第23話
先週とおなじ料亭で、こうも短いスパンでふたたび接待をすることになるとは思わなかった。日本酒の
お酒そのものは嫌いじゃないけれど、それは好きな相手と飲むお酒であって、接待で口にしても正直味わえる気がしない。
「いやあ、女神さんがいると場が盛り上がるね。女神さんじゃなくて女神様だね。僕らの会社が繁盛するように女神様にお供えしようかな」
「時任様はいつもそうやって持ちあげてくださいますね~。わたしも自分自身に営業成績をお祈りしたいところです~」
時任様がさりげなく太ももに触ろうとしたのを、間一髪で身をよじって回避する。時任様が宙でストップした手で、とってつけたように自分の頭を掻いた。
「ちょっと酔ってしまったので、女神らしくお顔をととのえて参りますね~」
顔で笑って腹の奥で泣いて、わたしは手洗いに向かう。個室の鍵を締めると、はあ……と深いため息が出た。
ともすれば悔し涙が出そうで、でも泣いたら負けだと思ってわたしは唇を引き結ぶ。
純粋に提案内容で購入を検討してもらえないのを悔しがるのは、わたしがまだ青いからなんだろうか。こんなのは、誰でもそつなくこなせるものなんだろうか。理不尽だと思うわたしがおかしいのか。
譲くんの声が聞きたい。ぶっきらぼうな、少し突き放すような、でもふしぎとあったかく聞こえる譲くんの声が聞きたい。
さっき電話越しに話したばかりだけど、気がついたらわたしはスマホをタップしていた。
「あれ?」
SNSアプリのメッセージの着信を知らせるポップアップが表示されている。
開くと、特大のハンバーガーにフライドポテトを皿からあふれるほど盛られた写真が、目に飛びこんできた。
【旨かった】
次は、噛みきれるのかと自分の顎と歯の力を疑いたくなりそうな分厚さのステーキ。
【くそ旨かった】
お次は、ホイップクリームでほとんどその下が見えなくなったパンケーキタワー。
【これは俺じゃない。姉さんの】
立て続けに送られてきた写真はどれも食べ物ばかり。
思わず笑ってしまった。笑ったら涙が一粒こぼれて、それでもわたしは拭うこともせずに大量の「飯テロ」写真にくすくすと笑う。
結婚式の写真が一枚もない。
譲くんは本気で飯テロする気だ。しまいにはお腹がぐーっと鳴り、接待で自分はほとんど食べてないのに気づく有様。飯テロ成功だ。
トイレに入ったひとがいたら、さぞかし気味が悪かっただろう。わたしはしばらく笑い転げていた。
そして、最後の一枚を見てわたしは息をのんだ。
【綺麗だったから、直央に送る】
目の覚めるような鮮やかな海が、写っていた。
「風景とかわざわざ撮らないって言ってたのに……」
これは、もう駄目だ。
心臓のど真ん中に、ずしんとなにかが刺さってしまった。きっと抜けない、なにか。
なんで、見込みのない相手だってわかってから気づいてしまうんだろう。
スマホを握りしめる手が震える。わたしは泣きながら笑った。
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