綿菓子

具ひじ

第1話

 私は多分、変だ。

 オシャレをするのも友達と何かするのも好きだけど、胸がドキドキするのは話したこともない一人の女の子だ。

 教室の端から友達と楽しそうに笑っている彼女をモヤッとした気持ちで眺める。

 きめ細やかな肌にクローバーのヘヤピンで分けられたサラサラの黒髪。

 憧れのパッチリと開いた綺麗な目。

 好きだ。友達としてではなく、異性として。

 (話してみたい……)

 何回思ったか分からない願望を胸に押し込む。

 (手紙、出してみようかな……)

 算数の勉強をするフリをしてノートを開く。

 (まずは、挨拶からかな……)

 廊下から聞こえる男子の騒がしい叫び声を無視し、お気に入りの鉛筆を取り出す。

 こんにちは――

 そうして、描き終わった頃にはお気に入りの鉛筆は10cm程無くなっていた。


 帰りの会が終わり、皆がランドセルを持って家に帰る。

 下駄箱で彼女の後ろ姿が目に入る。

 (あぁ、やっぱり綺麗。)

 30m程離れて後ろを歩く。

 いつものポストを通り過ぎ、階段を上がり、見たことのない雑貨屋を素通りする。

 「ここ、どこ?」

 歩くのを止め立ち止まったその時にはもう遅い。

 私は今、知らない大人がいて知らない場所で立ち尽くしている。

 「どうしよう……」


 ブランコが好きだ。ただ揺れているだけで時間が溶けて何もかも忘れるから。

 一漕ぎ、二漕ぎしていると帰りのアナウンスが町内中に響き渡る。

 その声量にびっくりしたのかカラスが大声で飛び立っていく。

 徐々に漕ぐ気力も無くなって、ブランコの振り幅が小さくなってく。

 美味しそうなカレーの匂いと共に3人の家族が目に映る。

 止まったブランコが小刻みに揺れる。

 握っていた手が震えて俯いたスカートの上に涙が一粒、二粒と降ってくる。

 「うわぁぁぁぁ〜〜」

 大声で泣いた。少なくとも今の私には広すぎるぐらいの公園に響き渡るぐらいには。

 「美樹ちゃん?」

 上から声が降ってくる。

 何度もその声と話してたいと思っていた声がすぐ隣から聞こえる。

 あぁ、最悪だ……

 涙は止まらないけれど、気持ちが“怖い”から“恐怖”に変わった。


 早く逃げたい。

 恥ずかしい。

 「この道を抜けたら新生町だよ。」

 飴細工みたいに綺麗な指で私の住んでいる街を指してくれる。

 目が赤くなった酷い顔を隠すように俯きながらお辞儀をする。

 「ありがとう、空美ちゃん。」

 柄にも無く大股で一歩を踏み出す。

 「待って!」

 後ろから精一杯の大声で呼び止められる。

 私の影とあの子が重なり、振り向いた私の手を強引に掴み、握る。

 「これ、あげる。」

 掴まれた右手には、いちご飴が二個置かれていた。

 「私ね、甘いものが好きなんだ。だから辛くなったり、困ったときは飴を食べて忘れるの。」

 夕焼けに照らされた天使みたいな笑顔で優しく言ってくれる。

 「だからさ、これ食べてまた明日、学校であそぼ!」

 もう一度溢れそうになった涙を必死に抑え、私は何回も頷いた。


 教室にはまだ誰もいない。

 今日も汚くなった花瓶の水を変える。

 そんな変わらない日常でも全てが楽しい。

 そう思えるのは絶対にあの子のお陰だ。

 変え終えた花瓶には持ってきたアガパンサスの良い香りが漂う。

 「おはよ!美樹ちゃん。」

 後ろから肩をトントンと叩かれる。

 「空美ちゃん!おはよ!」

 あの日から2日、私達はお互いの趣味が分かるくらいには仲良くなっていた。

 「きれいだね、そのお花。」

 「うん、好きなんだ。」

 「じゃあ、私も好き〜。」

 “好き”何気無いその一言にドキッとしてしまう。

 その言葉を私も言いたい。けど、やっぱりまだ言えない。

 「それじゃあ今度はもっと、い〜っぱいもってくるね!」

 「ほんと!?約束だよ!」

 私は頷き、約束の指切りをした。


 今日の教室はやけに賑わっている。

 理由は皆が知っている土曜日のお祭りの話だ。

 そんな私も例外では無い。

 (美樹ちゃんと一緒に行きたい。)

 チラッと遠くで友達に囲まれている美樹ちゃんが見える。

 ため息をついて教室を出る。

(もう、誰かと約束してるよね……)

 蒸し暑い廊下をただ歩き回る。

 (他の人と一緒に行く?)

