054 逆境こそが本番
「ほらほらっ! こっちだぜノロマなゾンビどもっ!」
魔導術の詠唱を始めようとした矢先に、またも別な方角から声がする。
『フリトトの呪い』がひしめく奥から、前衛職スキル『挑発』が発動するエフェクトが確認できた。
それに反応して一部の亡者たちが進行方向を変える。
「そんなっ! アナタたちまで!」
亡者の間から垣間見えたパーティは、バーナデットがついさっき、ミアたちと女子会を開く前まで<狂女王の試練場>で一緒だった者たちだった。
威勢のいい女戦士が『挑発』でおびき寄せ、後衛の魔導術士と狩人が動きの鈍い敵へ的確に攻撃を与えていく。
「――
背後を強襲するように魔導術を放つラース。直撃した『フリトトの呪い』の周囲も将棋倒しになって倒れていく。
冒険者達との間に亡者の壁が消え、バーナデットはすかさず彼らへ近寄っていく。
「半分くらいはこっちに引き付けるよ」と女戦士がバーナデットへ目配せをする。「そんなに長い間は保たない。だから、今のうちに進んで!」
「どうして……私たちのことを」
「ああ、ここに集まっている連中同士で合図を決めておいたんだ。天使を見つけたら『発光玉』で知らせるってね」
「いえ、そういうことではなくて――」
「実はカムナ騎士団の副団長さまから直々に一斉メールが送られてきてね」と詠唱を終えた魔導術士が代わりに説明する。
「タチアナさんが……」と驚いたのはラースであった。
「ええ。これがその……メールです」
魔導術師の青年は宙空に開いたウィンドウを操作して、共有モードでメールの内容を表示してくれた。
癒やしの天使に助けられた者たちへ。
彼女はこの混乱の中、
強制はしない。お願いもしない。もしこのメールを読んで、自分の意思で剣を取れる者は、<
誇り高きヴァシラ帝国の冒険者達よ、君たちに悔いのない決断があらんことを。
カムナ騎士団 副団長 タチアナ・ストロギュース
カムナ騎士団 団長 カムナ・リーヴ
間違いなくタチアナから送られたものであるようだ。その証拠に偽証が不可能なNFT技術による騎士団の印章が押されており、その横には団長の電子署名まで付与されている。カムナ騎士団が公式に使用する書面である。
……これが、タチアナさんが言っていたちょっとした細工ってことか。
ラースは改めて周囲を見渡す。次々に戦闘の激突音が増えていく。これまで隠れてやり過ごしたり、『潜伏』によって身を潜めていたりしてバーナデットが来るのをひたすら耐えて待っていてくれた冒険者たちが、合図とともに攻勢に出たのだ。
……この街のみんなを助けようと、誰にも迷惑を掛けずに国を脱出しようと躍起になっていた……なのに……。
通りを埋め尽くす亡者たちが、あちこちで吹き飛ばされたり、燃えたり凍ったりしている。
『フリトトの呪い』の密集が四散していく。それぞれが、攻撃を受けた相手へ向かうため埋め尽くされていた通りに隙間が生まれつつあった。
「バーナデット……。君はすでにこんなにも多くの人たちを助けていたんだな……」
バーナデットは口元を手で抑えて、言葉にならない感情を必死に抑え込んでいるようだった。
「行こう」
ラースがバーナデットに手を差し出す。
バーナデットは懸命に戦っている冒険者達と、ラースの差し出す左手を交互に見る。
「心配無用だよ」と女戦士が亡者を吹き飛ばしながら言う。「別に自分を犠牲にしてまで助けようってわけじゃない。
「また一緒に遊ぼうね、天使さん!」と狩人が笑顔で手を振る。
「バーナデット」とラースが言う。「彼らの作ってくれたチャンスを無駄にしてはいけない」
「……はいっ!」
バーナデットの瞳には今にも溢れそうな大粒の涙がきらめく。ラースの手を力強く握り返し、二人は通りにできた亡者の隙間を縫うように駆け出していく。
