第7話 見たくない光景

 あれから一ヶ月程が経つが、私は居心地の悪さを感じていた。

 周囲の生徒達からは憐れみの視線を向けられ、今の私は遠ざけられている存在だった。

 私に近づけば、ミレーユの次のターゲットにされてしまう可能性があるからだ。

 その気持ちも分かるので怒るつもりは無い。


 誰からも話しかけられず、婚約者に近づくことすら許されない。

 今の私は完全に孤立している。

 この気持ちを誰にも打ち明けられず心の中にしまい込んでいると、不満が蓄積されて気分がどんどん沈んでいってしまう。


 あとどれだけ我慢すればいいのかも分からない。

 終わりの見えない悪夢に、心が折れてしまいそうになる。


 そんな中、狙ったようにミレーユは私の前に現れる。

 今日もロジェの腕に抱きつき、まるで恋人であるかのように体を寄せ合って。

 何度もこの光景を見せつけられているが、慣れることは無かった。

 不快感に包まれ、私は表情を曇らせる。


(もう一ヶ月も経つのに、なんでまだ諦めてくれないの? 私、いつまで我慢したらいいのかな。もうこんなのやだ……)


 私が弱気な事を考えていると、ミレーユは私に気付きこちらに近づいてきた。

 そして私の目の前で立ち止まると、鋭い視線を向けて来た。

 睨みつけるかのように。


「ねえ、いつになったらロジェを解放してくれるの? 彼は今、私のモノなの。この意味分かるわよね?」

「……っ」


 ミレーユは大げさに困ったようにため息を漏らした。

 私は唇を噛みしめ、押し黙ることしか出来ない。

 ロジェとの婚約を白紙に戻すつもりもないし、今反論すればミレーユの思う壺だ。


「ミレーユ様、彼女のことは放っておいてください。僕が今お慕いしているのは貴女様なのですから」

「ええ、それは分かっているわ。ロジェ、私のことは『ミレーユ』と呼んでといつもお願いしているでしょ。私達はそれくらい親しい仲なのだから」


「それはっ……」


 ロジェと視線が絡むと、戸惑った顔をして私から視線を逸らした。


「言って。これは命令よ」

「分かりました、ミレーユ」


 ロジェの言葉を聞くと、ミレーユは満足そうに微笑んだ。

 私の中に許せないという怒りの感情が芽生えていく。

 気付けばミレーユを睨み付けていた。


「ふふっ、どうしたの? そんなに怖い顔をして。ああ、恋人に裏切られて傷付いたの? 嫉妬って怖いわね、ロジェ」

「……ああ」


 ロジェはどこか悲しそうな顔に見えた。

 無理やり言わされていることは分かっている。

 だけど胸が苦しくて堪らない。


 私は掌をぎゅっときつく握りしめた。

 ミレーユが王女で無ければこの場で文句を言って、今すぐにでもロジェを取り返すのに。

 それが出来ないもどかしさに泣きたくなる。


 そんな時だった。


「姉上、まだ懲りずに悪趣味な事を続けているのですか。全く呆れた人だ」


 背後から冷め切った低い声が響いた。

 私が振り返るとそこにはエルネストの姿があった。


「……っ、私に何か用?」

「騒ぎを起こしていると聞いたから、忠告に来た。そんなことをしても何の意味もないと」


 ミレーユは気分が害されたか、トーンの低い声で呟く。

 それに対してエルネストは淡々とした口調で続ける。


「何をしても婚約の件はくつがえることはない。父上は姉上を見限った。表向きは政略結婚ということになっているが、実際は姉上を自分の目の前から消し去るための処置だ。王家に散々恥の上塗りをしてきたのだから当然だな」

「なっ! そ、そんなはずはないわっ! 私はお父様に愛されているもの」


「本気でそんなことを思っているのか? だとしたら姉上の頭の中は空っぽなんだな。本当に憐れな人間とは姉上みたいな者のことを言うのだろうな」

「どういう意味よ」


「少しは無い頭で考えてみればいい。フェリシア嬢、こんな姉上の相手をしていても何の意味も無い。行こうか」

「え? ……は、はいっ」


 ミレーユに向けられた感情の無い冷めた声とは違い、穏やかな声を私にかけるとエルネストは私の手を取った。

 突然エルネストに手を握られドキッとしてしまう。

 私は戸惑いながらも小さく頷き、その場を後にした。


 エルネストはあの場から私を助け出してくれた。

 二人の姿をこれ以上見たくはなかったので、連れ出してくれたエルネストには感謝した。

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