楽な雷神なんていない
むつみが八色雷神に憑りつかれてから初めての学校も、本日の日程を消化して今は下校の時間である。
当初はどうなることかと気が気では無かったが、ホノさん以外でまともに接した最初の雷神であるサクも上手く馴染んでいたし、ちょくちょく背筋が凍る場面はあったものの、概ね順調な滑り出しだったと言える。
サクと一緒に昇降口で靴を履き替え、帰路に就く。俺もむつみも部活には所属していないため、余計な負担が掛からないのは有難かった。
「初めてのガッコ、楽しかったなー」
「そりゃ良かった。サクが予想以上に溶け込んでたから、俺は見てて安心だったよ」
「だしょだしょ? やっぱアタシすげぇ」
自分でも上手く振る舞えた自負はあるのだろう、加えて俺が太鼓判を押したことですっかり上機嫌になるサク。
バス停までは徒歩で十五分ほど掛かるので、しばらく二人で並んで歩いていたのだが、周囲に人がいなくなったのを確認したサクが俺に向かって告げる。
「んじゃアタシはそろそろ戻ろっかなー」
言うまでもなくサクの発言が意味するのは、帰宅の意味合いではない。表に出ている状態から、別の人格にバトンタッチしてむつみの中に戻ることを差している。
「――今日はありがとな。んじゃまた」
「にひひ、次に会うのを楽しみにしてんよ――と。そうだ、八雲っち」
足を止めたサクが、改まった様子で切り出す。
「今日一日、一緒にいて思ったけどさー、八雲っちはもっと自分に自信を持った方が良いんじゃね?」
「…………自信」
「アタシは人の心までは読めんからさ、八雲っちの抱えるコンプがどんなもんかは分からんよ? けどさー、もうちょい自分を好きになっても良くね? っては思った」
内に秘めているコンプレックスを明け透けに話した覚えはないので、きっと会話の内容や立ち振る舞いから推測したものであろう。
にもかかわらずサクの指摘は大筋で的を得ていた。丸わかりで隠す気もない劣等感。格好悪いったらありゃしない。
「八雲っちは、自分が思ってる以上にイイオトコだぜぃ? ちょっち暗いし、不器用だし、言葉が足んないけどねー」
「……っ、サク――」
口の片端を釣り上げて、サクが言う。
思いもよらぬ発言を死角から投げつけられた俺は、苦し紛れに彼女の名を呼んだものの、人気のない通りに響いた雷鳴にかき消されてしまうのだった。
――バチィ!
「……言い逃げかよ」
自嘲気味な俺の呟きは、きっとサクには届いていない。どうにも締まらないものである。
――などと感傷に浸っている場合ではない。
表に出ていたサクが引っ込んだということは、別の雷神が現れているのだ。
ホノさんがコントロールしてくれているので、こんな街中で危険度が星三つの雷神にバトンタッチはあり得ないと思うが……用心しておいて損はない。
突っ立ったまま目を閉じて、ピクリとも動かないむつみの肩を軽く叩いてみると、鈍く反応した後に目を大きく見開いた。
「――おぉ!? これが人間の体!? 初めて――いや二回目か」
サクとは雰囲気がガラリと変わり、甲高くやや舌っ足らずな口調は聞き覚えがあった。
恐らく彼女は、ホノさんの言っていた友好的な雷神――
「……
「あっ! 八雲だ! ちゃんと初めましてするのは初めましてだね! その通り、私が若雷でっす!」
おでこに手を当てて舌を出し、ヘンテコなポーズを決める若雷。文法も若干怪しい。
これはまた……接し方に困るタイプであると、俺の第一印象が告げている。
「ふふふ、ようやく私も外に出てこられたよ。これで思う存分――」
「思う存分?」
「八雲と遊べるねっ!」
「!?」
言うが早いか、正面きって躊躇も遠慮もなく力任せに抱き着いてくる若雷。
突然の事態に、俺の頭の中は真っ白になってしまう。
人格は若雷だとしても、外側はむつみである。
俺と同じ十七才で、学校内でも絶大な人気を誇る容姿を持ち、年を重ねるごとに綺麗になっていく八重垣むつみ――その人なのである。
健全な男子高校生にしてみれば、この状況で平常心を保つなど不可能に近い……が。
むつみの理解が及ばぬのをいいことに、鼻の下を伸ばすなど――非常に柔らかいんですが!
愚の骨頂、ただのクズ野郎である。俺は人としての――すげぇ良い匂いが!
尊厳を失いたくはない――やかましいな、心の声。
「ちょちょちょ、若雷! 一旦離れよう!?」
「えー? なんでー?」
若雷は俺の首筋に顔を埋めたまま、モゴモゴと返答する。似通った背丈が災いし、理性は跡形もなく粉砕しそうだったが、己の唇を噛み感覚を痛みで上書きし、力任せに彼女を引き離す。
「あのな、若雷。雷神のコミュニケーションがどうかは知らないが、人間――特に男女はホイホイと身体的接触をするべきじゃないんだ」
「……なるほろ」
アホの子丸出しな感じで口を開けてフリーズする若雷。絶対理解してないな。
かなり噛み砕いて諭したつもりだったが、まだ足りないのか。これ以上手を加えると離乳食レベルになってしまうぞ。
「分かったよ、分からないけど分かったよ」
「最高に頭の悪い五七五を耳にした気がする」
「私は八色雷神の中で、最も物分かりが良いと言われているからね」
「そっか……」
きっと悪気は一切なく、脊髄反射で会話してるタイプだな。
良い子なのは伝わってくるが、メチャクチャ疲れる。サクの変幻自在のアクトレスっぷりはとんでもないレベルだったと今更ながらに痛感していた。
「まあ、とりあえず今日のところは帰ろうぜ――」
と帰宅を促す俺だったが、俄かに雷鳴のような轟音が響き、身構えてしまう。
まさか――また入れ替わりなのか。
固唾を飲む俺をよそに、若雷が照れくさそうに呟く。
「……八雲、お腹空いた」
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