「気をつけろよ!」
「またダンジョン一緒に行こうねぇ!」
「てか、その人って彼氏? ショックだわー!」
すれ違う冒険者たちが、バーナデットへ声を掛ける。
彼女は涙声になりながら、全員に言葉を返していく。
そしてラースは、そんなバーナデットと冒険者たちのやりとりを邪魔させないよう、前方の敵だけに意識を集中して退けていく。
周囲は彼らが守ってくれる。それを信じて、ひたすら進むことだけを考える。彼らの思いが破られるようなら、そもそも辿り着くことなんて不可能なのだ。
だから――。
「最短で行く!」
ラースは低く吠える。
必然的に『フリトトの呪い』が再び密集してしまう。
「邪魔だよ」
ラースはバーナデットと共に走りながら詠唱を開始する。
血と魂の契約に従い
今こそ来たれ
絶界の焦土に君臨せし者よ
残忍なる蛮神
焔霊のアブニ・モル
融合と消滅の渦へ誘い
焦熱と爆風の抱擁で
我に仇なす全ての愚者へ
絶望と破滅を授け給え
ラースは前方に向かって『異端定理の魔杖』をかざす。
「
複数の爆裂する火球が亡者の群れに多段ヒットする。さらにヒットした周囲には追加効果の爆風により大規模なノックバック・ダメージが発生する。
正面に対峙していた亡者の数体が一瞬で消滅。延焼と爆風によって小さな広場くらいの空間を確保する。
「すげえ……」
「あれって第八位階の術だろ……初めて見た」
周囲で戦闘をしていた冒険者たちが、思わず手を止めてしまうほどの強烈な魔導術。
石畳が高熱にさらされ、もうもうと煙を上げる。
「もう少しだ。この階段さえ登りきれば!」
ラースが振り返る。
バーナデットも自分の後ろで戦い続けている冒険者たちを見つめていた。
その中の一人がバーナデットに気付いて、笑顔で剣を振る。
潤んだ瞳から涙が流れ落ちるのも気にせず、バーナデットもその剣に応えて自身の持っている杖を掲げてみせた。
そして階段を走りはじめる。
「ラース!」
バーナデットは走りながら、泣きじゃくりながら、普段では考えられないような大声を出していた。
「どうした?」とラースは驚きつつも走ることをやめず、視線だけ彼女に振り向ける。
「撤回します! 私……私、この世界が大好きです!」
「ボ・ク・も! 大好きサー!」
突如として上空から近接スキルである『チャージ・スラッシュ』を放ちながら亡者の中へ突進していく者がいた。
聞き覚えのある胡散臭いアニメ声。
「行くぞぉ! 我らが姫と天使殿を守るのだ、同志諸君!」
震える声で叫ぶ戦士。
その声に応じて、これまた頼りなさそうな数名の戦士たちが屋根の上から突撃してくる。
……我らが姫ってことは……。
最初に突っ込んでいった人物の方へ視線を向ける。
「お久しぶりのぉ! ジャスティス・ギャラクティカ・カウンター斬りぃ! ドリャー!」
噛まれたらアウトだという『フリトトの呪い』相手に考えなしでカウンター勝負を仕掛けていくうつけ者を、ラースは一人しか知らない。
それでも、運良くカウンターが合わさって亡者が吹っ飛んでいったのは、彼女の周囲を身を挺して守っている彼女の親衛隊あってのものである。
「ここは任されたニャー!」
ビキニアーマーが新調され、白とピンクで塗装されたあざといデザインになっていた。
肩に
間違いなく、とんでも迷惑な自称アイドル
「リンさん!」
「アイドル
突撃してきた彼女の親衛隊がこじあけた隙間を、遠慮なくこちらへ進んでくるリン。
「悔しいケド、話題性では負けてシマッタ……。だがシカシ! 真のアイドルはこの逆境こそが本番なのデアル!」
彼女の大振りなボディランゲージは、すでにこちらを無視したような動きとなっている。
「誰に力説してるんだ?」というラースの問いは完全にスルーされた。
「昨日の敵と書いて
もはや完全に自分だけのステージとなっている。
