第28話:2つのミッション
先日発覚した、ブラックメンヘラ地雷真百合……いや、妹 真由里との【共依存関係】。彼女とどう接していいのか、また新しい悩みを抱える俺だったが、当面 俺達に課せられたミッションがある。そちらを何とかやっつける必要がある。
それと言うのも、このミッション期限があるのだ。そう、持久走の準備だ。先輩たちと共に商店会に大見栄切ったプレゼンをしてしまったので、今度はそれを形にしないといけない。考えてみたら商店街を盛り上げるみたいな大風呂敷を広げている訳だ。たたむの大変……。
やるべきことは大きく分けて2つあった。
1つ目は、持久走のコース選定だ。走る距離は例年5kmとなっている。商店街が全長で約1kmあり、表通りと裏通りがあるので合計で約2kmは稼げる。川沿いのジョギングコースは工事になるのだが、持久走期間中一部は使えるのでそこから商店街までの道で車の交通量が少なく、それでいて比較的広い道を選定しコースを決め、警察に道路使用許可を取る必要があるのだ。
これには地図である程度調べた上で、実際に歩いて確認する必要があった。場合によっては該当地区の住人の話を聞いたりする必要があるので、コミュ力が高い今永麻衣と貞虎が当たることになった。
こちらのチームは、持久走の時に商店街の中をどのように仕切ってコースにするかの打ち合わせもある。俺には無理な内容なので引き受けてもらって助かった。
あの二人、陽キャのリア充同士、最近仲がいいみたいだ。若干マウントの取り合いをしているように感じるが、それはリア充同士のプロレスなのかもしれない。俺には分からない世界だ。
2つ目は、商店街のホームページ作りだ。地域猫の保護活動の資金を出してもらうための餌……もとい、交換条件として提示したものなのでこれは完遂しないといけない。
ある程度のWEBサイト作りの知識があるので俺と新聞部の一員ということで唐高幸江がこちらのチームとなった。ちなみに、先輩は総括監督をすることになっているので結果を聞いての最終判断をする役。今日は学校への申請関係で一人書類と格闘していた。
まずは、商店街のお店全員に説明会をしたのだが、すぐにページを作って欲しいと名乗り出たお店は、意外にも30件程度だった。
この商店街が約1kmで約400軒のお店があることから少ないと考えていた。ただ、逆に30軒ならば比較的早く取材は終わる。既にホームページのひな型は作っていたので、そこにお店で聞いたことを当てはめていけばベースとなるページができる。
後は個別に話を聞いてすぐに実現できる程度ならば実現し、判断が難しいようだったら持ち帰るというマニュアルまで作っていた。ここも用意万端だ。
新聞部もPC部も今回の件には乗り気で積極的に動いてくれているのでこの辺りには心配がなかった。
心配があるとしたら……
「なに!? 私の方見て! 私は大丈夫だけど⁉ 取材くらい何でもないけどっ⁉」
黒髪ツインテールの唐高幸江だ。メイド喫茶「萌え萌えキュート」にいる時と全然キャラが違うので中々捉えにくい上に、学校でのひとっことも喋れない内気キャラからも脱却を試みている最中だから余計に安定しない。
クラスメイトなんだけど、どこか妹の様に面倒を見ないといけない様な気持ちもしてきていた。
「取材とか大丈夫なのか? 知らない人から話を聞くんだぞ? 一方的に話すだけじゃなくて、言葉のキャッチボールだぞ?」
「だっ、大丈夫に決まってるでしょ!」
うーん、見え見えの強がりは元々目指していたという「ツンデレ」に近くなってきているけれど、まだまだ修行が必要そうだ。
「……でも、困ったら助けてね?」
唐高幸江が俺のシャツの裾を摘まんで上目遣いで言った。少し涙が浮かんでいる様な縋る目と本気で不安そうな顔……俺が何とかしてあげないといけないと思わされてしまう。
そうだ、唐高幸江は学校ではこんなだが、メイド喫茶「萌え萌えキュート」ではナンバーワンを張っているのだ。やればできる子なのだ。
◇
「お嬢ちゃん、おかし食べる? お腹空いてる? オムライスとかならすぐできるけど?」
