第20話 海水浴①

 トンネルを抜けると、そこには『 』があった。


「海です!」


 そう、海だ。

 電車の窓の外に流れていく木々の奥、遠くに見えたのは青い水平線だった。

 ひとけが少ない車両の中。

 興奮気味の和音ちゃんが、座っている席の上で跳ねた。


「おお。見えてきたなぁ」

「見えてきました!」


 珍しくこちらの言葉に振り向きもせず、外の景色に貼りついている和音ちゃん。

 ガラス窓に顔をつけてムニムニ。

 あとで拭くことを考えつつも、嬉しそうな和音ちゃんを見るのは楽しい。俺は和音ちゃんの横に顔を揃えて、窓の外の海を眺めた。


「和音ちゃんは海に行ったことがあるんだよね?」

「ありますよ!」

「じゃあ知ってるね。小さく見えるあの海が、目の前にいくと本当にでっかいんだ」

「見わたすかぎりでした!」

「一面の海。一面の海。一面の海。一面の海。……海についたらなにする?」

「……おぼれる?」


 和音ちゃんが首を傾げながら言う。

 なぜ溺れる!? 俺はツッコんだ。


「溺れちゃうの和音ちゃん!?」

「お姉ちゃんがおぼれます」

「高嶺さんなの!?」


 俺は返答に困り、高嶺さんの方をみた。

 そしたら高嶺さんは落ち着いた顔でクスリ笑った。


「いやだ、わーちゃん。お兄ちゃんが誤解しちゃったじゃない」

「またおぼれてねお姉ちゃん、わーちゃんが助けますので!」

「もー、わーちゃん!」


 笑いながら俺の顔を見る高嶺さん。


「私が浅瀬であっぷあっぷしてね、わーちゃんが助けにくるっていう遊びをしてたの」

「あ、そうなんだ?」

「わーちゃんね、水の中で目は開けられなかったけど、泳ぎは上手いんだよ?」

「へええええ」


 俺が感心した眼差しで和音ちゃんを見ると、窓の外を見ていた和音ちゃんがこちらを見て、えっへん。胸を張っている。


「お姉ちゃんは泳げないからおぼれる人です!」


 え? 泳げない……?

 俺は高嶺さんの方を見た。そこには恥ずかしそうに俯く高嶺さんが居た。

 思わず凝視してしまう。


「……そんなに見ないでください恥ずかしい」

「高嶺さん、あんなの運動できるのに?」

「泳ぎだけは駄目なんです。別に水が怖いわけでもないのに、浮けないんです」


 綺麗な高嶺さんが恥ずかしそうにしていると、堪らなく可愛い。

 そういえばウチの高校は体育の授業でプールがない。高嶺さんが泳げないことを知ってる人は少なそうだ。


「意外だなぁ」

「ううう」


 俯く高嶺さんの頭の上に和音ちゃんがポンと手を置く。


「大丈夫! わーちゃんが助けますから!」

「和音ちゃん、そんな泳げるのか」

「トビウオできます」

「へー? そうなんだ?」


 よくわからない。なんだトビウオって。


「飛び込みのことですよ天堂くん」

「あ、飛び込みね。なるほど」


 思ったより本格的だった。目の問題はゴーグルを付けてれば平気なのかな、なるほど。

 それにしても高嶺さんが泳げないとは。俺は一案思いついて、言葉にする。


「じゃあ、俺が高嶺さんに教えようか? そんな特別に上手いってほどではないけど、一応一通りは泳げるから」

「いいんですか……?」

「もちろん」


 俺は意地悪に笑い。


「よーし、楽しみが一つ増えたな。たっぷりしごくかー!」

「しごくー!」


 追従してきた和音ちゃんと一緒にヒッヒッヒと笑う。


「もう! 天堂くん!? わーちゃん!?」

「ひーっひっひ」「ひーっひっひ」


 と二人で笑っていたら、なぜか高嶺さんがクスクス笑いだす。

 どうしたの? と聞いたら、こう返ってきた。


「天堂くん、意地悪な顔をするときの仕草が時子さんみたい」


 あ、なんだろう。ちょっとショック。

 俺はシュンとした。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 電車は進む。

 俺がシュンとしてると、高嶺さんは軽く笑って俺の方にチョコを差し出してきた。


「もう、そんな顔しないの! 時子さんに失礼ですよ!」

「わーちゃんもチョコー」

「はいはい、食べ過ぎないようにね?」


 俺もチョコを摘まませてもらう。うう、美味しい。

 心を立て直した俺は、和音ちゃんが歌い出したチョコの歌(作詞作曲、たぶん和音ちゃんだ)を小声で唄う。

 そうして俺たちは、次第近づいてくる海を見ながら話題に花を咲かせたのだった。


 ◇◆◇◆


 駅に着き送迎のミニバスに乗り込むと、そこはもう目的の旅館だった。

 木造の、ひなびた旅館だった。

 築何十年なのだろう、黒ずんだ木板の外観が歴史を感じさせてくれる。


 それでも中に入れば玄関帳場からすでにひんやり、空調が整っていた。

 それはそうだ。民宿じゃあるまいし、今どき旅館を謳っているのにクーラーがないとか、やっていけるはずがない。


 俺たちは仲居さんに海までの道を聞いたあと、部屋に入り着替えを始めた。

 部屋は一室なので、置いてあった仕切り用の折り畳み衝立を使い男女分かれて着替える。


「海たのしみですねーカズオミお兄ちゃん」

「そうだねぇ、楽しみだ。俺も海なんて何年振りだろうなぁ」


 仕切りを隔てて着替えながら、俺たちは話をしている。

 ガサガサ、ゴソゴソ。しゅるり。

 衣擦れの音が仕切りの向こうから聞こえてきた。

 そうか、今高嶺さんがあちら側で服を脱いでいるのか……!


