第12話 お誕生会①


「わーちゃんはピンクのお花が好きです!」


 俺の横に座りこんだ和音ちゃんが、ピンクの紙でお花を作っている。

 ここは俺の部屋のリビング、和音ちゃんのお誕生日会場。ただし準備中。


 和音ちゃんには内緒で進めようと思っていたのに、あっという間にバレてしまったので、いま和音ちゃんは自分で自分のお祝い会場作りを手伝っている。


「それじゃピンクのお花作りは和音ちゃんに任せていい?」

「はい! まかされました!」


 作ったお花をペタリ、壁に貼っていく和音ちゃん。

 俺の部屋の壁には今、色とりどりの花が咲いていた。


「できた!」


 と声を上げたのは高嶺さん。

 高嶺さんは垂れ幕を作っていた。「わーちゃんお誕生日おめでとう」


「天堂くん、ちょっと手伝って貰えませんか? この垂れ幕を壁に掛けたいの」

「オッケーちょっと待ってて」


 俺は花作りの作業をいったん止め、高嶺さんの元に赴いた。

 垂れ幕を手渡され、壁に掛けようと思ったのだが――。


「もうちょっと上に掛けたいなぁ」


 と高嶺さんが言う。


「これくらい?」

「もうちょっと上」

「うーん、これでは?」

「もーう少し、上げられませんか」


 ちょっと無理だった。

 俺の背が低いわけじゃあない、天井付近まではさすがに届かないというだけの話だ。


「じゃあ天堂くん。私が掛けるから、私の身体を持ち上げて貰えませんか?」

「う、うん。わかったよ」


 垂れ幕を返すと高嶺さんは壁の方を向いた。

 俺に背中を見せながら、邪気なく言う。


「ごめんね、お願いして貰っていい?」

「えっと、ああ。それじゃ失礼して……」


 俺は身を屈めて高嶺さんの腰まわりを持とうとした。

 近づくと、ふわり。石鹸の匂いがする。


 高嶺さんの今日の服装は、春寄りのロングスカートだった。薄手なので、手を回したときに彼女の身体の柔らかさが深く伝わってくる。

 抱え込むと、俺の胸の辺りに高嶺さんのお尻の感触。ふよっとした柔らかさに、思わず神経を集中させてしまった。


「ごめんねー天堂くん、すぐ掛けますから」

「ごごご、ごゆっくり?」

「うーん、もうちょっと。これを……ここに……、こうして」


 お尻ふよふよ。

 それしか考えられなくなった俺を誰が責められよう、こちらは男子高校生なのだ。


「よしできた。ありがとう、それじゃあ逆側もいきますね」

「お、おう……!」


 ふよふよを堪能しながら垂れ幕掛けを手伝い終えた俺は、ちょっと休憩する。熱い。


「大丈夫? 顔真っ赤ですよ天堂くん」

「あ、ああ。大丈夫ちょっと元気なだけ」

「――? そう? ならいいんですけど」


 自分の首筋を手で仰ぎながら、俺は高嶺さんから目を逸らした。


「ちょっと下でジュースでも買ってくるよ、なにかある?」

「私は大丈夫です、いってらっしゃい」

「カズオミお兄ちゃんお外いくの? わーちゃんもいくー」


 奥で黙々と花を作っていた和音ちゃんが近づいてくる。


「お兄ちゃんは買い物だから。わーちゃんは私と一緒にお花作りましょ?」

「やー。かずおみお兄ちゃんといっしょー」

「もう、聞き分けがないんだから」


 高嶺さんの膨れ顔を目で愛でながら、俺は笑ってみせた。


「いいよ高嶺さん、近いし俺が面倒見る。いこうか和音ちゃん」

「いきましょう!」


 和音ちゃんがピョンと跳ねて玄関に向かった。俺も後を追う。


「ごめんね、わーちゃんが言うこと聞かなくて」

「へーきへーき、すぐそこだし。それじゃ行ってきます」


 和音ちゃんと手を繋いで、マンションを出る。


「おっかいものー、おっかいものー♪」


 と機嫌よく歌っている和音ちゃんに申し訳ないくらい近くに、目的の店はあった。

 スーパーすみよし。地方チェーン展開の安売りスーパーだ。

 歩いて二分、普段の買い物はだいたいここ。使って困ることのない安心の店。


 店内に入って缶のコーヒーを手に取る。

 俺は和音ちゃんに訊ねた。


「和音ちゃんはなにか飲みたいのある?」

「いいんですか!?」

「うん、好きに選んで」

「えーっとっ!」


 目を輝かせて、ぐるーり、と大型冷蔵庫の中を眺める和音ちゃん。しかし。


「やっぱりいいです、いりませんありがとうございます!」

「へ?」


 俺は和音ちゃんを見る。オカシイな、てっきり喜んで貰えると思ったのに。


「じゃあ、なにかお菓子でも買ってくか。選びにいこっか和音ちゃん」

「お菓子ですか!?」

「うん、好きに選んで」

「えーっとっ!」


 お菓子のコーナーへタタタタタ。小走りで向かっていったわおんちゃんの足が、途中で止まる。そしてこちらへとタタタタタ、なにも手に取らず戻ってきた。


「やっぱりいいです! いりませんありがとうございます!」

「……遠慮してる? 和音ちゃん」


 俺は不思議そうな顔をしていたに違いない。


