012 盗賊王子の紅縞瑪瑙(サード・オニキス)

■時間経過

■ヴァシラ帝国

罪人窟ざいにんくつ


 討伐依頼所バウンティ・カウンターに常設されている一般クエストから適度な難度のクエストを一覧表示する。


 バーナデット以外の全員が現在のレベル上限である八〇まで上げきっている。なので、どのクエストであっても、ほとんど苦もなくこなせてしまうのだが、レベル三五であるバーナデットに合わせて、中級者が受けるクエスト『罪人窟の宝石』を選択することにした。


「六人いれば<廃坑>で、もうちょい稼ぎのいいクエストができるんだけどね」とミアが道すがらバーナデットへ言う。


『アストラ・ブリンガー』では一パーティの最大編成人数は六名である。基本的にクエストやミッションは一人から最大人数の六人まで、自由な編成で受けることができるのだが、パーティ連携の練習用として設置されている<廃坑>のダンジョン・クエストは、六名パーティでなければ受注できないようになっている。


 人を集めるのが大変な分、中で手に入る品は――運にもよるが――レアレティが高いものが多く含まれている。

 ラース、ヨハン、ヴィノ、ミア。そしてバーナデットを入れても五名。<廃坑>へ入るためにはもう一人必要であった。


「ま、六人集めるより先に、バーナデットの装備を揃える方が大事だったけどな」とヨハンが意地悪く言う。


 ダンジョンへ入るためのチェックとして、改めてバーナデットの所持品と装備品をみんなで確認した。

 カムナが呆れたように、アイテムは薬草と毒消しが三つずつ。その他に所持しているのは女神神官ディータ・プリーストの初期装備品である『見習いのロッド』と、法衣の下に付けている『レザー・プレート』だけであった。


 所持金は千ドエル。


 心許こころもとない装備だったので、とりあえずミアが同行して所持金いっぱいで最適な武器防具を購入。残りのお金で回復系アイテムを買い足して、どうにかダンジョンに挑めるだけの体裁は整った。


「女子二人の買い物は長いねえ」とヴィノがぼやいた通り、たっぷり三〇分かけて買い物が終わった。

「ごめんごめん。法衣姿もいいけど可愛い服も着せたいなあと、あちこちお店回ってました」とミアが言った。「今度お金が貯まったら買いに行こうね」

「はい!」とバーナデットが嬉しそうに肯いた。


 <罪人窟>。


 元々は遷都される前の、政情不安定な『狂女王の時代』に、罪のある者はもちろん、ほんの少しでも意に沿わない言動をした者たちを片っ端から投獄していたために都の収容所が溢れてしまい、即席で作られた牢屋であった。

 最大で数万人規模の罪人が収容されたらしく、収容された者たちの手によって、どんどん深く掘り下げられ、やがて帝国政府すら把握できないほどの大洞窟と化していった。


「――というのが、ゲーム上の設定だ」

 <罪人窟>の入り口。ヨハンがバーナデットへ説明し終えると、いよいよ全員が戦闘態勢をとってダンジョンへ入っていく。


 前衛はレンジャーであるヨハンと、修道兵モンクのミア。その後ろに戦闘と補助をこなす吟遊詩人バードのヴィノと、最後尾に大魔導術師アーク・ウィザードのラースと女神神官ディータ・プリーストのバーナデットとなる。


 元は牢獄という設定なので、松明の代わりとなる『光魔石』という光源が等間隔に設置されていて、最低限の視界は確保されている。

 最下層は地下五十階となる広大な迷宮であるが、今回受けたクエストでは地下四階までしか降りていかない。


「目的の宝石は『盗賊王子の紅縞瑪瑙サード・オニキス』と呼ばれているものだ」とラースがクエストの目的を説明する。「地下四階の小部屋にいる固定モンスター『死霊・盗賊王子』を倒せば手に入る。そこまでに至るルートに複雑なトラップもなければ、出現するモンスターも単調な攻撃しかしてこない。今回みたいに初対面で連携を試すには丁度いいクエストだよ」


