027 キャッチ・アンド・キャッチ

■廃坑

■地下六階

■ラース側


 魔導術師として最初に習得できる初歩的な術のひとつである『火球ファイロクス』。

 ラースにとっては無詠唱で発動できるくらい完全習得している低位の術なのだが、どうやらこの『火球』レベルの術でなければ、敵に与えるダメージが大きすぎてしまうということが判明した。


 ……威力が上がるというのも考えものだな。


 地下六階。

 雑魚モンスターであった闇鬼ナイト・ウォーカーでさえ、気を抜いたら深刻なダメージを負いかねないほど鋭く、いやらしい攻撃を仕掛けてくる油断ならないエリアである。


 本来であれば『火球』の一撃だけで倒せるレベルではないはずなのだが、今回に限って言えば、『火球』以上の威力では確実にオーバーキル認定が積み重なってしまい、キャラクターの属性が悪側へ変化してしまう可能性がある。


「やれやれ」とラースは言った。「詠唱もせずに『火球ファイロクス』と唱えるだけで敵が片付いてしまうのも、なんだか味気ないな」

 ……とは言え、時間をかけてじっくり攻略できる余裕もない、か……。


「まったくラースたんってば、勿体つけすぎデスヨー。こんなに強いなら最初からパパっとやっちゃってくれればいいじゃないデスカー」


「いや……普段はもうちょっと弱いんだよ」


 ……このダンジョンで苦労するほどではないけども……。

 しかし、このチート級と言っても過言ではないデタラメな威力に比べれば、打ち上げ花火と線香花火くらいの差があるのも事実である。


 ヨハンはラースの異常な火力上昇について、何も口にしなかった。とっくに気づいているはずだが、この場で解決できる事柄ではなさそうだということを察してくれているのかもしれない。


 気が焦るせいか、敵を倒した後は早足となり、いつしか小走りになっていく。


 ……やつらは本当にここまで来るのだろうか?


 ラースたちの駆ける足音が通路で反響する。


 ――金属音?


 ラースは立ち止まり、耳を澄ました。


 ……気のせいか? フルプレートの甲冑で走るような金属音を耳にしたような気がしたが。


 それは、自分が焦るが故の幻聴だったのか。そう思ったとき、ヨハンがラースの隣にきて言った。

「お前にも聞こえたか?」


「……そうか。やっぱり幻聴じゃなかったか」と吐息をつくラース。


 レンジャーであるヨハンの聴覚で聞こえたのなら、それは間違いなく存在している何者かが出した音ということだ。


「なんだか、俺たちを追っているような動き方をしているな……どうする? いっそ迎え撃つか?」とヨハンが言う。


「いや……。先を急ごう」とラースは逡巡の後に決断する。


 ……なんとかしてこの階を突破できればいい。ボス部屋まではさすがに入ってこれないだろう。


 パーティ全員で入り、扉が閉まってしまえば、その空間へ入ってこれる者はいない。

 もし、別のパーティがその後にボス部屋へ辿り着いたとしても、そのパーティはと戦うことになる。

 つまり、同じ部屋で戦えるのは、同じタイミングで入室した者だけなのだ。


 ……もしそのボス部屋へ入ってくるようなことがあったら、それは明らかにイリーガルな改造をしているキャラクターということになる。このゲームの運営に報告して、しかるべき処置をしてもらうことも可能だ。


