音ゲーマーは、僕に好きだと吐かせたい

スミンズ

音ゲーマーは、僕に好きだと吐かせたい

 「あの、宮古くん。クラスではなかなか言えなかったんだけど……。好きです。付き合ってください」


 高校の帰り道、地下鉄の乗り換えで駅を歩いていると、偶然同じ2年6組の浜川海南はまかわ うみなにあった。人気の高い女子であり、まあ、僕からみてもかなりかわいいと思う。僕は駅の隅っこで立ち止まり、少しだけ目線の下にある彼女の顔をみる。必死な顔だった。ああ、これは冗談ではないんだなと恋愛素人の僕でもわかった。


 だが、僕は……。きっと彼女にとって残酷なことを口にした。


 「ごめん。付き合えない」


 そう言うと彼女の顔はみるみるうちに白くなっていった。燃え尽きたような顔だ。僕は罪悪感を感じる。それと共に、なぜ、なぜ君は僕を好きになったんだと、浜川さんを責め立てたくなった。


 「も、もしかしてもう誰かと付き合ってるの?それとも、他に好きな人が……」


「いや。いないよ」


 「じゃあ、なんで」


 少し瞳を潤ませて言う。僕はだから、正直に言った。


 「一人が好きだから」


 そう言うとはまかわさんは唇をかんだ。そして、吐き出すように言った。


 「そうなんだ。わかったよ。そうやって死ぬまで腐ってればいいよ」


 すると彼女は早足で人の群れに消えていった。僕はそれをしばらくみていた。ああ、なんで僕はこうなんだろうか。僕は腕時計を見る。まだ夕御飯まで時間がある。一度頭をリフレッシュしないといけない。そう思って、一人が好きな理由でもある、ゲームセンターへ歩を進めた。


 ……そうさ、彼女なんて出来たら、音ゲーで遊ぶ時間も無くなってしまうじゃないか。それは、僕にとっては辛いことなんだ。他の人からみたら下らないだろうし、とてつもなく幼稚な理由なんだろうけど。生き甲斐なんて、みんな違うものだ。


 途中の乗換駅ではあるが、改札を抜ける。3本ほど建ってる駅ビルのひとつに、この近辺では最大級のゲームセンターがある。もはや目を瞑ってもたどり着けるような道のりを無意識に歩き、そのゲームセンターに入るとリュックに入っていた100円玉で満たされたガマ口の財布を取り出して制服のポッケに突っ込んだ。そして、いつもよくプレイしている音ゲーの前に立った。10台程あるが、今日は2台ほどしか埋まっていなかった。スマホをかざしてデータを読み込ませる。それから100円玉を投入し、まだMASTERでフルコン出来ていない曲から適当に選んでスタートボタンを押した。


 だが、開始10秒ほどで凡ミスをする。すると集中力がガックリと落ちた。ミスを繰り返す。音ゲーはやはり難しいな。そんなことを思いながら苦笑いした。すると、曲の終了間際、後ろから突然「下手くそ」と言う、女性のややドスの利いた声がした。clear、という文字が画面に浮かんだ途端、僕は後ろを振り向いた。そこには、何故か浜川さんがいた。


 「面白い?人を振った後にやる音ゲーは?」


 かなり尖ったような口調で言う。まあ、しょうがないと僕は呑み込んだ。告白を振って秒でゲーセンにいるなんて、きっと親でもしかめっ面をするに違いない。


 「……なんで浜川さんはここに?」


 「傷ついた恋心を癒すために。と思ったら先に宮古くんが来てるんだもの。ねえ、宮古くん。ちょっと貸してよ」そう言うと浜川さんは半ば強引に僕の台を横取りした。そして、さっき僕がやっていた曲をMASTERで開始する。すると、まるで正確な機械のように、落ちてくるタイルをタップしていく。


 無駄がない。いや、それでいて少し余裕のある遊びをいれている。上手い。今まで他所からみていたどのプレイヤーよりも上手い。僕は思わず見とれる。すると、曲が終了した。フルコンボの文字が出た。思わず、浜川さんの顔を見る。少し得意そうな顔をしていた。