リンは勝手に盛り上がりはじめ、身振り手振りがさらに大仰になる。
可哀想に、頼りない親衛隊の何人かが『フリトトの呪い』に噛みつかれて麻痺状態である。
「おい、大丈夫か? 友達が麻痺ってるぞ」
「我ら全員、覚悟のうえでありマスヨー!」とリンが言う。
「いや、お前が言うなよ」
こいつが来ると、すべての感動が台無しだな、とラースは思った。
「ナルホド。確かに長々と語らっている時間は無さそうデス」
リンは懐から
「ならば、一言だけ、言っておかなければならない言葉がアリマス!」とバーナデットを指差す。
……言っておかなければならないんじゃなくて、単に言いたいだけだろうが。
ラースは腕を組んで溜息をつく。
「友よ! また相まみえる日を楽しみにしてイルゾ!」
「は、はいっ!」
バーナデットは迫力に押されてつい即答してしまう。
リンは言いたいことを言い切ったようで、満足そうに親衛隊へ合流して剣を振りはじめる。
「あの……私、いつからリンさんの強敵になったのでしょうか?」
「いや、いいから。アイツの話は基本、聞き流してくれ」
ラースは
<東の大門>まではあと数十メートル駆け上がるだけ。
だが、すでに残りのスキルポイントは心許ない。
「バーナデット、『エーテライド』は持ってる?」
「え、と……普通の『エーテライド』なら三つほどあります」
……全部貰ったとして、小回復の『エーテライド』では大技で一発分といったところか。
すでに手持ちのスキルポイント回復薬である『ハイ・エーテライド』はすべて使い果たしている。
リン達が囮となって広がっていた『フリトトの呪い』の群れが、さらなる増殖によって、際限なく隙間を埋めていく。
迷っている時間はない。
「悪いけど、全部俺に投げてもらっていいかな?」
「もちろんです」とバーナデットは何のてらいもなく『エーテライド』を三つラースへ向かって放る。
「よし」
……本当は二発分欲しいところだが、やるしかない。
自分が習得している魔導術の中で最も、直進範囲に特化している術。
冥界に落ちたる 覇王の剣
裏切りの刃に吸わせるは 甘美な王女の血
汚れたる王剣よ 地獄の魔剣となりて
我が前に顕現せよ 汝を振るうは
我が魔導 我が血の盟約なり
血のように赤黒い閃光が階段上を駆け抜ける。
同時に、直撃した亡者を消滅させ、周囲の敵を吹き飛ばしていく。
効果範囲は狭いものの、確実に人ひとりが通れるスペースを確保できた。
……あとは信じて走るのみ!
階段上まで駆け抜けるスペースは確保できた。ラースはバーナデットの手を握りしめて一気に駆け上がる。
「もう少しだ!」
「はい!」
階段を登りきる。頑強な城壁と、固く閉ざされている門。
そして、踊り場に溢れかえる亡者の群れ。
……大門までの距離はあと二〇メートルといったところか。
しかし眼前に迫っている亡者の前で、詠唱時間の長い術を使用している余裕はない。
小刻みに『火球』を多投するしかないかーーと、ラースが思ったときだった。
大門の前で『
離れている自分にさえ『錯覚』としての熱風を肌で感じられるほどの大出力の火炎系スキル。
踊り場に溢れていた亡者たちは突然の高熱によって一瞬で炭化し、冷たい空気と交わって発生する乱気流によってボロボロと崩れ落ちていく。
大門までの視界が一気に開けた。
……こんな大技を繰り出せるプレイヤーの心当たりは、ひとりしかいない。
爆炎と、立ち昇る煙の先。
夕日に照らされてなお猛々しく煌めく真紅の甲冑。爆風によってたなびく鮮やかな純白のマント。
「遅かったな」
威風堂々。
炎の魔剣を勢いよく肩へ乗せ、不敵な笑みを浮かべるカムナ・リーヴの姿が、そこにあった。
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