「別にお姉ちゃんも怒らないと思うよ?」


 そこを懸念しているのかと思い、フォローをする。

 変に遠慮されるのも寂しいしね。だけど。


「おきになさらずください!」


 といって首を振るだけだ。仕方なく俺は、自分の缶コーヒーだけ買って和音ちゃんと店を出る。


「おっかいものー、おっかいものー♪ おーしまーい♪」


 お買い物の歌二番(たぶん作詞作曲、和音ちゃんだ)を歌いながらの帰宅。

 マンションのエレベーターを降りて五階へ。

 鍵を開けて中に入ると、俺の部屋の隅で高嶺さんが横になっていた。


「……寝ちゃってる」

「お姉ちゃん、おねむ?」

「うん。少し起こさないでおこうか」


 俺は薄手の毛布を持ってきて高嶺さんに掛けた。

 最近、慣れないバイトをよく頑張っている。疲れが溜まってたのだろう。

 高嶺さんにはこのあと料理を作って貰わないといけないので起きて貰うことになるが、今はちょっと寝かせておいてあげたく思う。


「じゃ、俺たちはあっちでお花作りの続きを――、和音ちゃん?」


 和音ちゃんがしゃがみ込んで、じーっと、高嶺さんの寝顔を見ていた。

 すぅすぅと寝息を立てる彼女の顔を見る和音ちゃんが、なんとなく嬉しそうだったので。


 ――俺もまたしゃがんで、高嶺さんの寝顔をじっと見た。


「お姉ちゃん、さいきんずっとたのしそう」

「ん?」

「カズオミお兄ちゃんのおかげー」


 和音ちゃんは俺の顔を見て笑った。俺はドキッとしてしまう。


「そんなことないよ」

「あるー。カズオミお兄ちゃんはすごい」


 そういうと、和音ちゃんは嬉しそうに立ち上がる。


「お花つくろー、カズオミお兄ちゃん!」

「そうだね!」


 俺たちが再び花をつくりはじめて、どれくらい経ったろうか。

 玄関の呼び鈴が鳴った。


 ピンポピンポピンポピンポ、ピンポーン!


 連打されている。ウチの玄関でこんなことをする人は一人しかいない。


「待って待って待って! すぐ出るから!」


 俺は急いで玄関に走り、ドアを開ける。


「よっ、和臣。ケーキを持ってきてやったぞ、ホールだ喜べ」

「やっぱり時子さん……! いつも言ってるでしょう、連打は止めてって」

「急かしたいんだよ。外で待つのイヤじゃん」

「そんなに変わらないから!」


 時子さんに、バースデイケーキを頼んでおいたのだった。

 まさか届けてくれるとまでは思ってなかった。ていうか『トレジュアボックス』の方はどうしてるんだ?


「ん? 今日は臨時休業」

「はぁっ!? だめだよそんないい加減な! お客さん怒って減っちゃうよ!?」

「大丈夫大丈夫、『和音ちゃん誕生日により』って張り紙しておいたから。みな納得してくれるさ」

「雑! やることが雑!」

「ダイナミックと言って欲しいな」

「ああもう……!」


 半目でニンマリ笑う時子さん。ああもう、自由と雑を取り違えているんだこの人は。


「知りませんからね!?」

「ウェイウェーイ」


 時子さんを連れて、俺はパーティー会場であるリビングへ。

 和音ちゃんが時子さんを出迎えた。


「トキコお姉さん、こんにちは!」

「おーこんにちは。ってなんで会場準備に和音ちゃんが居るんだい? ダメだろおい和臣」

「バレちゃったんですよ。和音ちゃん、カシコイから」

「あーな? 確かに和音ちゃんに隠そうって方が難しいかぁ」


 時子さんはしゃがむと、和音ちゃんの頭をかいぐりかいぐりした。


「賢い女の子はなー、行き遅れるぞー? ほどほどになー?」

「なに吹き込んでるんですか!」

「いやなに、金言をな?」

「そんな金言ありませんて!」

「騒ぐなよ少年、ほら、お姫さまが起きてしまった」


 時子さんが指し示した先で、高嶺さんがむっくりと上半身を起こした。

 しまった、起こしてしまったか。俺が反省して口をつぐむと、そのさまを見た時子さんは勝ち誇った顔をした。

 ああもう、時子さんに俺が口先で勝てるはずないんだよなぁ。


「私、寝ちゃってた……?」

「うん、少しだけね。起こしちゃってごめん」

「やだもうこんな時間!? 急いでお料理つくりますね」


 起き上がってバタバタし始める高嶺さん。キッチンに行って、エプロンを着けだす。


「あたしも手伝うよ瑞希、まずは玉ねぎでもミジンにすりゃいいかい?」

「時子さん? こんにちは。あら?『トレジュアボックス』の方は?」

「臨時休業さね。大丈夫、店には『和音ちゃんの誕生日により』って張り紙を――」

「はいはい、わかったから時子さん! 手を動かして!」


 不毛な繰り返しになる予感がして、俺は時子さんを止めた。


 二人が料理を始め、俺と和音ちゃんは会場の飾りつけを再開する。

 こうして二時間が経った頃。


 ――和音ちゃんのお誕生日会が始まったのだった。

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