「わーちゃんは水てっぽーをもってきました」

「へ、へえぇ? いいね水鉄砲」

「じごくであいましょう」


 どこで覚えるんだろう、そういう言葉。


「カズオミお兄ちゃん、みてみてー?」

「ん?」


 俺は思わず仕切りの方を見た。折り畳み衝立が、ごくごく自然に開かれる。


「パンツ!」

「え?」


 そこにあったのは、あちらを向いて着替えをしている途中の高嶺さんの後ろ姿だった。

 淡いグリーンのパンツとブラ。着用しているのはそれだけで、今まさに高嶺さんはそのパンツにまで手を掛けようとしていた。


「ちょっ!? ダメ! 高嶺さん!」

「ん?」


 振り向いた高嶺さんと、目が合う。一瞬だけ時が止まった。

 高嶺さんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「ななな、なんでっ!? あ!? わーちゃんっ!」

「カズオミお兄ちゃんはエッチがお好きとのことなので!」

「ダメでしょ悪戯しちゃあ!」

「でも、保育園のえみちゃんがー」

「えみちゃんじゃありませんっ!}


 慌てた高嶺さんが折り畳み衝立を広げ直す。「とのがたはみんなエッチがお好きだってー」不満そうな和音ちゃん。

 慌てた激しい動きのせいで、ブラに包まれたおっぱいが「たゆん」と激しく上下してた。

 高嶺さんは着痩せするタイプという情報が俺の中に刻まれる。


 ありがとうエミちゃん、眼福でした。


 そして着替えが終わり――俺たちは今、砂浜に居る。

 人は多すぎない程度に多い。

 そこかしこに立ち並ぶ大きなパラソル、ビニールシート。


 空いてる場所を探した俺は、そこの砂浜にレンタルしてきた特大パラソルを刺した。

 その下にビニールシートを広げて荷物を入れた鞄を置けば、完成。


「さあ、ここが俺たちの拠点だよ」


 和音ちゃんが「きょてん、きょてんー」とハシャいだ。もしかしたら意味がわかっていない可能性もある。ちょっと難しい言葉だったかと反省。

 高嶺さんは水着の上から着たパーカーの前を抑えて、なんだかさっきから恥ずかしがっているようだった。


 俺のせいかな? うんさっきの俺のせいなんだろうなぁ。

 俺は高嶺さんに頭を下げた。


「いや、うんごめんなさい。さっきは……見ちゃって」


 そう言うと、高嶺さんは「え?」と俺の顔を見た。そして、


「違う! 違うの! それはもういいの、ごめんなさい!」


 かぶりを振った。

 あれ違うのか。じゃあなんで恥ずかしがってるのだろうか。

 俺がそう思って彼女の言葉を待っていると、高嶺さんはそっとパーカーの前を開けた。


「に、似合う……かな?」


 パーカーの下に高嶺さんが着ていたのは、水色を基調にしたデザインのビキニだった。

 恥ずかしそうな顔で、俺だけに見せてくる。

 パーカーの下とはいえ、肌の露出が恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にしている高嶺さん。

 俺は思わずツバを飲み込んだ。


「す、すごくいい……と思うよ? うん」


 いま、こっそり見せてくれているこの光景は、いわば俺専用の光景だ。

 誰も見れない高嶺さんの白い肌。

 白磁のような艶めかしい肌が、胸の谷間からおへその方まで見えている。


「どうしたの? その水着。このあいだのとは違うよね」

「時子さんがね……、これを着ろ、って渡してくれて」


 ナイスだ時子さん!

 俺は初めて時子さんを賞賛したい気持ちになったかもしれない。

 感謝の気持ち無限大、今ならケーキを奢ってもいい!


 俺がパーカーの中を、じぃっと見続けていると、高嶺さんは困った顔で俺の方を見た。


「えっと、その、……天堂くん? 恥ずかしいから、もういいかな?」

「あ! うん! ありがとう!」

「ありがとう?」


 おっと思わずお礼が。でもお礼なんて変だよな、見ろ高嶺さんも困惑している。


「ごめ、なんでもない」


 俺が頭を掻きながらテレ笑いすると、高嶺さんもテレたように笑った。

 そしてパーカーの前を閉じる。


「あれ? わーちゃんは?」

「おや?」


 和音ちゃんがいない。どこにいったんだ? 俺たちが周囲をキョロキョロ見回していると、


「カズオミお兄ちゃーん! おねーちゃーん! はやくはやくー!」


 海に向かって走っていたらしい和音ちゃんが、俺たちに向かって手を振っていた。

 俺たちは顔を合わせる。そして同時にうなづいた。


「俺たちもいこっか、高嶺さん」

「そうですね、いきましょうか」


 ――海編! 続く!



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