 ……あるいは『執行者エグゼキューター』がやってきてくれるかもしれない。


 普段は怖い存在である『執行者エグゼキューター』だが、いざ自分が守られる立場になると、これほど心強い存在もない。


 ……そうだ。なにも俺が奴らを引き受ける必要もないじゃないか。青銀の騎士が違法な改造をしていれば、必ず『執行者エグゼキューター』はやってくる。


 ラースはさらに小走りで進みだした。


 なんとしても青銀の騎士に見つかる前に、このダンジョンをクリアしてみせる。

 金属の触れ合う音も段々と早く、大胆になってきている。

 どうやら追跡していることを隠すつもりはないようだ。


「隠れんハイド・アンド・シークから、今度は鬼ごっこキャッチ・アンド・キャッチか」とラースは言った。


 実際、青銀の奴らとかち合ったら、どうなるのだろうか。

 見当もつかない。


 しかし確実に言えることがひとつだけある。


 絶対に、相当な、トラブルが巻き起こるに決まっている。



■廃坑

■地下五階

■バーナデット側


「私がアイツのよろけを誘発する。ミアはその拳でとどめを頼むぞ」

 トラコはそう言うと、愛刀『叢雲むらくも』を一旦鞘へと収めて、居合いの姿勢を取る。


爪弾つまびくは流指りゅうし

 トラコが中指でリング状の柄頭つかがしらを弾く。

「振るえよかいな。燃えよ刃」


 優にトラコの三倍はあろうかという氷の巨人、フロスト・ジャイアント。その皮膚は白く、髪も髭も凍りついたように固く強張っている。

 フロスト・ジャイアントはトラコを標的に定めると、重量感のあるトマホークを軽々と振り上げて強烈な一撃を放とうとしていた。


罪炎鬼焔ざいえんきえん!」


 巨人のトマホークを紙一重で躱しつつ、炎の属性攻撃が付与された居合い切りの連撃をヒットさせる。

 フロスト・ジャイアントが苦痛のうめき声を上げて後ろへ数歩、後ずさる。体勢が崩れ無防備な状態となった。


「今だ」とトラコが『叢雲』を収めつつ言う。


「まっかせなさーい!」

 ミアが通常の構えから、深く屈伸するような位置まで腰を落とす。

「空林寺拳法! 朱雀の型!」

 ミアの右拳に渦巻くように炎が発生し、集約されていく。

「行っくよぉ!」

 よろけて動きを止めた巨人めがけて、猛スピードで疾走する。

 ミアの進撃を察知して武器を持たない方の手で払いのけようとするが、軽々と跳躍してそれを躱す。

「必殺! 炎空焦撃拳!」

 最後に身体を一回転捻って威力を増加させると、燃える拳で鳩尾みぞおちへ強烈な一撃を喰らわせた。

 瞬間、フロスト・ジャイアントの全身に焔が巡る。頭から爪先まで焔が舐めるように這っていき、そのエフェクトが消えると同時に、フロスト・ジャイアントは白目を向いて倒れ込んだ。


「どうだ!」とミアが自分の誇るように右腕を左腕で叩く。


 倒れたままのフロスト・ジャイアントは数秒後に光の粒子となって掻き消えていった。


「なかなかしぶとい奴だったな」トラコがミアへ声をかける。


「だねえ。ラース君の得意な火系魔法があれば、もうちょい楽だったんだけどねえ」

「たしかに火系の攻撃魔導術があれば恐ろしい敵ではないが……ミアの燃える拳というのも、なかなか格好良かったではないか」

「でしょでしょ!」とミアが嬉しそうにトラコの手を握る。「属性攻撃系のエフェクトがカッコいいから空林寺拳法を選んだんだ! 分かってくれる同志がいてくれたかあ」


「うむ。やはり派手な攻撃エフェクトは前衛職のたしなみだからな」とトラコも目を輝かせて同意する。


「一見、硬派なキャラに見えるけど、トラコって派手な技とかに弱いよな」

 ヴィノが戦闘補助系の演奏『戦女神の交響曲ヴァルティナのシンフォニー』を弾き終えて言った。


「そうですね」と苦笑するバーナデット。

 同時に彼女の周囲でファンファーレが鳴り響く。

「あ、今のでレベルが上ったみたいです」

 そう言うと、バーナデットは嬉しそうに自分のステータス・ウィンドウを開いて、能力値をチェックする。


 おめでとう、と三人が声を揃えて言った。


 満面の笑みでウィンドウをチェックしていたバーナデットだったが、その表情は徐々に精彩を欠いていき、やがて頬を膨らませ、不機嫌そうに眉を吊り上げると、ステータス画面を弾き飛ばすように乱暴な仕草で消してしまった。


「どうしたのだ?」

 珍しく不機嫌な顔をしているバーナデットに驚いたトラコは、誰にも何も告げずに歩き出したバーナデットを追うように言葉をかける。


「……ショックです。あんなに頑張ったのに……能力値がちょっぴりしか上がりませんでした」


 トラコは思わず笑ってしまった。


「笑い事ではないんですよトラコさん」と真剣に困った表情でバーナデットが抗議する。


「ふふ……。そうだな、すまなかった。バーナデット、貴様を笑ったわけではないのだ。許してくれ」

 トラコは伏し目がちに、何かを思い出すような優しい表情で続けた。

「忘れていたよ。レベルが一つ上がるたび、能力値が一つ二つ上がっただけで一喜一憂する楽しみというのをな。ゲームとは本来そういうものだ。ちょっとしたことの積み重ねが、やがて大きな困難を超える力となっていく……だから楽しいのだ」


