第39話 楊圭side

「陀姫は七ヶ月で産まれたらしい。それも非常に健康体の赤ん坊としてな。当然、先代当主夫妻を始め一族の者が疑念をもち、調べたところ全くの赤の他人だと判明した。陀姫の本当の父親は同じ旅一座の者らしい」


「……な、なら何故、陀姫は巽家の令嬢とされているんですか?」


「陀姫の存在はかなり経ってから一族に披露したせいだ。正室が亡くなったばかりの頃だったから今の当主は後ろめたかったのだろう。存在を徹底的に隠されていたせいで対処が遅れてしまった。家の恥を外に漏らす訳にもいかず、陀姫は巽家の娘として育てられた訳だ。もっとも、本当の娘ではないので“巽家の権利”は一切持たない。アレにあるのは“巽家の現当主の娘”というだけだ」


「……で、では蔑まれていたのは……」


「偽物の姫を優遇する者はおらん。使用人も陀姫の事は察していたのだろう。それでも継室が陀姫を娘のように可愛がっていたから生母が亡くなっても屋敷に居られたのだろう。……陀姫は十八歳の誕生日に巽家から籍を抜かれる予定だったようだ。これは先代当主との約束事でな、一族の総意でもあった」


「陀姫はそのことを……」


「勿論、知っている。これは私も最近知ったが、陀姫は屋敷から追い出される事を嫌がって、兎に角、誰かと婚姻しようと躍起になっていたらしい。巽一族の男に手当たり次第に粉をかけていた。まあ、巽家の男が遠縁であっても陀姫の話は聞いていたのだろう。逆に玩具にされていたという話だ。一族内では『毒婦の娘の最後のあがきだろう。とうに純潔を失っている女など、例え名家出身だと宣っても誰も信じはしない。あの女に掛かった費用は店で稼いでもらおう』と嗤いながら会話されていたらしい」


「……」


「お前達の婚姻の時に『まさか、本家の姫君の婚約者があの女に引っ掛かるとは思わなかった』と、巽一族の男達に嘲笑混じり言われた。あの時は何の事だか分からなかったが……」

 

「……父上……わ、私はどうすれば……」


「結果から言うと、このままだ」


「え……?」


「お前達が婚姻するにあたって巽家と契約を交わしたのは覚えているか?」


「は、はい」


「その中の項目に、『如何なる理由があろうとも離縁は認めず、子供が何人出来ようとも“巽家の権利はない”ものとする。また、妻子の扱いは一切不問とする』とある。つまりだ、楊家に陀姫は移籍されている。これを作成したのは淑妃様だ。例え裁判を起こしても離縁はできん」


 その後も父上からの説明があった。

 一気に色々な事を言われたせいか、まったく頭に入ってこなかった。分かったのは、このまま陀姫との婚姻を継続し、自分の子ではない男児を我が子として養育しなければならないということ。陀姫は楊家に移籍しているので、その処置は楊家に全て任される。生死を問わず……。母上は陀姫共々産まれた子供を殺すように言っている。それを止めたのが父上だ。聞いた時はホッとした。流石に殺すのはどうかと思ったからだ。ただ、母上の怒りは凄まじいので母屋に住まわせておくことはできない。屋敷の隅にある古い建物で母子を養うことが決定した。


 そして、私の事実上の廃嫡が決まった瞬間でもあった。

 


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