いせたぬ
回道巡
吾輩はタヌキである、編
第1話
吾輩はタヌキである。名前など知らん。
日本のとある地方に住む茶褐色の毛皮も勇ましいケモノであり、愚かな人間どもを上位種としての広い度量で見守っている。
「や、やめてください!」
「あはははぁ、いいじゃないかぁ~」
ほらまた、酒に酔った人間のオスが大人しそうなメスに嫌がらせをしている。日が落ちるとこういう光景が吾輩の縄張り内でも散見されるのには、もはや溜め息しかでない。
数は多いが人間にとってこの町に住む者同士は仲間であろう? なぜ助け合うどころか害し合うのか。度し難い愚かさであるな。
「やめろ人間! 見苦しいぞ!」
「っ!?」
一喝してやると、赤い顔のオスが驚愕しておるわ。この程度の声量にこれほど狼狽えるとは、人間は惰弱だ。
「きゃあああああああああっ。た、タヌキが喋ってるううううう!」
む? 助けてやったメスの方まで何やら騒ぎ始めおった。やはり吾輩は気高き精神に見合った勇猛な外見をしておるからな、人間風情から見ると恐ろしさに正気を失うのもやむなし、か。
「まんまる茶色い毛玉がぁ、人間様の言葉をぉ? あ、あはは、やっぱりちょっと飲み過ひたかぁ~」
「ひいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ」
「……ふんっ」
オスの方はやはり酔って正体をなくしておるし、メスの方は礼も言わずに走り去った。乱暴で失礼で、やはり人間とは仕様もない。
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