第2話 心強い協力者
私は激しく戸惑っていた。
するとゆっくりとエルネストの頭は戻っていき、再び視線が絡む。
(殿下、そんな簡単に頭なんか下げないでくださいっ)
今の私はこの場から直ぐにでも逃げ出したいくらい、緊張している。
目が合ってしまったが、直ぐにでも逸らしたい。
だけどそれが出来ないから困っている、と言ったような状況だろう。
私の様子を見ていたエルネストの元から「ぷっ」と小さな笑い声が聞こえた。
「……!?」
(わ、笑われた!?)
「あ、すまない。君が余りにも動揺していて。なんていうか、まるで小動物みたいで可愛らしいな、と思ってしまった」
「しょ、小動物……ですか?」
そんなことを突然言われ、更に私はどうしていいのか分からなくなる。
エルネストは私の態度を見て今度は「ごほん」と小さく咳払いをした。
次は何を言われるのだろうと、私はヒヤヒヤしながら待っていた。
「話しを戻そうか。姉上が君の婚約者に手を出したのは、恐らくその場の気まぐれなのだろう。暫く大人しくしていたら直ぐに手を引くはずだと思う」
「き、気まぐれ……?気まぐれで、あんなことを言うんですか?」
思いも寄らなかった答えを聞いて、私はきょとんとしてしまう。
「あの人が考えることは私にも理解出来ない。だけど本気で君の婚約者を奪おうだなんて思ってはいないはずだ」
「どうして、そうはっきり言い切れるんですか? ……あんな態度を見せつけられて、そんな簡単になんて信じられません」
あの日を境にして、ミレーユはロジェにべったりだ。
私は近づくことすら許されないのに。
それが私の不安を煽り、心を掻き乱す原因になっている。
「……実はな。姉上の婚約は決まっているんだ」
「え……?」
エルネストは静かに答えた。
私はその言葉を聞いて表情が青ざめていく。
(う、そ……)
「悪い。言い方が悪かったな。姉上と婚約が決まっているのは、同盟を結んでいる国の第三王子だ。君の婚約者ではないよ」
「……っ!! ほ、本当ですか?」
ミレーユの婚約相手がロジェじゃないと聞いて、ひとまずほっとした。
(それなら、どうしてロジェにあんなこと言ったんだろう)
「ああ、本当だ。これで少しは安心してもらえそうか? 実はこれには王命も絡んでいる。姉上に拒否権など無いも同然なんだ。だから君の婚約者とどうこうなる心配は無いと思うんだが……」
「……?」
エルネストは言い終わった後、苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。
「先程も話した通り、姉上の考えは突飛過ぎて予想がつかない。だけどこちらとしてもこれ以上あの人の悪評を広めるわけにはいかない。婚約が破談にでもされたら困るからな」
エルネストの話しを聞いていると、これは間違いなく政略結婚なのだろう。
王族が他国に嫁ぐことは決して珍しいことではない。
このままミレーユが隣国の王子の元に嫁いでくれれば、私はロジェと離れなくて済む。
婚約もこのまま継続出来るし、その後結婚も可能になる。
「このまま放っておいたら、王女殿下はロジェを諦めてくれるのでしょうか」
「恐らくはな……。あの人は飽きるのも早いから」
本当に迷惑な人だと思った。
気まぐれだけで私達の仲を引き裂こうとして、人の心を弄ぶなんて最低だ。
「君達を巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。恥ずかしい話しだが、今まで何度注意しても姉上は人の話を全く聞こうとはせず説得は無理だった。だけど今回ばかりは目を瞑ることは出来ない。出来る限り君の力になるよ。元はと言えばこちらの問題でもあるからな」
エルネストは力になると言ってくれた。
その言葉のおかげで、少しだけ私の心から不安の気持ちが薄れていった。
王子であるエルネストが力になってくれれば、きっとミレーユに太刀打ち出来ると思ったからだ。
「あの、私はどうしたらいいんでしょうか?」
「悪いが、もう少しだけ我慢してもらえないか?暫く様子を見て変化が起きないようならこちらも策を考える」
『もう少し』という言葉を聞いて私の表情は曇った。
本当はもう我慢なんてしたくはない。
直ぐにでもロジェの傍にいって、存在を確かめるようにぎゅっと抱きしめて欲しい。
私に向けてくれる、あの優しい笑顔をみたい。
(ロジェを取り返すための我慢なら、仕方ないよね)
「……分かりました」
「フェリシア嬢が寛大な心の持ち主で助かったよ。ありがとう、感謝する」
エルネストと初めて話したが、ミレーユとは真逆だった。
ちゃんと周りのことが見えているし、温厚で紳士的に見えた。
私に頭を下げて来たのには驚いてしまったが、きっとエルネスト側の事情も色々とあるのだろう。
私達が話し終える頃には、ロジェ達の姿も消えていた。
(教室に戻ろう……)
***
私は来た道を戻り、廊下を一人歩いて行く。
少しだけ希望が見えて来たので、表情も先程よりは明るくなっているのかもしれない。
既に廊下から生徒の姿は消えていた。
ここの通路脇にある部屋は移動教室で使う場所なのだが、今日は静かだった。
恐らくこの時間の授業はないのだろう。
直に次の授業を知らせる予鈴が鳴り響くはずだ。
私は足早に廊下を進んでいく。
そんな時だった。
突然ぐいっと強引に腕を掴まれ、教室の中へと引っ張られる。
急なことで抵抗する間もなかった。
「きゃっ……んんっ!!」
私が叫び声を上げようとすると、口元を手で押さえつけられる。
背後から体を抑えられていたが、私は必死に抵抗を試みた。
(な、何!? 嫌、怖い……。逃げなきゃっ!!)
私の頭の中は混乱していた。
ただ、とにかく逃げなければという思いだけだった。
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