 しかし、いざ戦闘となれば複雑に設定された当たり判定のおかげで、たとえ相手が雑魚であったとしても、当たった箇所が悪ければ予想外のダメージを受けてしまう。

 上級者と言えども、油断は命取りとなる。とはいえ、ミアとヨハンがゴブリン相手に油断してダメージを受けるなんてことはほとんどなかった。


 だが、バーナデットの法術の習熟度を上げるため、という優しさから適度にダメージを受けて、治癒の術を頼むことにしている。


 うっかりクリティカル・ヒットなどを貰わないように、相手の攻撃を見極めて攻撃を受ける。


「バーナデット! 回復よろしくぅ!」とミアが元気に叫ぶ。

「はい!」

 バーナデットが買ったばかりの『白樺の聖なるロッド』を押し出すように掲げて祈りの聖句を謳いあげる。


 イルナスよ

 厳格にして博愛なる太陽の女神よ

 渺渺びょうびょうたる祈りなれど

 大海より深き信仰の証

 聖句をもって聞き届け給え

 マカーナ・リットヒ・シャイ

 癒しを施すその左手で、我らが苦難を救い給え!


 巨大な、女神のなめらかな左手が、透き通った美しい光の線で描かれて出現し、勢いよくミアを包み込む。同時に体力が回復し、その左手のエフェクトは掻き消えていく。


「っしゃあ! サンキュー!」とミアがウィンクしてみせる。

「バーナデット。こっちも頼むわ!」

 ヨハンがそう言って、一歩後退してくる。

 すかさずバーナデットが同じように回復の法術である『イルナスの癒し手』を謳いあげる。


 最初は拙い連携だったが、回数を追うごとにバーナデットの回復と支援は的確さを増していった。


 そんなバーナデットの成長を横目で見守りながら、ラースは自分の身に起きている異変についても確認することを忘れていなかった。


 何度目かの戦闘において、ゴブリンとホブゴブリンの混成八匹という大所帯との戦闘のさいに、ラースは試しに『火球』ファイロクスの魔導術を放ってみた。

 やはりその威力は上がっていて、上位の火炎系魔導術である『螺旋炎』ファイロスフィアと同レベルの攻撃力となっているのを再確認した。


 『火球』ファイロクスとは気付かずにラースの攻撃を間近で見たヨハンから「雑魚相手にオーバーキルすると属性変わるぞ」と素人みたいな注意を受けた。


 しばらく様子を見る他ないな、とラースは思った。


 今回ラースが放った魔導術での攻撃はそれだけで、あとは全体を見渡して支援に徹することにした。


 とは言え、完全にダメージ・コントロールができている前衛二人に支援することなどほとんどなかった。バーナデットの最大スキルポイントは非表示になっているのでわからないが、湯水の如く回復術を使っているので、彼女に対してスキルポイントを回復するアイテム『エーテライド』を後ろから投げ与えるくらいしかやることはなかった。


 原因が明らかになるまで、しばらく戦闘は控えよう。

 わけの分からないパワーアップなんてものは、あまり知られない方がいいだろうし、おそらくトラブルの種にしかならない。


 ……やれやれ、日銭を稼ぐのも苦労しそうだな。


 『エーテライド』をバーナデットへ投げながら、今後どうやって酒代を捻出するかを真剣に考え始めるラースであった。



■時間経過

■罪人窟

■地下四階


 パーティ一行は、とくに本気で苦戦する場面もなく、地下四階の目的の部屋の前まで辿り着いた。

 途中、ふざけすぎたヨハンのHPが一〇〇を割るという珍事が発生したものの、みんなで一斉に多投した『グリーン・ポーション』のおかげで事なきを得た。


「いくら余裕だからって、アクティブゲージの消費くらいちゃんと確認しなさいよ」

 ミアが呆れて言う。


『アストラ・ブリンガー』は戦闘行動においてアクティブゲージを消費する。基本的に消費量に比例して威力や回避行動の優劣が決まる。

 見境なく強攻撃や最速回避を続けていると、あっという間にゲージはゼロになって、歩くこと以外何もできない状態となり、アクティブゲージの表示枠に『Over Workはりきりすぎ』の文字が点灯する。


