憧れの人の実態

 遅咲きの桜が咲く頃。

 その人は今、俺の隣にいる。

 俺の隣で笑っている。

 それは夢みたいな光景で、とても嬉しいことのはずなのに……。そんなはずなのに……。

「ねぇねぇ、吉野~。今日熊狩ってきたんだよ~。熊熊熊~♪ で、今日は熊鍋なんだけど、一緒に食べない?」

「……食べません」

 何故だ⁉ どうしてこうなった⁉

 ああ、何で俺の憧れの先輩は熊狩りなんてしているのだろう。それに、このゆるキャラみたいな口調はもうちょっと何とかならなかったのだろうか。

 ありえない、ありえない、ありえない。

 もう「憧れ」の二文字は何処かに捨ててしまった。

「え~、美味しいのになぁ、熊。食わず嫌いはダメなんだよぉ。もし、食べるものが熊しかなくなったらどうするの? 食べなきゃ死ぬよ?」

「それどんな状況ですか」

 呆れる程の熊推しに思わず溜息が漏れる。

 俺の憧れだった冬月雪兎先輩。

 俺が勝手に抱いていたイメージは、もう既に崩壊しており「憧れ」は過去のものとなってしまった。

 俺の夢を返せ、なんて言えない。だって、俺が勝手に憧れていただけなのだから。自分の憧れの存在として、こうあってほしいという勝手なイメージを抱いていたに過ぎない。それは、ただの押し付けでしかない。勝手な理想を押し付けられては、雪兎先輩だって迷惑だ。

 雪兎先輩はサッカープレイヤーとしては間違いなく一流クラスだ。でも、だからといって日常生活や自身の性格まで一流の、いわば人から称賛されるようなものであるとは限らない。ましてプライベートなことまで他人からとやかく言われる筋合いはない。

 雪兎先輩にとっては、熊狩りが日常で、このゆるい喋り方が普通なのだ。俺が憧れる前からずっと。そんなことは分かってはいる。分かってはいるけれど……。


 そういえば、先輩と実際に会って話をするようになってから、そろそろ一カ月が経つ。

 とりあえず先輩と俺がどのように出会ったのか、そして俺の勝手な憧れが音を立てて崩壊していく様を、まあ笑いながらでも聞いてほしい。


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