第20話:本物のリア充

「麻衣ってさ、最近やたら野坂と仲良くない!?」


 休憩時間に教室の前の方で陽キャでリア充のチームがたむろっていた時に、女子の一人が今永麻衣に言った。


 あいつの名前は……覚えていない。「少女A」とでもしておくか。


「陰キャの野坂とつるむとかダッサ。ねぇ?」


 少女Aは隣の少女Bに同意を求めた。


 少女Bは「う、うん」と少し曖昧な同意の返事をした。


 いつもの席に座っていた俺にもその声は聞こえていた。陽キャでリア充のチームの声はいつも大きいのだから。


 俺は分かっていたんだ。陽キャでも結局民主主義なんだ。意見が多い方が正義で、そして声がデカイやつの方が周囲に同意を得られるんだ。


 貞虎とは教室であまり話さないようにしていたけど、今永麻衣は絡んでくるから跳ね除けるわけにもいかず教室内でもよく一緒に話してしまっていた。


 金属において一定以内の力で押し曲げても元に戻ることを弾性変形だんせいへんけいと言うらしい。今永麻衣の変化は軽微なものなので、人間関係の弾性変形だから、元に戻す力が働き始めたのだ。


 俺は静観するようにした。これが俺の処世術。陰キャの取るべき正しい道。


 ここで今永麻衣が口を開いた。


「はぁ? 私は話したい人と話して、遊びたい人と遊ぶけど?」


 少女Aを一刀両断だった。陽キャのチームも一枚岩ではないらしい。


「だけど、麻衣が野坂とか……釣り合ってないじゃん!」


 少女Aは思った反応と違ったらしく、ちょっとたじろいだ。少女Bは空気をいち早く読んで少女Aから少し離れた位置に移動した。


「別に私は誰と釣り合うとか考えてないし。ろくに知りもしないのに他人を貶すとか、そっちの方がカッコ悪くない?」


 そう言うと今永麻衣が立ち上がって真っ直ぐに俺の方に歩いてきた。


 待て、何をする気だ!?


 今永麻衣が俺の席の机に腰かけたと思ったら、こっちを見て、俺の天頂の髪を触りながら言った。


「今日は放課後一緒に商店街行くんだもんね?」


 そんな約束はしていない。でも、俺はこんなに分かりやすい状況で空気が読めない程ダメ人間ではない。


「あぁ」


 短い返事をした。


「昨日は誠に付き合ったから今日は誠のおごりね?」


 何か要求を高めて来やがった。流石 陽キャのリア充。俺だったらそんな発想はそもそもない。


「まっ、麻衣は!  麻衣はっっ!」


 少女Aがそれだけ叫んだら教室を飛び出して行った。何か青春っぽい事件が目の前で起きてるけど、俺は状況が全然分からない。


「よかったのか?」


 目の前の机に座って太ももが結構ヤバいところまで見えているのを断腸の思いで振り払って少し上を見上げ、今永麻衣の顔を見て言った。


「まあ、ゆーみはちょくちょく対抗心燃やして絡んで来るから。基本私の事 大好きなんでしょ」


 凄い自信だ。俺はこんな大仰なことは言えない。でも、不思議と今永麻衣が言うと嫌味に感じないんだ。それは、リア充のオーラなのか、陽キャのオーラなのか……。


 ◇

 放課後、ホントに今永麻衣に連れられて商店街に来た。夕方の時間なのに人通りは少ない。


「ホントに商店街に来てしまった……」


「何? 私と放課後デートとか数多あまたの男子ならスキップして喜んでるわよ?」


「だって、俺なんで連れて来られたのか分かんないから怖いし……」


「全く……」


 今永麻衣が頭を抱えた。


「誠にタピオカ奢らせるために決まってるでしょ!」


 背中を押されて商店街の奥の方に誘導されていく。今永麻衣がタピオカ好きとか聞いたことがないし、奢る話などしていないので結局本意は分からない。


 ◇

 でも、ホントにタピオカドリンクを奢らされた。今永麻衣はオレンジ味を選び、オレはオーソドックスなミルクティーを選んだ。


 店の前のベンチに並んで座って飲む。


「もう流石にタピオカもブームは過ぎたんじゃないか?」


「ブームとか関係ないし。私は好きだから飲んでんの。好きな服を着て、好きなお化粧して、好きな髪型で、好きなアクセ付けんのが私なの」


 お互いベンチに横並びで前を向いているが、今永麻衣が視線だけこっちに向けて答えた。どうしてこいつはひとつひとつの仕草が決まっているのか。そこら辺の普通のヤツなら「コトン」「コトン」とそこかしこで恋に落ちる音が聞こえてくるはずだ。


