第4話
猫を撫でながら本の続きを読んでいると、時間はあっという間に過ぎ去った。名残惜しいけどお別れの時間だ。
「じゃあね、猫ちゃん。また今度」
挨拶代わりに顔を撫でると、きゅっと目を細める。ベンチにどっかりと座った猫に手を振って、私は校舎を後にした……のだが。
学校を出てすぐのバス停でバスを待っていると、いつも使っている定期入れがない事に気が付いた。鞄の奥底をあさってもまったく見付からない。朝は普通に使ってたし……もしかしてどこかに落とした? 可能性があるとすればさっきベンチで本を取り出した時だろうか。うん、心当たりはある。幸い、バスが来るまでまだ時間に余裕がある。私は校舎裏に向かって走り出した。
*
茶色く色褪せたベンチの上には、さっき別れた黒ぶち猫が体を丸めて座っていた。その下に落ちてる見慣れた赤い定期入れを見つけてほっと胸を撫で下ろす。
もしかして猫ちゃんが見つけて取っててくれてたのかなぁなんてお花畑な事を考えてホクホクしていると、目の前で衝撃的な出来事が起こった。
ベンチで丸くなっていた猫。その猫が突然もくもくと煙に包まれたと思ったら、あっという間に人間の姿になったのだ。
「っ!?」
私の目と口はこれでもかと言うほどに開いて戻らなくなった。開いた口が塞がらないとはまさにこの事である。えっ、えっ、何今の。見間違いだよね? だって猫が、さっきまで一緒に居た猫が突然人間になるだなんてそんな……いやいや絶対有り得ない! 数メートル先の黒髪が揺れ、つりあがった鋭い目と運悪く視線が交わった。彼の目が大きく見開くのがスローモーションのように見える。私は息を呑んだ。
「……やべ」
ちょっと前まで猫だったものが小さく呟いた。変身シーンを見られていた事に気付いたのか、焦っているようだ。
私はカラカラの口で絞り出すように声を出した。
「……た、たまき……くん?」
名前を呼ぶとびくりと彼の肩が上がる。そう。猫から人間に変身したその姿は、隣の席の環くんと瓜二つの容姿をしていた。いやいやいやいやどう言う事!? ありえないんですけど!!
「あー……帰ったと思って完全に油断してたわ」
ばつが悪そうに右手で後頭部を掻くと、いつも通り何も変わらない様子で環くんらしき人は話し出す。
「悪いけど、今見た事は誰にも言わないでほしい」
「い、い、い、今の? ていうか今のは一体……?」
頭がパンク寸前の私はとりあえず説明を求めた。いや、だって、ありえない。ていうかその前にこの環くんって……
「ほ、本物?」
思ったことが口から出ていた。環くんらしき人は呆れたような口調で言った。
「俺は本物の環
た、確かに合っている。ってことは彼は本物の環くんなんだろう。たぶん。
「とりあえず座れば?」
動揺している私とは反対に環くんは冷静だ。環くんの隣に座るよう促されたので、私は大人しく従う。
「見られたから言うけどさ。俺、猫に変身出来るんだよね」
「は?」
環くんがとんでもない事を言い始めた。しかしその顔は真剣で、ふざけている訳ではなさそうだ。
「俺の一族、昔妖怪の退治屋みたいなことしてたらしくて。その退治中に色々あって、猫又に呪いかけられたみたいなんだよね」
「猫又に……呪い?」
「そう。水をかぶると猫になるっていう呪い」
私の頭の中には、水をかぶると女になっちゃうという有名な漫画の、チャイナ服を着た主人公の顔が浮かんでいた。一種の現実逃避である。
「乾いたら元の人間の姿に戻るんだけどな。厄介この上ない体質だよ。家族みんなそうだし」
環くんは悩ましげに溜息をつく。
なるほど。あの猫がいつもびしょ濡れだったのはそういう理由だったのか。……え、でもちょっと待って。今の話が本当なら、この二ヶ月間一緒にこの廃れたベンチで過ごしてきた黒ぶち猫ちゃんは環くんだったって事?
ええええ!? いや、確かに黒ぶち猫ちゃんは環くんに似てるなぁとは思ってたよ!? 思ってたけど、でも違うじゃん! まさか同一人物だとは思わないじゃん!! ん? こういう場合人じゃないから同一にゃん物とか言った方がいいのかな? だめだ。パニックで頭が回らない。
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