衝動で生きている、は誉め言葉
雷鳴と遜色ない圧を感じさせる若雷の腹の音に畏れを抱いた俺は、さながらゲリラ豪雨もしくは突発的な雷雨から逃げるように、近くのファミレスへと避難する。
平日の夕食前ともなれば客の入りもまばらで、ゆったりとした空気が流れていた。
初めて訪れるであろう店内が物珍しいのか、若雷は首の関節を痛めてしまわないかと不安になるレベルで縦横無尽に視線を巡らせている。
「はえー、凄いね! ここでご飯が食べられるの?」
「ああ、何でも好きなもの食べて良いぞ」
などと太っ腹な発言を口にしてはいるが、俺は至って普通の高校生。それでも放課後や休日を部活動などに費やしていない分、気まぐれの小遣い稼ぎで短期バイトに勤しむことも少なくないので、急な出費に耐えうるだけの蓄えはあると自負している。
若雷の腹を満たす行為が、むつみの体を取り戻す助けになるのならば、喜んで財布の中身を生贄に捧げよう。幸いにして俺は小腹が空いているもののガッツリと胃袋を満たす程ではない。ドリンクバーないしはお冷でも一向に構わない。
席に備え付けられたタッチパネルに表示されているメニューを、若雷は食い入るように見つめている。実に楽しそうで、こちらも釣られて自ずと笑顔になってしまう。
「ねえねえ、八雲。これってどんな味するの?」
「ん?」
若雷が興味を示したのはメニューのデザートページ。カラフルな色彩のパフェやアイスやケーキが所狭しと並んでいた。
「簡単に言えば……甘い」
「甘い――それは私の愛する木苺より?」
「ハッキリ言って勝負にならない」
「な……なんと……! じゃあこれにする!」
目を爛々と輝かせる若雷に急かされながら、俺は席に備え付けられたタブレットを操作する。
「じゃあ俺が注文するから、食べたいのを指差してくれ」
「えっとねー、これ!」
若雷は一番目立つ最大ボリュームのパフェを指差す。
半ば予想通りだな、と俺は微笑みながらタッチパネルを押していくが――秒で前言撤回する羽目になる。
「――と、これとこれ。あ、これも美味しそう! でもこっちも捨てがたい……むむ……じゃあどっちも!」
言われるがままに指先を繰る俺だったが、注文リストに羅列されていく品物の数々に震えが止まらなくなってきた。デザートメニューを網羅しているのではと錯覚しそうな狂ったオーダーである。
「わ、若雷……あのさ……」
震えているのは指先だけではない。俺の声もマグニチュード換算では相当な部類であろう。
「あ、八雲ってば『こんなに食べれるのか』って心配してるでしょ? 大丈夫、私は八色雷神の中で最も大食いだと言われているからね!」
一体、若雷はいくつのジャンルでトップに君臨しているのか。他にも「衝動で生きている」「何も考えずに突き進む」「癒し系」などなどの項目が該当すると思われる。
一足早く財布には冬が訪れそうだ、と自虐的な呟きを飲み込んだまま、俺は注文ボタンを押したのだった。
テーブルの上に並べられた多種多様なデザートを、若雷は感嘆の声を漏らしながら
「こ……こんな美味しいものが存在しているなんて……! 人間、侮りがたし……! 甘い、美味しい。甘い、美味しい……」
「誰も盗ったりしないから、もう少し落ち着いて食えって……口の周り汚れてるから」
スプーンを逆手で握りしめて貪り食い、口の周りをクリームでデコレーションしている若雷は、どの角度から見ても乳幼児であるが、如何せん側はむつみである。
こんな光景を知人、もしくはむつみを慕う連中に見られでもしたらちょっとした騒ぎになってしまう。
……それ以前に俺と一緒にいる時点で、まあまあのヘイトを集めそうではあるが。
流れ弾と言う自傷行為で勝手に傷ついた我が身はスルーし、紙ナプキンを手に取って若雷に渡そうとしてみたけれど、首を傾げるばかりで一向に受け取ろうとしない。
「ほら、これで口を拭けって」
「ん? んー」
「っ!?」
両目を閉じてテーブルの上に体を乗り出し、口元を突き出してくる若雷。
意図した行為ではないと分かってはいる。しかしあまりにも無防備な姿を曝け出されてしまうと、俺の自制心を試そうとしているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。
平常心……平常心……!
心を無にして機械的な動作で若雷の口元を拭う俺は、さながら近未来のヘルパーロボットに酷似していたに違いない。
「ふー、美味しかったぁ! ご馳走様でした!」
「……喜んでくれて俺も嬉しいよ」
悟られないように財布の中身をチェックする俺は、ちょっとだけ大人の階段を上った気がした。
ギリギリ手持ちの金額で乗り切れそうだと安堵する俺の耳に、とんでもない言葉が飛び込んでくる。
「満腹、満腹……! お腹いっぱいになったら暑くなってきちゃった!」
「は――? ちょ、おい」
ブレザーを勢いよく放り投げてネクタイを緩め、シャツのボタンを外し始める若雷の姿にぎょっとして頭が真っ白になる。
待て待て待て待て。公衆の面前でそんな行動を取ったら、本人はおろか同席している俺まで冷やかな目で見られてしまう。あらぬ誤解と噂が走り回った先にあるのは、社会的な死だ。
青、花柄――いや、いやいや。
脳内お花畑な若雷の行動に顔面蒼白になりながら、俺はすぐさま自分のブレザーを脱いで頭から被せることに成功する。
「わっ! なにこれ八雲!? 何の遊び!?」
人の苦労を一ミリも理解せずにはしゃぐ彼女に、怒りが湧くかと言えばノーではあるものの、この一時間足らずが今日イチで疲労が溜まったチャプターであるのは、疑いようがなかった。
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