第5話 後宮5
「申し訳なかった」
深々と頭を下げる彼を見て、私は慌てて止めに入った。こんな人通りのある場所で土下座は困る!!只でさえ目立っているのに。
「分かりましたから……とにかく立ってください!!」
周囲の視線が刺さっているのを痛いほど感じる。このまま放置していたら悪目立ちする一方だ。よからぬ噂話のネタにされたら溜まったものじゃない!
「とりあえず、私の部屋に来て頂戴。ここだと人目につくわ」
「うむ……」
渋々と言った感じで男は立ち上がる。私は早足で自室へと向かった。背後からは男がついて来ていることは気配で分かる。念の為、後ろを振り返り確認すると、彼は無言で首を縦に振った。どうやらついてきているようだ。
「お入りになって」
私の部屋へと入るよう促すと、躊躇することなく中に入る男。警戒心というものはないのだろうか。まぁ、人の事を言える立場じゃないけれど……。
「適当に座って待っていて。お茶を用意するわ」
「あ、ああ。ありがとう」
そう言って席に着く男を尻目に、茶器を棚から取り出し茶の準備をした。
「どうぞ」
「おお。これは、どうも……うん。美味いな」
恐縮しながらも、しっかり飲んでくれる。こういう所作は意外にも上品だった。もしかすると良家の子息なのでは?と思うほどに。
「……それで。一体何の御用ですか?」
私が問いかけると、彼は真剣な表情をして姿勢を改めた。そして静かに口を開く。
「単刀直入に聞く。お前は後宮に居たいか?」
唐突な質問に戸惑ってしまう。けれど、彼の言葉には嘘が含まれていないように思えた。きっと、これが彼の本音なのだ。直感的にそう思った。だからこそ正直な答えを言うべきだと思った。
「私は後宮から出ていきたい」
「どうしてだ?」
理由を話すと彼は納得してくれた。私を気遣ってなのか、深くは追及されなかった。そういう所は好ましいと思う。それにしてもこの男、何者なのだろう?素性も知れない相手に自分の身の上話を語るとは……。私らしくない行動だった。
巽家の娘だと知っても特に驚くことも無く、態度も一切変わらなかったせいだろうか?
それとも実家から出て自由になりたいと言って笑う事も諭す事も無かったから?
「オレはお前に危害を加えないと約束しよう。それに、もしお前が望むのであれば後宮から出た後の勤め先の手配もしてやる」
「……随分と親切なんですね」
「何。ちょっと興味があったからな……
男は笑った。まるで悪戯を思い付いた子供のように楽しげに。
「お前とは
私はこの時はまだ知る由もなかったのだ。彼との奇妙な出会いが後宮を揺るがす事件に巻き込まれるきっかけになるとは―――。
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