今永麻衣と貞虎が来たのだから、その周辺のメンバーのヤツらも集まってきた。


「何なに?」


 一番反応が早かったのは原くん。


 ちなみに、原くんは先日のバスケの時に一緒にチームになったので勝手に親近感を持っている。


「俺はタンタンメンかなー」


 清水くんが何故かメニューを選び始めた。選んでも何も出ないよ?


 家のプリンタはA4までしかプリントアウトできないので、それぞれに半分ずつ印刷して2枚を張り合わせ、A3(大きい紙)みたいにしてでかでかと定食の写真が写ったものが3枚あった。


 先日の中華屋で壁に張ってもらおうと思って準備したのだ。たしか生徒会室にはラミネータがあったので、店の油を吸い込まない様に加工してから持って行くつもりだったのだ。


 画像の下にはカタカナで「タンタンメン」と書いている。誰が見てもパッと分かるようにしたのだ。店のメニューでは「担々麺」と書かれてあり、漢字は固いイメージだし読めない人が読み飛ばす可能性があった。「担々麺」はまだいいけど、「韮菜炒牛肝炒」の「ニラレバ炒め」は読めない!


「これどこの?」


 いつの間にか、宮下くんとか田中くんとか集まって来ていてわちゃわちゃになってきた。


「商店街の中華屋のだよ」


 俺が答えた。


「あー! あのきったない店! あそこはないわー! マンガ読もうと思ったら表紙も油でベトベトだったし!」


「うわ! ないわー!」


 たちまちみんなの気持ちが離れていく。そうなのだ。口コミとはこんなもの。多少頑張ったところで本質が悪いと、いい噂は広まらない。


 人はいい噂は3人にしか言わず、悪い噂は7人に話すとか研究結果があったような……。


 左側を見ると、唐高幸江がふんす、と奮起していた。でも、何も言えなかったみたいだ。


「実は、昨日 唐高さんと行って来て、店を大掃除して来たんだ」


「「「はあ~? どういうこと?」」」


 俺が言うと、みんなの頭の上に「?」が浮かんでいるのが見えるようだった。


 実は、ホームページ用に写真を撮る前に店のテーブルとカウンターを掃除した。ねとねとの油はお湯をかけたりして、油を緩くしてから拭き取るとかなり綺麗になり、指で触るときゅっきゅっ、とテーブル本来の触り心地を取り戻していた。唐高幸江の女子力による掃除知識だった。


 定食の量も俺が食べられる量、唐高幸江が食べられる量を中華屋のおっさんに伝えるとあの定食が大盛りどころか、超大盛であることを理解してくれたみたいだった。


 欠けた皿や器は廃棄にして新しい物を追加してもらい、うちの高校用に「学割」を作ってもらった。従来の量の定食はそれなりにファンや固定客がいると思うので「大盛り」とか「超大盛」とかのメニューとして残してもらい、新しく「普通」の量のメニューを作ってもらった。


 そして、さらに「学割」を作ってもらったのだ。通常よりも100円安くしてもらった。量は従来より少なくして「普通」だから100円安くてもお店の損にはならない。(多分)


 元々安いのに、学割で更に100円安くなるのでお得感が半端ない。これなら部活帰りのヤツらが寄ったとしても、大盛り、超大盛で対応できるだろう。


 そして、仕上げに注文しやすいように人気メニューのいくつかの画像を準備したのだ。当然この写真にあるものの注文が多くなるので、材料の無駄も減ってくるだろう。


 しかも、メニューが集中することで早く作れるようになる。画像を見れば「普通」の量がどれくらいか一目瞭然だしメリットは多いと予想した。


 昨日 俺達が店を徹底的に掃除したことと、学割の事を伝えると何人かが放課後に行くと言っていた。もし、いい感想が聞けたらホームページのレビュー欄に書いておけば集客になるかもしれない。


 ホームページの写真撮り用にメニューはいくつか作ってもらったし、撮影の後は包んでくれて持ち帰り用としてくれた。全メニューを撮影するためにその後、何度か中華屋に行き、そのたびに掃除をしたり俺たち目線での改善を伝えて一緒に店を変えていった。


 ◇

「野坂くん! 朝のホームルーム前にすまない!」


 中華屋に通い始めて1週間後の事だった。


 また黒髪ロング姫カットの生徒会長、宮ノ入静流みやのいりしずるが教室にやってきた。もはやうちのクラスの名物になりつつあり、クラスメイトもちょっと楽しんでいる。もう誰も彼女の事を「タングステンの女」とは思ってない。


「ど、どうしたんですか? 先輩」


「きみたちは商店街に行って何をしてきたんだ⁉」


 その勢いにクラスメイト達も何だ何だと興味を持っているみたいだ。


 何だろう。連日、中華屋だけじゃなくて色々行って取材させてもらったり、写真を撮らせてもらったりしていただけなんだけど……。どこかで無意識に粗相があったとか?