 (嫌だ、空美ちゃんと一緒が良い!!)

 歩くのが少し早くなる。

 (でも一緒に行けないのはもっと嫌……)

 蝉時雨が鳴り止むと共に私の足も止まる。

 (やっぱり、言おう!)

(せっかく、仲良くなったんだし!)

 キュっと回れ右をして、あの子の元へ走る。

 (いた!空美ちゃん!)

 空美ちゃんを囲んでいる友達にも聞こえるように、いつもより大きな声で言う。

 「空美ちゃん!」

 全員が私の方を振り向く。

 ある人は興味、ある人は嫉妬、それぞれ気持ちを瞳に込めて私を見てくる。

 「あ!あのさ、土曜日のお祭り、一緒に行かない?」

 不安と緊張の十秒間夏の暑さとはべつの汗をかいていた。

 「う、うーん、ごめんね。もう他の人と約束してるんだ。」

 さっきまでの緊張が嘘のように無くなり、私はただ一言、ただの会話として残るように返した。

 「そ……っか、分かった!ごめんね、急に言って。」

 再び蝉がうるさく鳴き始める。

 私は早歩きで教室に戻った。


 今日は、水を変えなかった。変える気力が無かった。

 ただ、誰も居ない教室で電気も付けずに座っている。

 「おはよ、美樹ちゃん!」

 空っぽの教室に元気な声が響き渡る。

 空美ちゃんだ。

 「おはよ、空美ちゃん。」

 出来る限り目を合わせ、いつも通りの笑顔をする。

 「?空美ちゃん、今日はヘヤピンつけてないんだね。」

 バッと前髪を抑え確認する。

 「今日はちょっと忘れちゃって。」

 変だ。一度も外したことが無かったのに。

 その日一日中、空美ちゃんは何処か上の空だった。

 下駄箱で空美ちゃんの綺麗な黒髪が目に映る。

 今日は他の子も一緒みたいだ。

 話しかけるか迷った。

 また断られたら嫌だったから。

 けど、それよりも空美ちゃんが心配だったから。

 「ねぇ!一緒に帰ろ!空美ちゃん!」

 他の子達の目が刺さる。

 昨日と違い、ムカつきが入ってる。

 「お願い!今日だけ!」

 他の子たちが顔を見合わせ、一人が反撃してくる。

 「ねぇ、昨日から何なの?ウザいんだけど!」

 それに続き、穴が開いたボートみたいにどんどんと言葉が向かってくる。

 「い、いいじゃん今日位一緒に帰っても!」

 「今日は私達と一緒に帰る約束なの!邪魔!!」

 そんな言い争いが十分間、先生が止めに来るまで続いた。


 前と同じ夕暮れ時、空美ちゃんが隣で歩いている。

 「ねぇ、何であんなこと言ったの?」

 「ごめんね、でもこれ渡したくて。」

 そう言うと私はスカートから甘い香りがする、あれを取り出した。

 「いちご飴?」

 手のひらに置いた、いちご飴を空美ちゃんに見せる。

 「うん、何だか今日空美ちゃん元気が無かったから心配で……」

 「ごめんね、我が儘いって。」

 やっぱり何かあったのか空美ちゃんは目に涙を貯める。

 「ううん、ありがとう!美希ちゃん!」

 友達が減った水曜日、私は天使のような笑顔がまた見れた。


 縁石に登り鉄骨渡りみたいに空美ちゃんが歩いていく。

 「あのさ、美樹ちゃん。」

 少しだけ間を置きながら言う。

 「もし良かったら、でいいんだけどさ」

 夕日を半分身体で受けながら少し震えた声で言う。

 「土曜日のお祭り、一緒に行かない?」

 思いもしなかった言葉にあっけなく“うん”と答えてしまった。


 家に帰って、じわじわと上がってきた高揚を抑えきれずに緩みきった笑顔でロッカーを開ける。

 (どうしよう!どうしよう!何着ていこう!?)

 お気に入りのワンピースを取り出す。

 (子供っぽいかな?それともこっち?)

