蜜柑侍

でぴょん

蜜柑侍

 日本のとあるみかん農園の話です。そこでみかんは程よい太陽の光を浴びて、穏やかに緩やかに過ごしていました。時には冷たい風も吹くことありましたが、みかん達は凍えそうになりながらも、身を引き絞りぎゅっと耐えて、何とか冷たい風を乗り越えました。そして大きく逞しいみかんへと成長しました。いつもだったら、そのまま人間達に収穫されて美味しく食べられるはずなのに、何かみかん農園がざわざわと不気味な雰囲気が漂っています。

 これから何が起こるのでしょう?


 雨上がりのある日。農園でこそこそと声が聞こえます。

「おはよう諸君。さて点呼を取るぞ。いないものは返事!」

 農園の中で、一際大きなみかんが声を張り上げました。

「はーい! 南東に三つ上の方にいた三百八十七さんがいませーん」

 おちゃらけた声で緑のみかんが返事をしました。

「何! もしや……また、落ちたのか」

「そこにいないということは落ちたとしか考えられ無いじゃないですか!」

 緑のみかんがケタケタと笑います。

「仕方あるまい……落ちたみかんも缶詰かジュースにされるはずだ。無駄になることはあるまい。それよりも三百四十二番! なぜそこまで笑う!」

 大きなみかんは怒りました。

「だって、結局は我々は食物じゃないですが。最後は人間に食べられるか、臭いゴミと一緒に火で焼却されるだけ。それが何を今さら、落ちたくらいでゴタゴタ言う必要があるのか」

「それはだな……」

「困るのは人間だけ」

 緑のみかんは大きなみかんの言葉を遮ります。大きなみかんは、何か言い返してやろうと考えを巡らせましたが、うまく言葉が出てきません。緑のみかんはその様子を見て、またケタケタと笑い始めます。

「ふむ……」

 どこからか声が聞こえました。人間ではありません。なぜなら人間の声はみかんに聞こえないし、みかんの声も人間には聞こえないからです。

「緑の……貴殿のいうこと一理あり。ただし不思議と、我は答えを得ず」

 声の主は落ちたみかんでした。

「我ら、すなわちみかんなり。されども天が我らみかんに自我を与えしこと、甚だ疑を生ず。何故、我らは言を発す。何故、我らは思考す。答え未だ見えず」

 緑のみかんと大きなみかんは何も言うことが出来ません。気圧されたのもありますが、それ以上に落ちたみかんが何を言っているのか分からないのです。

 それでも大きなみかんは自分をリーダーだと思っているので何かしら声を発します。

「あー……三百八十七か?」

「さよう。されど我に名は不要。木から落ちしみかんは、もはやみかんであらず」

 大きなみかんは困りました。みかんにはそもそも名前はありません。振り分けるために大きなみかんが勝手に番号を付けて呼んでいるだけです。

「おいおい、リーダーさんよ。もういいだろ。ほっとけよ」

 緑のみかんが喋ります。

「だがな……」

「アイツは木から落ちておかしくなってしまったのさ。それに……なんだ。自分をもうみかんじゃないとか何とか言っているんだったら、もう俺らとは関係ない」

 大きなみかんは黙ってしまいました。

 確かに緑のみかんの言う通り、あの落ちたみかんは他のみかんには無い異様な雰囲気があります。

 このまま無視を決め込んだ方が良さそうだ。と大きなみかんも思い始めました。

「そうだな。悪いが落ちた三百八十七のみかんよ。我々にはまだ話すことがあるので、これっきりだ。何心配することはない。もうすぐで人間がやってきて拾ってくれるはずだ」

 結局、大きなみかんは緑のみかんの意見を採用しました。確かに落ちたみかんは後は回収されるだけという思いもありましたが、他のみかんと違うものに畏怖する感情を抱いたのが、最も大きい理由です。

「さて、今日の議題だが昨日と同じ『寒さをどう防ぐか』の続きにする予定だが、異論はあるか?」

「我、みかんでは無し。となれば、別なる生し者」

 大きなみかんが他のみかんに話しかける中、落ちたみかんはまだぶつぶつと独り言。喋っています。

「あー……異論がないようなので、会議を始めようと思う」

「みかんで非ずんば、みかん同士の意見は言えず。かといって人間でもなければ、他の動物でも無し。一体我は何のもの。認識、認知は天が与えしもの。何故我に。天は我に何を望む」

「おい、そのみかんじゃねぇ奴! うるせぇぞ!」

 落ちたみかんが念仏のように止まらずに喋っているため、やんちゃな緑のみかんがたまらず大声を出しました。

 大きなみかんが「よせ」と止めましたが、緑のみかんはカンカンになって枝を揺らしています。

「お前も落ちるぞ」

 大きなみかんは諌めました。

「アイツの声、耳障りなんだよ!」

 怒りの勢いは増していき、さらに緑のみかんの枝を揺らしていきます。

「緑の……貴殿が落ちればどうなる。種もなく、落ちればみかんではなくなり売り物にもならず。ならば貴殿の自我は消えるか。それとも無の境地に至るのか」

「うるせえ!」

 緑のみかんが吊るされている枝はあたかも強風が吹いているように大きく揺れて、ついには。

「あ」

 枝から離れ、緑のみかんは土に落ちました。


 その後、人間がやって来ました。

 軍手で一つずつ、木から落ちたみかんを拾っていき網かごの中に入れられていきます。そして、緑のみかんの横にあるみかんも同様に網かごに入れられました。緑のみかんには優しく半紙に包んで網かごに入れられました。

 これから二つの果実は別々の道を辿ることになるでしょう。

 どちらが幸福なのか私達には判断することはできません。


 了

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