 その点、俺は全国陰キャ協会の会員だから、その程度で勘違いはしないけれども。


 そうか。今永麻衣はギャルって訳じゃないけど、髪なんか長くしてるし服装も着崩している。


 誰かがやってるからやってる訳じゃなくて、好きだからやってるんだ。


 そして、自分に合うファッションとか髪型とかよく自分で分かっているのだろう。研究も怠らないのかもしれない。いつも決まっている。その、何て言うか……すごく可愛い。


 よく見ると爪もよく手入れがされていてピカピカだ。


「爪とか手入れしてんの?」


「当たり前でしょ? 女子を何だと思ってんの!」


 怒られた。


 自分の好きな事を押し通して、でもそれだけじゃなくて努力して、更に周囲の評価を得てる。カッコイイな。これが本物のリア充か。


 昼間思っていた俺のリア充に対する考えは間違っていた。このリア充はカッコイイ。


「ところで、裏垢の更新はもうよかったのか?」


 俺は脈絡なく唐突に訊いた。


「ああ、あれ。承認欲求満たされまくるからやってたけど、もう不特定多数から注目されなくてもいいかなって。今は誠に注目されるように撮影してるんだけど?」


 確かに彼女はちょくちょく俺に画像を送ってくる。ネットで見ていた時は首から下だけで誰かは分からなかった。それと違い顔付きで画像を送ってくるので破壊力が半端ない。


「今のはドキッとした? ねぇ、ドキッとした?」


 今永麻衣がニマニマ顔でのぞき込んでくる。クラスで人気がある理由も理解できる。この笑顔が単なる友達に向けられたものなら、こいつはとんでもない童貞磁石だ。


 俺みたいな全国ぼっち協会会員ですら惹き付けやがる。


「あと、今日のあの人、大丈夫だった?」


 割と強引に話を逸らしてみた。


「ゆーみのこと? クラスメイトなんだから名前くらい覚えてあげなよ。あの後フォローしといたから大丈夫よん」


「ちなみにどんなフォローを?」


「二人だけで会って、話聞いて、最後抱きしめて終わったよ?」


 どんな対応なんだよ。さすがリア充、ここら辺は真似できる気が全くしない。


「で、何だったの?」


「んー……。そこは女子同士の話だから。可愛いやきもち的なやつよ。可愛いでしょ?」


 リア充も楽じゃない時があるのか。


「好き勝手やってると時々やっかみとかもあるけどね。彼氏取ったとか言いがかり付けられたり」


 男の方が勝手に寄ってきた場合の心配があるのか。それは女子だからか、それとも今永麻衣の容姿が優れているからか。


 少なくとも自分はそんな心配をこれまでにしたことがない。


「そんな時はどうすんの?」


「別に? 何もしないけど? そんなやっかみ私の心までは届かないし」


 つえええ! 本物のリア充は違う。


「今永さんはカッコイイな」


「可愛いじゃなくて!? カッコイイ? そこは可愛いにしとけば?」


 俺の言葉にはご不満らしい。


「誠はリア充になろうと頑張ってるんでしょ?」


 誰から聞いたんだよそれを。


「誠が考えるリア充ってどんな人?」


 今永麻衣が薄笑いを浮かべている。もう笑う準備はできているらしい。俺の浅はかなイメージを聞いて笑ってぶち壊す作戦だろう。そう言った意味では、俺は自分のイメージを話してブラッシュアップしておきたい。


 今日だけでも「ダメリア充」を想像して幻滅するところだった。今永麻衣の話を聞いて「本物リア充」はカッコイイと思い直したところだし。


「洋楽が好きでフェスとか行くかな」


「ぷ。コテコテね」


「カラオケとかが上手い。スポーツ万能で、ろくに勉強してないのに成績は割といい」


「すごいじゃん!」


「当然イケメン」


「イケメンかぁ、イケメンだったら大体許せちゃうからなぁ……」


「あと、今永さんみたいなリア充の彼女がいる」


「え? 私?」


「イケメンの彼女は可愛い」


「ほおほお。誠 そのイケメン目指しなよ!」


 今永麻衣が肩を揺さぶってお勧めしてくる。ちょっと肩とか触られると意識してしまうんだけど……。


「でもさぁ……そのイケメンどこのどいつ? てか、私そいつあんま好きになれないかも」


 ついさっき俺に目指せって言ったくせに!


「それよかさ、この間のバスケカッコよかったよ。他は? バスケ以外に練習してないの?」


「走り込みとか」


「じゃあ、足に自信があるんだ!」


 別に自信があるほどではないけど……。


「じゃあ、そこの神社まで競争ーーー!」


 今永麻衣は既に飲み終わったタピオカドリンクの空容器をポンとすぐ横のごみ箱に捨てて一人スタートを切った。


「あ! こら! ズルいぞ!」


 俺はあと少し残していたので、急いで飲んで彼女を追いかける。


 商店街の中央にある神社に先に着いたのは今永麻衣だった。制服姿のスカートだし、ローファーなのに結構本気で走ったらしく、額にうっすら汗がにじんでいた。


「誠 っそ!」


 フライングだし! 男女差もあるし、追いつけると思ったのに、リア充は基本性能が高くて困る。完敗だった。しかも、俺はまだタピオカドリンクの空容器を持ってるし!


「短距離は苦手なんだよ。俺がやってんのはジョギングだから長距離なんだよ」


「じゃあ、今度の持久走の時 活躍できるね」


 そう言えば、もうすぐ学校行事の持久走がある。


「期待してるね」


 今永麻衣がウインクして言ったその様が実に決まっていた。


 そこかしこで「コトン」「コトン」と恋に落ちた音が聞こえる。その中に俺の音はなかったはずだ。そう信じたい。


「あー、うん」


「誠はさ、変なリア充を目指すんじゃなくて、誠の延長上にあるリア充を目指した方がいいんじゃない?」


 すまん、よく分からない。


 俺も自分で言ってて、その謎のリア充が今永麻衣を掻っ攫っていくのを想像してモヤモヤしてしまった。


 ここんとこ俺の周りが色々変わって。俺の生活も変わってきた。その変化は俺の心の金属で言えば弾性変形の域を出て、もう元には戻らない塑性変形そせいへんけいの域まで変化しているようだった。

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