 ちょっと高かったフリルの服を体に合わせる。

 (空美ちゃん、青色が好きって言ってたよね……)

 すぐさま、貯金箱に手を伸ばし、蓋を開ける。

 (明日、色々買いに行こう。)


 帰りの会が終わった後、私は勢いよく教室を飛び出た。

 まずはリップを買いに行った。

 欲しかった薄めのピンク色を一本買った。

 次に文房具屋で青色の便箋を買いに行った。

 空美ちゃんにプレゼントするために作ったマカロンと一緒に手紙を一緒に出そう。

 服はお気に入りのワンピースで行こう。

 和服より洋服が好きだと言ってたから。

 手鏡は必須だ。髪型が変にならないように。

 告白しよう。噂であったハート型の花火の下で。

 私の冷めることのない興奮は祭り当日にも続いていた。


 まだ、明るい。2匹程の蝉の鳴き声が待ち合わせ場所に聞こえる。

 集合時間まで後三十分、お母さんに買ってもらった手鏡で髪型と今日の為に買ったリップを塗る。

 猫の小銭入れには前借りした100円玉が五枚入っている。

 周りに人が多くなってきた頃、横から声がけ掛けられる。

 「美樹ちゃん、待った?」

 フリルのついた可愛い赤色の服で空美ちゃんは言ってくれる。

 「う、ううん、全然!行こ!」

 来てくれたことが嬉しくてて、つい声が大きくなる。

 「うん!行こ!」

 そう言うと、私達は手を繋いで祭りに向かった。


 提灯がオレンジ色に淡く光っている。

 大きい大人の足元をするすると抜け屋台を回る。

 「ねぇ、今度はあれやろ!」

 綺麗な指で指したのはヨーヨー釣り。

 前の親子が早く終わったのですぐに順番が回ってきた。

 狙うは青色。慎重にこよりをたらし引き上げる。

 「あっ」

 呆気なく私のこよりは千切れた。

 空美ちゃんは赤色を一つ取って終わった。

 「これ、あげる。」

 柔らかい笑顔で赤色のヨーヨーを差し出す。

 「赤色、好きだったでしょ?」

 空美ちゃんが“私の好きな色を覚えていてくれた”それだけで、嬉しくてたまらない。

 「あ、ありがとう!!大切にするね!!」

 「その代わりにさ、私の悩む事聞いてくれない?」

 煙とともに焼きそばの香ばしい香りが漂ってくる。

 「うん、何でも聞いて!!」

 正直、空美ちゃんと話せるなら何でも良かった。

 貰ったヨーヨーを大事に指に掛ける。

 「ふふっ、ありがと美樹ちゃん。」

 流れる人混みの中、美樹ちゃんは信頼しているのかスッと言った。

 「私ね、優斗くんが好きなんだ。」

 「えっ」

 あまりにも呆気なく終わった初恋に脳が追いついていない。

 隣で恥ずかしながらも楽しそうに話している、美樹ちゃんを見て私は逃げ出すように言う。

 「ご、ごめん、私トイレ!」

 逆方向に走り出す。

 目の前なんか見えていない。

 大人の足に何度も当たる。

 (……あぁ……)

 着てきたワンピースを踏んで転ぶ。

 転んだ所から血が出て、白いワンピースが赤く滲む。

 (あぁあああ……あぁあ……)

 目に涙が溜まって、景色が歪む。

 痛かったからじゃない、受け入れたくなかったから。

 提灯の灯りも和太鼓の音も届かない路地裏に私は辿り着いた。

 「ああああああああ!!!」

 きっと時間にしたら5分位、その間私は一生分の涙を流した。


 お気に入りの服は汚れた。

 作ってきたマカロンと手紙はぐしゃぐしゃになった。

 セットしてきた前髪も台無しだ。

 ふと街灯の光を一身に受けた赤色のヨーヨーが目に入る。

 カッとなってヨーヨーを上に振り下ろす。

 ヨーヨーは頭上で止まりゆっくりと手のひらで落ちていった。

 「出来ないよ……あの子からもらったんだもん……」

 どうにも出来ない涙が二粒、赤色のヨーヨーの上に落ちる。

 私の初恋は終わった。けど、あの子が好きな事は変わらない。

 あの子に好きになってもらいたい。

 私は乱暴に顔を擦り、少し割れた手鏡を見ながら丁寧にリップを塗り直した。


 提灯がキレイに灯りを点けて並んでいる。

 その下、出来るだけオシャレをしてあの子の隣に並ぶ。

 「本当に大丈夫なんだね!?」

 空美ちゃんの髪は少し濡れている。

 あの後私を心配して祭り会場中捜し回ってくれたらしい。

 「う、うん、大丈夫だよ。」

 「なら良いけど……」

 私はマカロンの代わりにあるものを見つけた。

 「ねぇ、ちょっとだけ待ってて」

 そういうと私はある屋台へ向かった。


 あの日貰った飴玉と同じピンク色。

 あの子が私を好きになることは無いけど好きになって欲しいから。

 私は綺麗なピンク色の綿菓子をあの子に手渡した。

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綿菓子 具ひじ @guhizi

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