第703話 地図に現れたもの

◇地図に現れたもの◇


「それと…ここと…ここにも。ああ、こっちの遺跡は完全に崩壊し跡形もないが、それでも土中から祈祷師の使っていた祭具が出てきているね」


 チャリチャリと手の平でコインを弄りながら、マルフェスティ教授は遺跡の存在する場所に鉄貨や小銅貨を並べてゆく。その音に誘われたのだろうか、いつの間にか姿をみせたネズミ捕獲長がマルフェスティ教授の腿に飛び乗り、手を宙を撫でるように動かした。


「タルテ君。この小銅貨は君の手元にある川合に置いてくれ給え。…そう、そのフォルテヌラから西に行ったところだ」


「ふぇ…?こっちにもですか…?沢山…というよりも色々な所にあるんですね…。あ…っ!?ネズミ捕獲長ちゃん…!そのコインで遊んじゃ駄目ですよぉ…」


 ネズミ捕獲長が膝の上で重石となったため、腰を浮かして手を伸ばすことを封じられたマルフェスティ教授は、タルテにコインを投げ渡して置くように指示をする。だが、その位置は旧フーサン地区とも大きく離れているため、タルテはコインを置く場所を確かめながらも驚いた声を漏らした。


 放り投げられたコインを追ってネズミ捕獲長がテーブルの上に飛び乗り、地図上の大地を蹂躙する。せっかくタルテが置いたコインをその前足で吹き飛ばしたところで咎められ、タルテに抱きかかえられる形で強制的に退場することとなった。


「君らも知っているだろう?祈祷師はもともと東方から来た流浪の民なのだ。だからこそ痕跡は少なく、数少ない痕跡も地方に点在しているのだよ」


 そう言いながらマルフェスティ教授は地図の上に残りの鉄貨をばら撒くように配置していく。玩具を目にしてネズミ捕獲長がタルテの腕の中から手を伸ばすが、タルテが楽しげな様子でネズミ捕獲長をテーブルから遠ざける。


「えっと、この小銅貨は…フォルテヌラの西ですよね?」


 今度はタルテがネズミ捕獲長に両手を封じられたため、ナナが代わりにネズミ捕獲長がずらした小銅貨を元の位置に戻す。そのコインの動きをネズミ捕獲長が目で追うが、同様にアデレードさんもまじまじとナナの指先を見つめていた。


「お待ちください。…先ほどフォルテヌラと申しましたか?」


「その通り。フォルテヌラの町から西に行ったところに遺跡があるのだ。厳密に言えば街道を南下してから野原を西進することになるのだが、そうすれば谷間に小さな集落跡が見えてくるはずさ」


 地図の上の小銅貨を見つめながら、アデレードさんは口元を手で押さえた。暫くは真剣な眼差しで何やら考え込んでいたようだが、徐に懐から手帳を取り出しテーブルの上の地図と見比べ始めた。その様子にマルフェスティ教授は不思議そうに首を傾げるが、特に言葉を投げかけることなくアデレードさんのことを見守っていた。


 そして、何かの確証を得たのだろうか。アデレードさんは自身の財布から小銀貨を取り出すと、真剣な面持ちで地図の上の一点にそれを配置する。そこにはフォルテヌラと書かれており、先ほど彼女が気に留めた町の名前である。


「随分と昔の記録にはなりますが…このフォルテヌラの町で蛇の左手が事件を起こしています。被害者は夜番をしていた丁稚に商会長の一家全員。…普通といってしまってはなんですが、よくある押し込み強盗であり呪術の痕跡もなかったそうです。しかし、残夜の騎士団によると蛇の左手の仕業の可能性が高いと…」


 アデレードさんは手帳に書かれているであろう文章を読み上げる。全員の視線が集中していることを感じたからか、彼女はその手帳を翻して俺らに中身を垣間見せた。


「…先日の事件は残夜の騎士団の手落ちでもありますからね。揺さぶっていくつかの情報を吐き出させました。特にホロデナント伯爵についた彼は随分と協力的でしたよ」


 その手帳は残夜の騎士団が独自に集めた情報が纏められているのだろう。アデレードさんは次々とページを捲り、そこに書かれている情報を地図上の情報と照らし合わせてみせる。そして彼女は数枚の小銀貨を取り出すと、それを次々と配置し始める。


「ここと…ここもそうですね。…この場所は山の向こうになりますが…」


「ああ、そこは地図には書かれていないが山越えの道があるのだ。地図上だとより近い町も有るが、実際にはその農村が一番遺跡に行きやすいだろうね」


 アデレードさんとマルフェスティ教授が黙々とコインを地図の上に並べ始める。そして二人の並べるコインはどれも近しいところに隣り合っており、中には完全に重なっている地点もあるほどだ。アデレードさんは真意を語りはしないが、その地図が示しだす情報は誰の目で見ても明らかだ。つまるところ、祈祷師の痕跡が残る遺跡の近くで蛇の左手が目撃、あるいは関与した事件が発生しているのだ。


「これは…偶然というには不自然ですわね。中には寄り添っていない場所もあるようですが、それでも数多くの場所が一致していますわ」


「…ですが、これでハッキリしました。あのメルガの曲玉だけでなく、蛇の左手は祈祷師に関わる呪物を集めているのでしょう。これほどの規模となると…何者かが彼らにそれを依頼したのではなく…彼ら自身に目的があって集めている可能性が高いですね」


 大量のコインが並んだ地図を俯瞰しながら、メルルとアデレードさんはそう言葉を交わす。国中に点在する蛇の左手の起こした事件だけを眺めても、単に彼らは非合法な流浪の傭兵集団にしか見えないだろう。金で雇われ人を殺し、金を求めて他者を虐げる、その所業は到底許せるものではないが、かといってそれはよく居る賊の類にしか過ぎない。


 だからこそ今までは大々的に騎士団が動くことはなく、残夜の騎士団が先頭に立って彼らを追っていたのだ。しかし、この地図を見れば彼らがただの傭兵集団ではないことは明らかだ。言ってしまえば彼らが起こしていた事件は遺跡をめぐる間の単なる日銭稼ぎにしか過ぎないのかもしれないのだ。


「ありがとうございます。まさかこんな成果があるとは思いませんでした。騎士達だけで頭を捻らせていてもこの事実には辿り着けなかったでしょう」


 ただの遺跡ではなく、祈祷師の遺跡を廻っている可能性があるなど、長年彼らを追っていた残夜の騎士団でも気付くことは難しかっただろう。アデレードさんは並べられたコインの位置を手帳の中に次々と記してゆく。


 マルフェスティ教授の示した遺跡の中には近くで蛇の左手が目撃されていない場所もある。単に目撃されなかっただけという可能性もあるが、もしかすれば彼らがこれから向かう先である可能性もあるのだ。これはアデレードさんにとっても大きな情報となるだろう。


「すいません。直ぐにこの情報を持ち帰らせていただきます。お礼のほうはまた後日に…」


 地図上の全ての情報を記述し終えたのだろう。アデレードさんは立ち上がると慌しく研究室を後にする。ドタバタとした彼女の足跡にネズミ捕獲長が顔を顰めるが、そのときにはもうアデレードさんは扉の向こうに姿を消していた。


「やれやれ、息抜きに来たはずなのに随分と慌しいじゃないか…」


 そう呟きながらマルフェスティ教授は地図の上に散らばった銅貨や鉄貨、小銀貨をかき集めると、彼女の財布の中に流し込んだ。


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