「俺、何かやっちゃいました?」


 できれば、このセリフは俺が異世界に行った時に言いたかった!


「これを見てくれ! 商店街の店からホームページ作成依頼が殺到しているんだっ!」


 先輩がプリントアウトして来た紙はメールを印刷したものみたいで、定食屋、駄菓子屋、洋服屋など色々な商店街内の店からホームページの取材はいつかとか、うちにも来て欲しいというオファーだった。


「商店会長さんから聞いたのだが、中華店の取材に数回来ただけで放課後高校生が押し寄せる盛況ぶりになっているという噂が商店街内に広まっているらしいぞ!」


 それこそ何だろう。全く身に覚えがない。


「あ、俺 放課後に行った!」


 近くで話を聞いていた清水くんが右手を上げて言った。


「写真見てうまそうって話をしたら、放課後 男バスのヤツらと行くことになって」


 男子バスケ部はそれなりの人数がいる。一部が行っただけでもあの店のキャパならすぐにいっぱいだろう。


「聞いた通り店がきれいになってたし、うまかったから毎日とまでは言わないけど、2日に1回は行ってて……」


 ここか! ここに犯人がいた!


「あの……俺もサッカー部のヤツらと行ったんだけど……」


 田中くんも名乗り出た。


 ここにも犯人がいた!


「唐揚げ定食がヤバくて、病みつきになってて……。ホームページ見たら定食の種類が色々あったから1個ずつ制覇しようと思ってたんだけど……」


 ヤバイ。定食の写真は撮った順に随時ホームページに上げていた。それを見て店に行って欲しいとは思っていたのだけど、まさかこんなすぐに、それもこんな身近なところで結果につながるとは……。


 ただ、効果が出過ぎと言うか、同じクラスのヤツらのことなので一過性の物だと思う。それが商店街の人達には過剰な期待を抱かせる結果に……。


「まず……かったですかね?」


 恐る恐る先輩に聞いてみた。


「とんでもない! 素晴らしいことだ! 大変だと思うが、ぜひ続けてくれ!」


「あ、はい……」


 先輩は結局 何をしに朝から教室まで来たのか……。まるでスキップでもしそうなくらい足取り軽く帰って行ってしまった。


 当初400軒くらいあるお店のうち30軒くらいしかホームページ作成依頼が来なくて少し肩透かしに感じていたんだ。これでは猫の保護費用をまた縮小されてしまうのではないかと密かに心配していた。だから、話題になって希望するお店が増えるのはありがたかった。


「そういうことかぁ」


 横で今永麻衣がつぶやいた。


「何?」


「いや、ここ数日、商店街で持久走のコースの打ち合わせに行ってるんだけど、妙に対応がいいっていうか、歓迎ムードなんだよね。真ん中だけとはいえ、商店街のアーケードのど真ん中を日曜日に占拠しようってんだから、苦情も出ると思ってたのに」


「あ、これ」


 今度は貞虎が菓子箱を持って来た。


「何これ?」


「昨日は和菓子屋さんに会ったら『クラスのみんなでどうぞ』って言ってもらったんだよ。だから、持って来た」


 箱には手のひらサイズの和菓子が30数個入っている。お店で作られたお菓子だろう。量産品と違って1個1個ちょっとずつ形が違うのが面白い。


「せっかくだから、みんなに分けようか!」


 貞虎の提案だった。


「まあ、もらっちゃったもんはしょうがないよな。置いてても困るし、みんなで分けるか」


 俺が答えると、その話を聞いていたであろうクラスメイト達の歓声で教室内が一気に沸いた。


 そして、教室内には「取材に行くとおいしいものがもらえる」という誤解が広まり、ホームページのための取材や撮影の協力者が次々名乗り出ていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る