 「え、まじでどうなんてるの?」僕は思わず言う。


 「うん、まあ。今度の大会に出ようかなって思ってるくらいにはやり込んでるんだよ。いつもは最寄り駅のゲーセンにいってるんだけどさ。今日はこっちにもあったなあなんて思って寄ってみたの」


 「そうなんだ」僕も音ゲーはやり込んでいて上手いという自負があった。だが、そんな自負を彼女はぐちゃっと破壊した。まるでさっきの出来事に仕返しされた気分だった。


 「それで、実際のところ、一人が好きっていうのはこうやってゲームがしたいからってことなんじゃないの」


 リザルト画面が表示された。Sランククリアだ。


 「そうだけど、そうだとしたら情けないなあ。こんな下手くそだと」


 「まあ、上手い下手なんて関係ないとは思うけどね」そう言うとちょうどリザルト画面が、セレクト画面に切り替わった。「もう一曲やらせてくれない?」彼女はそう言うと100円玉を僕に手渡してきた。


 「別に良いよ。そんな」


 「さっき悪口言ってしまってから偉そうだけど、そう言うところをしっかり出来ないとプロゲーマーにはなれないんだよ」浜川さんは真面目なトーンで言った。


 「プロゲーマー」思わず反唱する。だが、浜川さんは構わないという感じで曲を選ぶ。選んだ曲は、このゲームの中でも1、2位を争う高難易度曲だった。


 譜面が始まった。いきなり大量のタイルが落ちてくる。それをまるでマシンガンの弾を全部当てるかのように弾いていく。凄まじい。格好いい。さっき自分が振った女性をそんなふうに思っている。



 結果的に浜川さんは2度間違った。だが、この曲は自分ならクリアも出来るかどうかというレベルだった。ゲームを終了して僕らは一度台から離れた。それから僕は彼女の顔をみて思わず呟く。


 「かっこ良かった。きっとなれるよ。プロゲーマーに」


 そう言うと彼女はフフッと笑った。


 「ざまあみたか?」


 「はい」素直に答える。


 「でもホントに、宮古くんもこのゲームやってるなんて思わなかったなあ」


 「いや、こっちもだよ。しかも、僕より遥かに上手いしさ……」


 僕は先ほどの光景を思い出す。音ゲーは楽しいもので、格好いいものだとは思っていなかった。だがさっきのあの指使い、姿勢、魅せ方、あれは格好いいと言わざるを得なかった。僕の心のどこかがゾクリとする。


 「ねえ、浜川さん!」僕は叫びに近い感じで呼んだ。


 「え、どうしたの?」


 「さっき告白を振っておきながらこんなこというの、身勝手だし酷いかもだけど。あのさ、ゲーム、僕に教えて欲しい」


 そう言うと彼女は顔に人差し指をおきながら「ホントに身勝手だねえ」と言った。


 「ごめん」


 すると、彼女は「でも」、と言って続けた。


 「みんなさ、わたしがプロゲーマーになりたいとか大会に出たいとかいったら、子供かよって良く言ってくるんだよ。だけど宮古くんはさ、いろんな趣味を認めていたりしてるのを知っていたし、それになにかを貶したりとかしているのをみたことがなかったからさ、いつの間にか凄い憧れてしまっていてさ。案の定、わたしのプレイを格好いいって言ってくれた。やっぱり、わたしが宮古くんを好きになったのって間違ってなかったんだなって。結局、振られたけどね」


 そう言うと少し目に涙を貯めながら笑った。


 「ご、ごめん」


 「いいよ。教えてあげる。ゲームのコツとか、魅せ方とか。嫌になるくらい。それで」


 「それで……?」


 ゲームセンターなのに、まるで音がなくなったかのような静けさが僕らの周りを包んだ。浜川さんは息を飲んだ。それから、吐き出すように言った。


 「君に私のことが好きだって言わせてみせる」


 そう言うって僕を睨んできた。


 ああ。それならたいした時間もかからないかもしれない。僕はもうすでに君に魅せられているのだから。


 「わかった」僕はふっとゲームセンターの天井をみた。この世界は、こんなにも狭いのだ。

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