第14話

 コンビニで大量のおつまみと、お酒を買い足して両手が塞がったとき、着信でスマホが震えた。わたしは荷物を片手に寄せて、メッセージを確認する。

 さっき送った桜の写真に対する、譲くんからの返事だった。


【満開じゃん】

 ひと言だけのメッセージ。でも頬がゆるんだ。

【と思いきや、もう散りかけってところだよ。夜景モードで撮るの難しかった! つくばは桜、咲いた?】

【見てない】


 そっけないなあ。譲くんらしい。

 とはいえ、こっちは終業していても、向こうは夜八時の今も仕事中の可能性もある。あまり邪魔するのもよくないし。

 次で締めにしよう、と最後のメッセージを考えていると、今度は電話の着信音が鳴った。譲くんだ。なにか用事でもあったのかな。わたしは通話をオンにした。


「自分では風景とかわざわざ撮らないから。これが今年の初桜だわ。息抜きになった。花見?」

「そそ。今日は企画部の歓迎会なんだ。企画部は雰囲気よかった。もう皆さん酔いどれでーす」

「直央もでしょ」

「そうかも。すごく気分がいいよ。譲くんは? 家?」


 わたしは笑いながら、コンビニの袋をぶらぶら振って歩く。公園の敷地では、桜がはらはらと大量に舞う。


「職場。早く帰りてー……」

「お疲れさま。頑張ってね。わたしはこっちで散りかけの桜を肴にまだまだ飲むよ。満開の桜も見たかったなあ」

「じゃ、こっち見にくる?」


 え、と声には出さずわたしは足を止めた。これはどういう誘いだろう、と頭の中がにわかにぐるぐるする。いわゆる、デートというやつですか?


「つくば事業所にも桜が植わってるんだわ。今週末に事業所開放のイベントがあるから、時間あるなら同僚とどうぞ。社内の人間なら参加できるから」

「あ……そういうやつ……」

 だよね。デートのわけがない。でも。

「休日まで職場の人間の顔見てもしかたねーし、無理にとは言わないけど。俺もほんとうは家で寝てたい。けどビールが安く飲める。一杯めは無料」

「行く」

「即答か。ビールすげー」


 噴きだす気配が電話口から伝わってきた。

 ビールもいいけど、それだけじゃないかも。とは、心の内だけで答える。


「違います。桜を見るためです。同期の子を誘ってくよ」

「ん。じゃな。もうひと踏ん張りするわ」


 電話が切れて、わたしはまたコンビニの袋を両手にぶらぶらさせて企画部のお花見場所に戻る。


「おつまみ買ってきましたよ」

「お、帰ってきた。主賓なのに悪いね……のわりに、女神さん上機嫌だ。いいことあった?」


 缶ビール一杯で赤い顔になった藤堂さんに、わたしも袋の中身をレジャーシートに広げながら声を弾ませた。


「それはもう、お花見ですからね!」





 週末は、太陽がつくばの桜も早く咲かせようとするかのような快晴だった。つくばエクスプレスを降りると、整備された道路と街路樹の緑のコントラストに目がきゅっと細くなる。友香も横で大きく首を回した。


「友香がつかまってよかった。さすがにひとりで行くのは気後れするし」


 駅前のロータリーをタクシー乗り場へと歩く。まだ朝だからか、タクシー乗り場は二台ほど並んでいるだけで、利用客はいなさそうだった。


「おなじ会社っていっても、事業所が違うとぜんぜん違うもんね」


 ふたりでタクシーに乗りこむ。事業所名を伝えると、運転手さんはナビを立ち上げることもなく勝手知ったるという顔で運転をスタートさせた。タクシーでもワンメーター程度の距離だ。


「今日誘われたってことは、ふたり、なかなか進展してんじゃん」


 友香が興味津々という顔で切りだした。お花見の誘いをしてからランチ休憩で一緒になるタイミングがなくて、ろくに話もできていなかったからだ。色恋の話が大好きな友香に、わたしは苦笑した。


「そんなんじゃないって。あくまでもパーティーの幹事として連絡を取り合ってるだけだってば。今日だってたまたま」

「ふうん、そう? だいぶ顔色よくなってるから、間瀬さんの傷を苑田に慰められてるんだと思った。間瀬さんのことは吹っ切れた?」

「うん、もう大丈夫。ありがと」

「苑田のおかげだったりー?」

「友香、にやにやしないの」


 ああもう、友香はすぐ恋愛のほうに持っていこうとするんだから。わたしは重ねて否定した。譲くんとはいい同僚、なんだから。


「それなら言ってもいい? 苑田、彼女を間瀬さんに取られたらしいよ」

「えっ!?」

 反射的に友香を凝視したわたしに、友香が大きくうなずく。

「去年の、ちょうど直央が間瀬さんと付き合いだすちょっと前っぽい。ねえ、まさか苑田のやつ、彼女を取られた腹いせに、直央に近づいてるんじゃないよね?」

「……まさか。わたしが間瀬さんの恋人ならともかく、フラれてるんだから腹いせになんないよ」

 声が揺れてしまったかも。わたしはごまかすように空咳をした。

「そうだよね。考えすぎだよね。でももし苑田が直央に近づいた理由が、間瀬さんと元カノにあるんだとしたら張り倒すから。直央も早く手を引きなね」


 大河さんは事業所荒らしで有名だと譲くんが言ったのは、自分の経験があったからだったのか。出会ったとき棘のある態度だったほんとうの理由が、やっとわかった。譲くん自身はあとで「巻きこまれた八つ当たり」だったと言ったけど、そうじゃなくて。

 譲くんは彼女を大河さんに取られて別れた、そこにわたしが――どっちが先かはわからないけど――大河さんと付き合っていたのを知った。大河さんにも腹が立っただろうし、別の女もしゃくに障っただろう。


「譲くん、今もその元カノを取り返そうとしてたりすると思う?」

「そんなのわかんないけど。でももう別れてるんだし関係なくない? てか直央、もしかして凹んでる?」

「凹んでないよ、まさか。同僚として譲くんがかわいそうだなって思っただけ」


 言いながらも、わたしはタクシーの窓の外に目を逸らした。

 凹んでなんかない。ただちょっと驚いたし、譲くんがそんな素振りも見せなかったのが、引っかかっただけ。うん、それだけだ。

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