 クールタイムはランダムで決められてしまい、もっとも最長で三〇秒間、アイテムすら使えず歩いて移動する羽目になる。


 どんな手練であっても、自分の連携攻撃コンボと消費ゲージの計算を誤ると、うっかり教会送りゲームオーバーになることも珍しくない。


「さて、いよいよボスとの対面だ」とヨハンが扉をコンコンと叩く。自分が死にかけたことなどすっかり忘れて格好つけていた。


「バーナデットどう? 楽しい?」とミアが後ろを振り向く。「」


「はいっ! とっても楽しい!」と満面の笑みで応えるバーナデット。


 全員が照れくさそうに顔を見合わせる。


 そうだ。ゲームなんだ。楽しくなくちゃな。

 ラースも自然と笑みを浮かべる。彼女の周りでどんなことが起きているのか知らないが、それは彼女が望んでいることではない。

『アストラ・ブリンガー』を探すことを目的としているのも、生真面目にゲームを進行させようとしているだけなのかもしれない。


 持ち物も、戦闘経験も、ほとんど初心者に近い彼女が、クリアに必要な何がしかの情報なりアイテムなりを持っているとは思えなかった。


 いま、純粋にゲームを楽しんでいるバーナデットの笑顔は、最初に出会ったときの作り笑いが嘘のように自然である。


「開けるぜ」

 ヨハンの言葉に、全員が頷く。


 バーナデットは目を輝かせて扉の向こうを凝視していた。




■時間経過

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

■勝利の広場


 <勝利の広場>。

 帝都ヴァンシアの南の大通り<トライアンフ・ブルバード>の起点であり、交通の要所となる大交差点である。

 その一角が大きな広場となっていて、プレイヤー同士の待ち合わせ場所としてよく利用されている。

 <紅月城>の正面であり、カムナ騎士団本部もすぐ近くにあるため、ここで騒ぎを起こそうとする者はいない。もしそんなプレイヤーがいたとしたら、そいつはこの国に来て間もない旅人か、ずぶの素人かのどちらかである。


 無事に『罪人窟の宝石』をクリアしたラースたち一行は、この広場で戦利品を分け合うことにした。

 ヨハンとミアがログイン時間ギリギリとなってしまっているので、<かささぎ亭>へ戻っている時間がなかったのである。


 今回の最大の報酬品である『盗賊王子の紅縞瑪瑙サード・オニキス』は、初パーティを記念してバーナデットへ進呈された。残りの報奨金や道中拾ったアイテムなどは、それぞれ使用したアイテムとの兼ね合いで公平に分配し、誰も異論なく分け終えた。


「さて、そろそろ時間だ」そういってヨハンは手を挙げる。「またな」

「ああ、また」とラース。


 次いでミアとヴィノも同時にログアウトして、その場から光の粒子になって消えていく。

「ラースはログアウトしないのですか?」

「するよ。道具屋でちょっと買い物してからね」


 普段ほとんど使うことはない攻撃アイテム『爆裂玉』や『雷雲草』を使用できたのは在庫処理として有意義だったが、バーナデットへ投げ続けていた『エーテライド』の在庫が底をついてしまっていた。

 回復量としては最も少ないアイテムなのだが、スキルポイントの回復調整には欠かせないものでもある。


 それに、今後も彼女に投げる機会は多くあるような気がする。

 自分のスキルポイントにまったく関心を払わない、バーナデットの豪快な法術の使いっぷりを思い出して苦笑するラース。


「買い物のあとって、まだ時間ありますか?」

「ええとね……」と自分の視界の片隅に表示させている時計を見る。「買い物を済ませて、三十分くらいなら大丈夫かな」


「少し、散歩しませんか?」

「散歩?」とラースは繰り返す。

「ラース、あなたにはきちんと話さなければいけないことがあります」

「なんだい改まって。怖いな」

 先日の話の続きだろうか。ラースはバーナデットを見つめる。

「怖い話じゃありません。ミアから教わりました。」とバーナデットは右手を自分の胸元へ添える。「言葉を変えるのではなく、気持ちが変わっていくのです」


「えっと……なんの話?」

「友達の作り方です」とバーナデットがにっこりと微笑んだ。

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