鍵の少女と魔王

山法師

鍵の少女と魔王

 昔々、あるところに、小さな国がありました。

 その国はなんにもない国で、その国に住む人も極僅か。貧しく、けれど平和な国でもありました。

 そこに住む、女の子がひとり。

 周りから「変わった子」と言われる女の子は、いつも独りで遊んでいました。


「……ん……?」


 女の子が今日も独りでいると、空から『鍵』が落ちてきました。


「おっきい、綺麗」


 その鍵は、女の子の両手からはみ出るほど。けれどそれほど重くはなく、きらきらと輝き、女の子はうっとりとそれを眺めました。

 その煌めきは強く、


「……え」


 強く、強く。辺りを包むほど光り輝き、


「えっえっ……わぁ!」


 一際、まるで太陽のように輝いたかと思うと、


「……え」


 女の子は、見知らぬ場所に立っていました。


「どこ、ここ」


 女の子が辺りを見回すと、


「あ」


 すぐ後ろに、大きな扉がありました。


「……誰?」

「えっ」


 扉の向こうから響いた声に、女の子は思わず、持っていた鍵を落とします。

 リン

 今まで聞いたこともない音が、その空間に広がりました。


「……ああ」


 扉から聞こえる声は、とても落ち着いていて、


「ねえ、そこの誰かさん。今落ちた『鍵』で、この扉を開けてくれないかな?」


 そんな事を言いました。


「え、……と」

「ね、ここから出たいんだ。その鍵なら、この扉を開けられる」

「……わかった」


 女の子は鍵を拾い、その大きな扉の、唯一真ん中に空いている『鍵穴』に、鍵を差し込みました。

 途端、扉は


「えっ!」


 冬に積もる雪が春になって溶けるように、淡く光って消え去ってしまいます。


「えっえ……?? あ」

「やあ、初めまして。開けてくれてありがとう」


 その奥から『魔王』が、微笑みながら出て来ました。


「いつ出られるかと思ってたんだ」


 その魔王へ向けて、女の子は首を傾げ、


「どういたしまして? ……あなたは、だれ?」


 その言葉に、魔王はとても驚いた顔をして


「……『魔王』って言うんだ」

「かわったお名前ね」


 魔王は微笑んだまま、女の子へ手を差しだし、言いました。


「さあ、行こうか。君の国へ」


 すると、女の子は困った顔になって、


「でも、ここがどこだかわからないの……」


 顔を俯かせました。


「それなら大丈夫。鍵を貸して」

「これを?」


 女の子が鍵を差し出すと、魔王はその小さな手と鍵を両手で包みました。


「そう。これで」


 鍵が輝き始めました。それはどんどん強くなり、辺りはまた、真っ白に。


「行けるよ」


 そんな声がしたかと思うと、


「……ええ!」


 女の子は、さっきまでいた、いつもの遊び場に立っていました。


「ね、行けたでしょ?」


 声のした方を向くと、魔王が得意げな顔で隣に立っています。


「……あの、」

「あっ! 魔王様だ!」


 そこに、通りかかった子供達が駆け寄ってきました。


「ほんとだ!」

「魔王様だ!」


 女の子の声は、集まってきた子供達の声に、そのまま埋もれてしまいました。


「魔王様だ!」

「魔王様!」


 子供達は魔王のもとへ駆け寄り、その数はどんどん増えていきます。


「えっ魔王様?」

「本当だわ! 魔王様よ!」


 その声を聞いて、大人達も集まってきました。


「皆! 魔王様だ!」

「魔王様だって?!」

「魔王様だ!!」


 続々と増えてゆく人集りに、女の子は訳が分からず、


「……」


 掴んだままの魔王の手を、強く握りしめました。


「大丈夫」


 見上げると、魔王は女の子へ頷いて、その顔を上げ、


「えー……皆さん」


 そして、集まった人達をぐるりと見回して、


「今からこの国の王になります、魔王です。どうぞ宜しく」


 その場にいた人達は歓声を上げ、手を取り合って喜びました。踊り出す者や、嬉しさのあまり泣き出す者までありました。


 その日の夜。魔王は女の子の家に泊まる事になって、質素な客室で窓から空を見上げていました。

 魔王が星空を眺めていると、

 コンコン

 薄い扉を叩く音がしました。


「どうぞ」


 扉はゆっくりと開かれ、女の子が部屋に顔を覗かせました。


「どうしたの?」


 魔王が空へ目を向けたまま問いかけると、


「……どうして」


 女の子は小さな声で


「どうして、みんなは、あなたのことを知っているの?」


 魔王は、答えません。


「どうしてこの国の王様になるの?」


 魔王は星を見つめたまま、


「あなたは、だあれ?」


 女の子は魔王をまっすぐに見つめ、ゆっくりと問いかけました。


「………………ねえ、君は」

「?」

「君は、この星を見て、どう思う?」

「星?」


 魔王は女の子へ顔を向けて、出逢った時とは違う微笑みを見せました。


「今日、夜になって。初めて『星』を見たんだ」

「え?」

「夜も。昼も、太陽も。全てが初めて。だけど」


 魔王は、少しだけ顔を伏せ、


「けど、知ってるんだ。全部」

「え……」

「懐かしいなぁって、思えるんだ。なんでだろうね?」


 顔を上げた魔王の頬を、一筋の光が滑り落ちました。


「……どうして?」


 女の子はそっと、魔王へ近付きます。


「分からない」


 魔王はまた顔を伏せました。


「分からないけど、思うんだ。そんな風に。あそこから出たのも、ここに来たのも」


 女の子は、伏せられた魔王の顔を、そっと覗き込みます。


「決まっていた事で、変えられない事で。だから……君の国の人達が、ああなってしまったのも」


 その瞼は、固く、閉じられて。


「決まってたんだ……ごめんね」

「謝ることないわ」


 女の子はその顔へ、静かに手を伸ばし、


「泣いてる子を謝らせるのは、いけないの」


 伝う涙を拭いました。

 魔王は少し驚いたように目を開けて、それはすぐに、微笑みに変わります。


「……君は、優しいね」

「そう?」


 女の子が首を傾げると、魔王も手を伸ばし、女の子の白い髪を梳きました。


「うん。それに、君があそこから出してくれた。そうじゃなかったら、いつまであそこにいたろうね」

「? あそこは、お家じゃないの?」


 魔王は首を振り、静かに言いました。


「家じゃ、ないよ。いつから、どうしてあそこに居たのか、知らないけど」

「……それじゃあ、お父さんや、お母さんは? きょうだいとか、お友だち、いないの?」

「居ないねえ。独りだよ」


 女の子に倣うように、魔王も首を傾げます。


「……じゃあ」


 女の子は、ふと、思い付きのように言いました。


「わたしと、お友だちに、なる?」


 魔王は、今までで一番驚いた顔になって、どうしてか、泣きそうな顔にもなりました。


「あ、や、やだった? わたしも、独りだったから……ごめんなさい……」

「ううん。違うよ、逆だよ」


 魔王は女の子の手を取って、優しく、大切なもののように握りました。


「嬉しいんだ。……友達、出来ると思わなかったから」

「……どうして?」

「どうしてだろう? でも、出来た。君が」


 僕の友達。

 魔王は、なによりも大事な事を口にするように、ゆっくりと、厳かに、そう言いました。


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鍵の少女と魔王 山法師 @yama_bou_shi

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