雷神と蛇神
有名な観光スポットほど地元の人間は訪れない、というのが常ではある。
俺も遊馬さんに聞いて初めて知ったのだが、例の神社はイザナギとイザナミを主祭神とする知る人ぞ知る神社で、縁結びや安産祈願のパワースポットとして広く認知されているらしい。
その割にはいつも閑散としている印象が拭えない。日本における最高ランクの神様を
「……古来から、人は蛇を恐れ敬い暮らしてきた。日本だけに限らず、世界各国同様にね。蛇を神様として崇めるエピソードには枚挙に暇がない。有名どころではギリシャ神話の医療神、アスクレピオスの杖かな。もっと身近に言えばWHO――世界保健機関のシンボルマークにもなっている。これは蛇の持つ脱皮という特性が、治癒や再生といったものと結びついた為だと考えられている」
日本国内に目を向けても、蛇にまつわる神様や関連したエピソードは山のようにあって、逐一拾い上げていくとキリがないので、興味があれば調べて調べてみると良いと遊馬さん。
黙って聞いていた俺だったが、ふと疑問が湧いたので言葉にしてみた。
「話を根本から引っくり返すようでアレなんですけど……蛇っていうのは個人的に悪者のイメージがあったというか……ホノさん、すみません」
言いながら、まさに蛇神様が横にいるのをすっかり忘れていた。
咄嗟に謝罪を口にすると、ホノさんはやんわりと微笑んで器の大きさを見せつけてくる。
「ふふ、八雲くんの感想は決して間違ってないわ。そもそもの私たち八色雷神だって言ってみればイザナギを追い回す悪役そのものだし、有名なヤマタノオロチも同じくね。まあ、この辺は遊馬さんが説明してくれるかしら?」
ホノさんに促され、遊馬さんは俺の質問に答えてくれる。
「やれやれ……蛇神様を前にして講釈を垂れるのは、いささか気恥ずかしいものがあるけれど――二人が言ったように、蛇は悪者とされるイメージを持っているのも事実だ。代表的なところではアダムとイブの話だね。エデンの園にある知恵の実を食べるよう、イブを唆したのが蛇だ。所説あるが、これはサタンが姿を変えていたとも言われている――とまあ、回りくどい話はやめにしよう。詰まるところ蛇――引いては神様というのはね、多様性を持っているという事が挙げられる」
多様性。
つまりは色々な側面を持っているということで。崇められたり忌避の対象だったり、随分と忙しいものである。
「
「……いやいや、ぶっちゃけ過ぎでは」
仮にも民俗学を学ぶ立場の人間から発せられた言葉とは思えないセリフに、俺は呆然としてしまう。
ホノさんも呆れているのではと横目で窺って見れば、微笑みを崩さず頷いているではないか。
「遊馬さんの仰る通りよ、八雲くん。いい加減で気まぐれ――それこそが神の神たる
決められたパターンや行動原理でしか動かない神様。Aという行動をすればBというご利益がある。Cという行動をすればDというバチが当たる――まるで決められたプログラミング通りにルーチンワークをこなすロボットのように。
表現がべらぼうに悪いことを承知で言わせて貰えれば、自動販売機と大差がない。
神様の怒りを買わない為に、人々が連綿と受け継いできたルールやしきたりが存在しているのも事実だが、そこに絶対はない。
人知を超えた存在で、俺たちの理解の範疇を軽く飛び越えた先の存在。
だからこそ、畏れる。
だからこそ、恐れる。
「……何となく、お二人の言いたいことが分かった気がします。でも、だったら――どうして、むつみは」
フラッシュバックするのは、神社での落雷の瞬間。むつみの静止に耳を貸さずに俺が振り返ってしまった結果、彼女は雷神に憑りつかれた。
ホノさんたちの正体が八色雷神である以上、どうしても結びつきや因果関係を見出せずにはいられないのが、イザナギとイザナミの神話である。
これが――偶然? 神様の気まぐれ?
どれだけ理由をこじつけようと試みたところで、根こそぎ不発に終わっていってしまう。
「……俺が、あそこで振り向きさえしなれければ……むつみは」
「ふむ。八雲くんの意見はもっともだ――が。私にはどうしても、それがトリガーになったとは考えられないねぇ。何か他にも理由がある気がする……どう思います、火雷さん?」
遊馬さんからの問い掛けにホノさんは無表情のまましばらく固まり、珍しくレスポンスが遅れる。やがて瞬き二回分くらいの
「……申し訳ありません。八雲くんには神社でも伝えましたが、神話との関連性がどこまであるのかは、私にも見当が付きません」
ホノさんは申し訳なさそうに俯いて、静かに頭を振る。
「むつみさんに憑りつくと決めたのは、恐らく
あのやたらと偉そうな喋り方をしていたのが、大雷か。彼女が今回の件についての鍵を握っているというのなら、いずれ相対する必要はある。
……でもホノさんと比べて、話なんか全く通じそうな雰囲気ではなかったぞ。
「理由については追って考えるとして、次は――むつみの生活についてかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます