第27話:妹 野坂真百合の秘密

「ふしゅぅー、ふしゅぅー……」


 俺は今、妹 真百合の部屋で窮地に立っていた。目の前には我を失ったビースト真百合こと俺の妹がいる。


「見たの〜? それを見たの〜?」


「ひぃ〜〜! みっみっ見てないよ?」


 俺の視線は無意識に上に向かい、答えている頃にはゆっくりと右に移動していた。


「そのごまかし方……嘘だ。嘘をついている!」


 ひぃ〜〜〜〜〜!!  ごめんなさいぃぃ!! 実の妹相手に小手先の嘘が通用する訳がなかった!


「それを見られたからには、兄を殺して私も死ぬ!」


「待て待て待て待て! びっくりはしたけど、殺す必要はないだろ! 多少ねじ曲がっているけど、俺の事を思ってくれてて嬉しかったし!」


 ここでビースト真百合の動きがピタリと止まった。背後から絶え間なく湧き出ていた黒い殺気も一瞬で霧散した。


「……嬉しかった?」


 その表情までは読み取ることができないが、真百合が小さな声で尋ねてきた。


「ああ! 嬉しかった! ずっと口をきいてくれなかったから、俺は真百合に嫌われていると思ってた! だけど、あんな 風に日々俺を見ていてくれたってのが嬉しかったんだーーー! だー、だー、だー、だー(反響)」


「……」


 真百合が足元に落ちていたクマのぬいぐるみを足でちょいと脇の方に寄せた。酷い扱いだなクマさん!


 そうかと思ったら、てててと俺の目の前に来て俺の右腕にピトリと抱きついた。


 何!?  俺は真百合に柔道の聞いたこともない技で捻り絞め殺されるのか!?


 真百合は、数回ぱちぱちと瞬きをしたら俺の顔を笑顔で見上げていった。


「兄さん、行こっか♪」


 どこへーーー!? 天国へですか!? それとも地獄へ!?


 真百合の笑顔は過去イチで可愛い! グッドスマイル真百合かプリティースマイル真百合だった。


 いい加減、両親も帰って来ているだろう。しかし、いつもの事と2階に上がってくることはない。両親も仕事で疲れているのだろう。


 ただ、今日だけは! 今日だけは上がってきてくれ!


 冷蔵庫に入れた惨劇オムライスを見てただ事じゃないことが起きていると察してくださいっ!


 俺はグッドスマイル真百合に腕を組まれて自分の部屋に連れて行かれる。俺の最期は自分の部屋か……。後生だからハードディスクだけは何も見ずに風呂場に浸けて闇に葬ってくれ!


 俺の部屋はさっき見た通りめちゃくちゃになっていた。足のふみ場もない。教科書、ノート、ラノベ、マンガ、分け隔てなく放り投げられたあとだ。相変わらず部屋の電気は豆球なので薄暗い。


 グッドスマイル真百合はノールックで足元のそれらをちょいちょいとつま先で左右に掻き分けベッドまでの道を作る。


 部屋のドアは既に閉められ、鍵だってかけられている。もう逃げ道はない!


 九割九部九厘九毛九糸 諦めていた俺だが、ベッドの真ん前に棒立ちしていたら、真百合が首に腕を回すようにして抱きついてきた。


 はあぁ!?


 全然理解が追いつかない。俺は首くらいもぎ取られる覚悟をしていた。俺が最期に見るのは俺の首の断面でないことを願った程だ。


 しかし、首には真百合の細い腕が回され、彼女はつま先立ちで俺にピッタリくっついて来ているのだ!


「兄さんも私の腰に手を回してください」


 何だかほころんだ顔から発せられるような可愛い声で言われた。俺はもう訳もわからず言われるがまま、真百合の腰に手を回した。


 これでは恋人同士が抱き合っているような状況だけど、俺達は恋人同士でも何でもないし、実の兄妹だ。


 両親は再婚とかしてないし、オレも真百合も養子などではない。……ないはずだ。アルバムだって二人の小さい頃からの写真を見たことがある。


「兄さん、私は嬉しかったです」


 真百合は新しく俺の事を「兄さん」と呼ぶ事にしたの!? 日記には「お兄ちゃん」って書いてあったのに! もはや、二重人格とか多重人格を疑うレベルだ。


「兄さんが自信を持ってほしいとは思っていたんですが、人気者になってしまったら私の元からいなくなってしまう……だから、適度にポンコツを残して私好みの兄さんになるよう促してきました」


