最終話


僕は許してもらえただろうか?


ごめんなさいが


伝わっただろうか?


一緒に背負い続ける事を


君は許してくれるだろうか?



*** 最終話 0.000001%キセキ ***



「……そういう事、か」


 目覚めた時まず目に入ったのは白い天井と白いカーテン。次にベッドが四つ、俺以外寝てる奴は居ない。ここは、保健室か? と思った瞬間、視界の横から顔が飛び出して来た。


「金護君! ああ、良かった! 大丈夫? 車に金護君がぶつかったんだよ! 覚えてる? それで、ここは病院で、右腕と右足折れたの、あと頭も打って、あ、そっちは精密検査で大した事無かったんだけど、しばらくはリハビリだってお医者さんが


 立て板に水とばかりに話し出す雨ヶ咲。そのに俺は、


「久しぶり。るぅちゃん」

「っ!!……かねもり、くん?」

「はは、そういやそう呼んでたよな、あの頃。全部思い出したよ。二人で〈おままごと〉やってて、泥団子食ったんだよな、お前。それで、お腹が痛いって言われたから、バイ菌が入ったんだ! って思って。よりによって『洗剤を飲ませれば殺菌できるかも』って考えたんだよな、馬鹿な俺は」

「……思い出したんだ」


 [ごめんなさい]


「最初から気づいてたのか?」

「ううん、私も最初は気づかなかった。全身鉄でできてるんだもん。気づきようが無いよ。でもお姉ちゃんに相談して、金護君の名前言ったら教えてくれて……」

「死んでなかったんだな。あの後会えなかったから勘違いしちまった」


 [そして]


「大きな病院に移って、そのまま引っ越したの。退院後も通う必要があって」

「なんで気づいた時に俺に言わねーんだよ」


 [ありがとう]


「忘れてるならその方が良いかなって思ったの。今更だし。でも、大鎁君も苦しんでるって知って、どうしたら良いのかずっと考えてた」


 [生きていてくれてありがとう]


「……今の俺、どう見える?」

「あ、そう、そうなんだよ! 事故の時から普通に見えるようになって!」

「俺もだ。普通の人間に見える」

「え!?」


 [また会えてありがとう]


「……何してんの? いきなり後ろ向いて」

「なんか、今更素顔見られるの、恥ずかしい……」

「えぇ……って言うか、お前は俺の顔散々見たんだろ?」

「うぅ、それはそうだけど」


 [償わせてくれてありがとう]


「そんな事より、喉が渇いたな」

「そんな事って……じゃあ、氷貰ってくる」

「いや、水で良い」

「え? ……分かった」


 数分後。雨ヶ咲が持って来た紙コップを左手で受け取り、中の水を見つめる。

 もう随分この液体に触れてこなかった気さえする。

 俺以上に緊張した面持ちで、雨ヶ咲がコップを見つめている中、俺は一度深呼吸をして、その水を呷った。


ゴクッ! ゴクッ! ゴクッ! フー


「……どう?」

「……水って、こんなに美味かったんだな」


 ぱぁっと明るい表情になった後、ゆっくりとその顔が歪み、泣き崩れていく。


「おいおい、何でお前が泣くんだよ」

「ぐすっ、だって、良かった……ほんとに」


 そんな雨ヶ咲を見て、俺はその頭を撫でたい衝動を必死に抑え……るのを止めた。

 雨ヶ咲は一瞬動きを止め、更に大きく泣き出す。

 自分の気持ちを抑え込んだり、隠したり、我慢するのは却って失礼な気がしたんだ。

 だって彼女は、こんなにも俺に表情きもちを見せてくれるんだから。


 しばらくそうして雨ヶ咲が落ち着いた所で、俺も手を離した。

 さて、最後に例の件に決着ケリを付けないとな。


「そういや、あのチョコレートどうした?」

「あ、一応持ってるけど、ぐちゃぐちゃになって……」

「良いよ、食いたい。くれ」


 おずおずと鞄の中から出てきたそれは、見事にタイヤの跡が付いていて、踏み潰されていた。


「また作るから」

「いや、それで良い。それが食いたいんだ、今、ここで。片手じゃ開けられないから開けてくれ」


 譲る気が無い気配を察し、雨ヶ咲は包みを解いて箱からチョコレートを出す。最早原形が何だったかも分からない欠片を左手で掴めるだけ掴み、噛み砕く。


ガリッ! ゴリッ! ボリ、ボリ……


「これ、大豆入ってるのか?」

「あ、うん、好きかと思って……美味しくなかった?」

「……癖になるな、これ」


 不安気にこちらを窺う表情が、一気に喜色満面になった。

 くっ、ぐああぁーー! 可愛いじゃねえか! コンチクショウ!!

 いや、ここは行くべきじゃないのか? そもそも目の前でチョコレートを食ったんだし、この先これ以上のチャンスがあるとは思えない、何より俺が今を逃したら言えない気がする! ……よし、覚悟完了! 金護ダイヤは砕けない!! 行くぞ!!!


「雨ヶ咲!」

「は、はい!?」

「俺! ぁ……雨ヶ咲の事!

「は〜い! 尿瓶出して尿瓶、取ってあげるから。なんなら小便以外も出すの手伝ってあげるわよ〜ん!」


 ……まあ、そうなるよな。ああ分かってたさ! タグに『恋愛要素無し』ってあるし!


「あ、お姉ちゃん」

「お姉ちゃん!? って空先生の事かよ!」

「あ、うん、ごめん。今まで口止めされてて」


 [そら先生]


「は~い、旧姓雨ヶ咲あまがさきで~す。あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてねぇよ! 口止めって今言ってただろ!」


 [本当にありがとうございました]


「まあまあ、五年後にはあんたの義姉になってるかもしれないし」

「なるか馬鹿!」


 [あなたが居なければこの結末はあり得なかった]


「……///」

「そこ! 満更でもない顔をするなぁ!!」

「あ〜ん? 可愛い妹を傷モノにしといて、責任取らねぇってかあ?」


 [二人とも、本当にありがとう]


「傷モノってそういう意味じゃねえよ! あんたホントに教師か!!」

「ぷっ、あは、ははは!」

「こら大鎁! 病室で大声出すんじゃないよ! そこの二人も病室では静かにして下さい!」

「げえっ! 関羽…じゃなくてオカン!」

「☆〇★□!」

「△▼●◆~」

「wwwww」













 【ティーンモンスターシンドローム】になるのは思春期の子の中で1万人に1人だという。


 1/10000 × 1/10000


 これは、1億分の1の確率で起きた、小さな町の、小さな奇跡の物語。





    *** 水よりも固く、石よりも柔らかに ***

 

    ***      終 幕     ***


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る