「……でも、私は今すぐ強くなって皆さんに追いつきたいです」

 バーナデットは頬を膨らませたまま言った。


「こればっかりは地道にやっていくしかないな」とトラコが苦笑する。「レベリングならいつでも付き合うさ。そう気を落とすな」


「ホントですか? このダンジョンが終っても一緒にクエストしてくれるんですか?」

 バーナデットの瞳が輝く。


「あ、ああ……うん、そうだな……」トラコはバーナデットの反応に驚きつつ言った。「なんとも不思議な縁ではあるが……ま、まあ乗りかかった船というやつだ。気の済むまで付き合ってやっても構わないぞ」


「ありがとうございます! トラコさんと友達になれて良かった」

 満面の笑みを浮かべるバーナデット。

 トラコはその笑顔に応えるべき表情が分からずに、わざとらしい咳払いをして視線を逸らせる。


「照れることないのにねえ」とミアが意地悪くバーナデットへ笑いかける。


「て、照れ、てっ! 照れてなどおらニュわ!」


「おいおい、慌てすぎてキャラ設定のセリフ回しができてないぞ」とヴィノが茶化す。


「うるさい! とっとと地下六階へ進むぞ」

 トラコが歩調を速めて一人で先行する。


 残された三人はその後で顔を見合わせて忍び笑いを浮かべる。


「そ、そう言えばだな」とトラコが後ろを振り向かずに語りかける。「レベリングに付き合うのはやぶさかではないが、ひとつ私の願いも聞いてもらいたい」


「なんですか?」とバーナデットが小首を傾げる。


「大したことではないのだがな……うぉっほん」とトラコがわざとらしい咳払いをする。「その……今日、無事にクリアできた暁には……もう一度、このダンジョンを一緒に潜ってはくれまいか?」


「それは……構いませんけど」とバーナデットはミアへ同意を得るように視線を向ける。「どうしてですか? こう言ってはなんですけど、このクエストはトラコさんほどの実力者では物足りないんじゃないですか?」


「そ、それはもちろんそうなのだがな……うむ。うぉっほん」とトラコがこちらを伺うようにチラチラと振り向く。「その……な? あれだ。やはり、うん……同じパーティで行動しているのだから、つまり……その、ミアが付けている腕輪は女子全員で付けた方がよくはないだろうか? うん。そうだな、その方がパーティとして見栄えがいいだろう。うむ」


 バーナデットは再び不可解そうに首を横に曲げる。

「つまり……トラコさんも『エメラルドの腕輪』が欲しくなったのですか?」


「あっはっは。ダメだよバーナデット、そんなストレートに聞いちゃ」とミアが笑いながらバーナデットの背中を叩く。「あんだけ照れまくってんだから察してあげなさいな」


「わ……笑うことはないだろう。……わ、私だって……女子なのだぞ……」


「ごめんごめん」とミアもバツが悪そうに苦笑する。「なんか、トラコがそういうこと言うのって貴重だなあと思ってさ」


「くっ……やはりバーナデットへは内密に話をするべきだったか……」


「でも、素敵な提案だと思います」とバーナデットが言った。「約束します。このダンジョンをクリアしたら、もう一度挑戦して、こんどはトラコさんのために『エメラルドの腕輪』をゲットすることを」


「う、うむ……よろしく……頼む」


「……男は一緒に装備しちゃダメなんすかね……」

 ヴィノが後ろから小声で聞いてみるが、誰の耳にも届いていなかった。


「あっちは無事に進んでいるかなあ」とミアが頭の後ろで腕組みしながら言う。


 トラコを先頭に、一行は地下六階へと降りる階段に差し掛かった。


 ダンジョンの中では『念話ボイスチャット』もメッセージ機能も使用できない。

 ゲームとは無関係なアプリを開いて会話をしながらプレイすることも可能だが、通常は没入感を優先してゲーム内だけで完結させるのが基本的な楽しみ方である。


「ゲームを降りたという連絡が別アプリで来ない限りはプレイし続けている証拠だろう」とトラコが言う。「見たところ、あの二人も相当な手練であるはずだ。ならば少人数での立ち回り方も心得ていよう」


「だね。ラース君もヨハンも超ベテラン勢だもんね」

 ミアがバーナデットを見る。

 バーナデットは大きく肯いて、自分に気合を入れるように声を張った。


「ラースとヨハンさんには絶対に合流できます! こちらも頑張りましょう! !」


 オーっ! と女子たちの声が通路にこだまする。


「……泣くぞ? 本気で泣くぞ?」

 後ろからトボトボとついていくヴィノの悲しげな声は、女子三人の留まるところを知らない機関銃のような会話の中にまたしても掻き消えていった。

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