アイドルタイム(ひまなじかん)の中華屋のおっさんは唐高幸江がお気に入りみたいだった。カゴに入ったお菓子をついっ、と差し出してきた。中華屋ですぐ出るのがオムライスなのもどうなのか……。
5卓ほどあるテーブルとカウンターの定食屋。カウンターは赤く、いかにも中華屋って感じだ。カウンターの下の物置には雑誌や油でべとべとのマンガが詰め込まれている。
MAXでも20人ほどしか入らないお店。そのテーブルの一つに俺達はついていた。テーブルの上には箸立てにこれでもかと詰め込まれた割りばし。ラー油とか酢とか塩の容器も置かれている。こちらも容赦なく油でべとべと。触りたくない。
「高校生が来るって聞いてたのに、お嬢ちゃんは付き添いかな? 中学生? えらいねぇ」
「……///」
唐高幸江が何も言えないでいる。
「何か孫みたいだなぁ。東京にいるんだよ」
おっさんは中華屋だけど料理人らしくコックコートを着ていた。ちゃんと糊が利いてアイロンの線があるとちゃんとして見えるから不思議だ。
「おいくつなんですか? お孫さん」
俺が小さな興味と雑談を兼ねて聞いてみた。
「8歳だよ。今年の正月に帰って来てねぇ」
8歳の孫と唐高幸江を一緒にしたらダメだろ! おっさんがいくつか知らないけど、一緒くらいに見えるなら東京タワーもスカイツリーも同じ物に見えているに違いない。
「……ところで、本題なんですけど」
「あー、そうそう! ホームページね!」
「どうして、ホームページ作りに名乗り出てくれたんですか?」
最初に、色々聞いておかないと。先輩の期待を裏切る仕事しかしなかったら失望されてしまう。
「ほら、うちは中華屋だから昼のお客さんが多いのよ。だから、定食の完成品を見てもらうのが一番売れる。でも、食品サンプルだと作り物っぽいし、それぞれ本物を店の前にサンプルで置くんだけどさ、毎日捨てるしかないし……」
話の要領が全然つかめない。俺がコミュ障だからか⁉
「若者がどのメニューが好きかも分からんし、いっぱい食べさせたいんだけどね」
「はあ……」
何気なくメニュー表を見た。メニュー表は短冊状の黄色いプラスチックの板に黒い字で名称が書かれている。値段は赤い文字。この赤い文字の劣化が早いのか、値段だけ読みにくかった。
「野菜炒」…は分かる。やさい炒め。「坦々麺」も分かる。タンタンメン。「雲吞麵」……は、ワンタンメンか! 「韮菜炒牛肝炒」って……レバニラ炒め? いや、ニラレバ炒め? レバーとニラはどちらが先だっけ?
漢字が多い。しかも値段が分かりにくい。定食の量も分からない。正直、こんな仕事を任されなかったらこの店に入ることはなかっただろうし、注文したくないな。
「あ! そうだ! 何か試しに食べてく? 今日の定食は鶏唐揚げと野菜炒めなんだよ」
そう言って勝手に立ち上がり、厨房に立つおっさん。俺達は勢いに負けて止めることもできなかった。
雑談をしながら5分程で2人分定食が出てきた。楕円形の皿が2つ。1つには唐揚げが5個も載っている。もう一つの皿には野菜炒めが山のように。ごはんも大盛りで、中華スープもザーサイも付いている。俺でも食べきれるかどうか……。唐高幸江にはまず無理だろ。
「ほら! 食べて食べて! 若いうちはお腹空いてるでしょ!」
唐高幸江と顔を見合わせてしまった。俺達はうんと頷きあって食べ始めることにした。正直、すごく抵抗はあった。中華スープの小さなお椀なんてヒビが入っていたし、年季が入っているのを感じてしまう。
俺は食べた。とにかく食べた! 味はびっくりするほどうまいけど、量はさすがに限度がある。俺用に出された方は頑張れば食べられるかもしれないが、唐高幸江が食べきれない分まで食べることは難しそうだ。それくらい量が多い!
唐高幸江が弁当を作ってくれた時、自分の分の弁当箱は俺の物より二回りは小さかった。彼女がこの定食を食べきれるとは思えない!
ただ、今俺にできることはこの定食を食べきる事! 全ての思考を捨てて食べることに集中した。
「この定食はねぇ……」
食べてる最中も目の前でおっさんが話しかけてくる。俺は愛想笑いと相槌を打ちながら食べる。食べにくい……。
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