5.何かを成すために、立ち向かうということ
「わ、わかりません……わたし、何をしたんですか」
直前までの記憶は、確かにあった。しかしどうしてこんな行動をとったのか、自分でも理解できない。それでもクライドの刺すような視線と腕の痛みによって、とんでもないことをしでかしたことだけはわかった。わからざるを得なかった。
「魔法装丁の封印を解いたんだ! このままだと、街が破壊されて……お前、そんなこともわからなくせに……ちくしょう! 猫、まだここにいるか!?」
リゼットを突き放すと、クライドは虚空に向かって呼びかける。ややあって空中に小さな渦が生まれ、猫がくるりと舞い降りてくる。
「いるにゃ、主さま! だけど、他の装丁は街に飛んで行ってしまったにゃ。呼び戻そうとしているけど、みんな応えないにゃ……」
「完全に封印が壊されたってことか」
「そうにゃ。その間抜け女、触れるだけで魔力を無効化するみたいで……」
話の流れはまったく意味不明だ。だが、リゼットがこの部屋で行ったことで、先ほどの生き物たちに何かあったのは確からしい。リゼットがためらいながら一歩近づいても、クライドたちは一度たりともこちらを見なかった。
「とにかく、俺は一度状況を確認に行ってくる。猫、お前はここに待機していてくれ」
「ま、まって! わたしも何か……!」
「うるさい!」
クライドはかっと目を見開く。激しい怒りを向けられ、リゼットは反射的に身をすくませた。悪いことをしてしまったとわかっている。たとえそれでも、クライドにとって状況を許す理由になり得なかったのだろう。
「お前は、来るな。触れるな。何もするな、これ以上事態を悪化させるな! 失せろ!」
「……っ!」
これほどまでの怒りを、受け流すことはできなかった。
硬直したリゼットに構わず、クライドは外に向かって駆け抜けていく。あの人はきっともう二度とわたしを見ない。その事実がどうしてか苦しくて、目から涙がこぼれ落ちる。
「……何泣いてるにゃ、見苦しいことこの上ない」
たった一つ残された装丁の台座に背を預け、猫は皮肉げにひげを曲げる。
厳しい物言いにも、今は腹が立たなかった。もしこの事態で誰かが傷ついたのだとしたら、リゼットは何一つ言い訳ができない。
「泣いてません。ただ……自分が情けなくなっただけ」
「はっ、だからどうしたにゃ。そうやって自分を哀れんでいたら、誰かが慰めてくれるとでも? いい加減にするにゃ。そこで突っ立ってるだけなら、かかしにもできるにゃ」
「……じゃあ、どうすればいいっていうんですか……?」
クライドには来るなと言われた。追いかけたとしても、何ができるとも思えない。ならば、事態を悪化させないために動かない方がいいのではないのか。
リゼットの言葉にも、猫は同情一つ示さない。極限までの無関心な目を向けて、ふっと突き放すように笑った。
「知らないにゃ。人の言葉で行動を左右されるだけのやつなんて、自分で責任をとれないお子ちゃまにゃ。お前、自分で選ぶって意味、考えたことあるのかにゃ?」
辛辣な言葉の群れに、心を打ちのめされる。リゼットはただ、好きなものを好きなようにしていきたいだけだった。そうやって生きてきた結果、何かを間違ったのだとしたら――自分は本当に、何を選ぶべきなのか。
「わたしは、間違いを正したいんです」
あれは自分の意志じゃない、と言い訳することは容易かった。けれど、そうしたところで何一つ事態は変わっていかない。むしろどんどんひどくなる一方だろう。
「だからどうしたにゃ。何もしない一緒じゃないかにゃ」
「ええ、そうです……。何もしないなら、何も変わらないんです。あなたたちがわたしを見限っていたとしても、わたしはわたしを諦めたくない」
「……だから?」
冷たいまなざしにも、リゼットは傷つかなかった。
「だから」
まっすぐ前を向く。目元ににじんだ涙をぬぐい、強い笑みを猫に返した。
「時間が問題を解決してくれるなんて思いません。そんな都合のよい未来を夢見て、責任を放棄なんてできない! だってわたしは少なくとも自分で選べる自由を持ってる。だから、だから!」
猫の目は冷めたままだ。それでもリゼットは笑みを崩さない。
「だから――わたし! 今あなたたちに『ごめんなさい』は言いません! 言い訳する暇があったら前を向け、一歩でも進め! それがソレル大公家家訓でもありますから!」
先に進もうとする者が、泣きながら鼻をすすっているなんて格好がつかないでしょう?
にっこりと笑えば、猫はあんぐりと口を開ける。やってしまったことに対しての言葉としては、かなり尊大な物言いかもしれない。
けれどそれでも、リゼットは前を向いて走り出す。何ができるかなんてわからなくても、『何もできない』なんて情けない言い訳はしない。
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