第622話 被害の無い事件

◇被害の無い事件◇


「おおお!凄いじゃないか!まさかこの倉庫がここまで綺麗になるとは…。遺跡以外で私が感動するなど珍しいことなのだよ」


 俺らが倉庫の前で待っていると、大した時間を掛けることなくルミエに呼び出されたマルフェスティ教授が姿を現した。しかし、盗みに入られた可能性があるために慌てて駆けつけたという様子は無く、むしろ研究室の片付けの息抜きのために意気揚々とやってきたという感じだ。


 マルフェスティ教授は綺麗になった倉庫の外観を眺めると、両手を広げて大げさに喜んでみせる。彼女は遺跡以外では喜ぶことは珍しいと言ったが、この倉庫の姿を取り戻すに当たって俺らのやったことは、それこそ土に埋もれてしまった古代の遺跡を発掘するようなものだ。自分の手で埋めて自分の依頼で掘り出させるような真似で感動しないで欲しい。


「教授ぅ。それよりも中の確認をして下さい。何か盗まれていたら大変ですよぉ」


「マルフェスティ教授。最初に確認いたしますが、最近この倉庫に人をお招きいたしましたか?」


「いやいや、私だけだよ。騎士団の者が中を確認したがっていたが、結局は入らなかったのだ。掻き分けて進めば入れると言ったのだがね…」


 ルミエに促されるようにしてマルフェスティ教授が倉庫の中を覗き込む。そして俺らが示した足跡の横に自身の足を差し出して見せたが、やはりその足跡はマルフェスティ教授よりも二周りは大きいものであった。


 足跡と自分の足を比べているマルフェスティ教授にメルルが確認するが、この倉庫に立ち入ったのは教授以外誰も居ないらしく、その足跡の主が不正に侵入したことを示している。ここにきてようやくマルフェスティ教授は確証を得たのか、眉間を摘みながら溜息を吐き出した。


「本当にこの中に入ったのか…。ルミエ君。鍵が開いていたわけじゃないんだよね?…自慢じゃないが、この鍵は専門の職人にわざわざ依頼して作ってもらったものなんだよ」


「ええっ!?ちゃんと閉まってましたよぉ。ちゃんと開いた音も聞きましたし…」


「私も見ていましたが鍵は閉まってました。その点は間違いありません」


 俺も確認したが、マルフェスティ教授が言うとおり扉の鍵は中々に厳重なものだ。スケルトンキーの対策もされており、更には魔道具が併設されているため、魔法で強引に開けようとしても、その魔力を感じ取って別の鍵が閉まってしまうのだ。そのため、魔法で開けるには破壊を伴う必要があるだろう。


 そしてそんな鍵が施錠されていたことにもマルフェスティ教授は疑問を抱いているようだ。開けることが困難な鍵であるならば閉めることも困難だ。だからこそもし侵入者がいたのなら鍵が閉まっていることが逆に不自然だと言いたいのだろう。


「とにかく盗まれたものが無いか確認してみて下さい。」


 しかし、問題は何が盗まれたかということだ。それをはっきりさせる為に俺はマルフェスティ教授に声を掛けた。それもそうだなと、マルフェスティ教授は俺の言葉に頷いて倉庫の中に足を運び入れた。


 マルフェスティ教授は棚に並べられている物品の状態を確認するように端から目線を這わす。彼女はどこに何があるのかを完全に把握しているようで、一瞥しただけで問題ないと判断して奥に進んで行った。


「ルミエ君。君は見るのが初めてだろう?この棚は全て王国成立前に栄えた国々の遺物なのだよ。国の発展を優先するあまり、こういった遺物は破壊されることが多くてね…。こうやって保存することにも意味があるのだよ」


「…意味があるのならもう少しマメに掃除をしてくださいよぉ。埃が被っているじゃないですか…」


「これは手厳しい。一応、湿度などには気を配っているのだが、どうしても研究室に篭っていると手入れをする暇が無くてだな。かと言って、半端なものに手入れを頼む訳にも行かず…。…ルミエ君が管理者として立候補してくれても良いのだぞ?」


 どこか講義をするかのようにしてマルフェスティ教授は奥へ奥へと足を進める。その調子にルミエや俺らも呆れるような視線を向けるが、盗品の確認は進んでいるため、特に言葉を返すことなく彼女の後に続く。


 そんな調子のマルフェスティ教授であったが、倉庫の中の奥まった位置に辿り着くと唐突にその口を閉ざした。そしてモノクルを摘み上げると、棚に収まっていた像を注視して渋い表情を浮かべる。


「…これは…動かされているね。私が置いた状態よりも位置がずれている…」


 あんな乱雑に物を置いているくせに、置いてある物の位置や状態は確りと把握しているらしい。マルフェスティ教授が見つめている像を見てみれば、俺らの眼で見ても動かされた痕跡が見て取れた。


「棚の埃の跡とも僅かにずれている。像に手形は残っていないが…全体的に埃が薄いから手形に気が付いて埃を落としたのか…」


 床に残った足跡も侵入者がここに立ち寄ったことを示しており、俺はマルフェスティ教授が言ったことに賛同するように像の状態を皆に伝えた。そしてマルフェスティ教授はその像を手に取ると、俺らに見せ付けるように前に掲げてみせた。


「誰かが入ったのは間違いないみたいだね。…だが、これを手にとって棚に返すというのも不自然じゃないか?鍵のこともあるし…私はこれが単なる盗人とは思えないのだよ」


「あら、その像の目は…エメラルドですか。小ぶりではありますが、盗人が見逃すとは思えませんわね」


 掲げられた像の瞳は、小さな窓から差し込んだ光を浴びて輝いてみせた。そのエメラルドは像の瞳に収まっているせいで何処か怪しげな光にも思えたが、価値が不明な物品で溢れる倉庫の中では、誰しもが価値があると認めるような輝きでもある。


 だからこそ、この像が盗まれていないのは不自然なのだ。像の存在に気が付かなかったならともかく、手に取ってまでしたのにエメラルドを見逃すとは思えない。俺らもマルフェスティ教授のように訝しげな表情を浮かべて像を見つめる。


「確かに…変な盗人さんですね…。何しに来たのでしょう…?」


「ね。他に何か盗みたいものがあったのかな?」


 何とも言えぬ不穏な空気が俺らの間に満ちる。単なる盗人であれば良いのだが、鍵が閉められていた点といい、エメラルドを用いた像がそのままである点といい、どうも不自然な状況が違和感となって不気味な思いを抱かせるのだ。


「さて。どうしたものか。…取りあえずは…他の物も無事か確認してみるが…」


 議論していても仕方がないと、再びマルフェスティ教授は倉庫の物品を確認し始める。マルフェスティ教授も何処か不気味な思いを抱いているのか、今までは遺品を紹介するように確認していた彼女も、口を閉じて無言のまま先へと進んでいった。


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