「何でまた……」


 真百合の柔らかい身体が俺に押し当てられている。慎ましやかな胸の膨らみも感じる。


「決まってるじゃないですか。それは……」


 真百合の甘くいいにおいが俺の頭の中を支配していく。


「それは……?」


 ゴクリと俺がつばを飲んだ音が聞こえた。


 次の瞬間……


「うわっ!」


 真百合が身体を傾けると重心が移動して俺ごとベッドに倒れ込んだ。俺と真百合の身長差と体重差は結構あるはずだ。それをもろともせずに俺を倒すなんて真百合はすぐに全国高等学校柔道選手権大会に出るべきだ。


「少し前、兄さんの教室をのぞきに行ったんです」


「え⁉」


 ベッドの上に仰向けの俺、その上に覆いかぶさっている真百合。首には腕が回されていてしっかり抱き付かれている。彼女のお胸も俺の身体に押し付けられたまま。


「そしたら、兄さんが隣の席の女子に抱き付かれて、反対側から袖を引っ張られていて……あの二人を人知れず始末しようかと思いました」


 人知れず始末しないでーーー!! いつの間にか真百合がブラックメンヘラ地雷真百合になっていた!


「この間は、うちのリビングでリア充に囲まれてきゃっきゃうふふしていました。生徒会長も増えていましたね。あの女は毎日 兄さんの部屋に足しげく通っていますよね。教室では堂々と兄さんに告白していましたし!」


「猫! 猫だから! 先輩は、俺が一時的に預かっている仔猫を見に来てるだけだから!」


「兄さん、あの女を庇うんですか!? やっぱり、最も警戒すべきはあの女か……」


「違う違う! 先輩はホントに何でもない!」


「じゃあ、あの教室でおっぱいを半分放り出している恥知らずが本命ですか?」


 おっぱいを半分放り出している訳じゃないけど、シャツの第二ボタンまで開けているのは今永麻衣だ。


「彼女は俺にリア充が何たるかを教えてくれている人だから! リア充の師匠!」


 彼女に何かあったら俺の××ライフが寂しいものになってしまう!


「じゃあまさか、あのさわやかイケメンですか⁉ あいつは明らかに兄さんの事が好きですよね⁉」


 貞虎の事か⁉


「いや、あいつは男だから!」


「では、あの毎日の様にお弁当を作ってくる地味女ですか!? 私の兄さんを餌付けしようなんて138憶年早いです」


 ビッグバンが起きてから今日までの期間!


「しかも、家まで送って行ったりして、兄さんのためにオムライスを作っていたけど、途中でやめてやきもち妬いて部屋をめちゃくちゃにしてしまいました」


 オムライスは途中でやめたというよりは、作り終わってケチャップまで掛けた上でズタズタにしたよね⁉


 もう数年間、真由里は口をきいてくれなかったから気づかなかったけど、いつの間にか立派なブラックメンヘラ地雷真百合になっていた! 笑顔とかは以前と変わらずすっごく可愛いから余計に残念だ!


「でも、嬉しかったです。あの日記を読んでも兄さんが私を受け入れてくれて」


 残りの部分にどんなことが書かれていたのかすごく気になってきたんだが!


 ……妹の秘密を知ってしまった。彼女は俺に依存しているようだ。


 ここで俺は一つ重要な事を思い出した。俺がリア充を目指すようになった理由は真由里だ。今思えば年頃になったからか、真由里が急に口をきいてくれなくなったのだ。


 俺はその理由を、俺が情けない陰キャでボッチだからだと思っていた。また真由里に口をきいてもらうためには、「誇らしい兄」になる必要があった。考えた上でたどり着いたのが「リア充」だったのだ。


 彼女が俺に依存していて、俺も彼女に依存している……つまり、彼女とは依存関係、いや【共依存関係】だった。


「兄さん、大好きです」


「……あの。それは兄妹という意味での……?」


「オスとメスという意味での!」


「ぶふぅっ!」


「兄さんも私のことをメスとして認識してますよね? 兄さんのが当たってますよ?」


 もうそれは生理現象と思って! だって色々やわらかいし、いいにおいするし! 真由里が全身でくっ付いてるし! 真由里のだって色々当たってるんだよ!


「ふふふ、当たってます」


 そういうの嬉しそうに言わないで。


 彼女いわく、今日はこのまま俺のベッドで一緒に寝るのだと。俺が寝られる訳がないのだ! 助けてーーー! 首をもがれる方が まだ助かる。これは蛇の生殺しだ! いっそ殺してくれーーーっっっ!


 当然、俺は翌日寝不足の凄まじい顔色で登校してみんなを引かせることになる。それはまた別のお話で……。

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