【03-11】たくさんの正義がぶつかり合っていく

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『吸血機関反対』『売血は個人の尊厳を踏みにじる』『血税政策を許すな』『血税党は国民を消耗品にした』『我々は血液公社の商品じゃない』『淡海府は犯罪の街』『太陽の時代を取り戻せ』『地球と人類の調和を』などなど。

 南区を縦断する中央通りでは大規模なデモ隊がプラカードをや横断幕を掲げて声高にシュプレヒコールを叫んでいた。事前通達があり認可されたデモ行進ではあるが、主要道路の交通規制のおかげで各所に影響が出てどこもかしこも大渋滞。かなり早めに血税局を出発したものの、わたしたちの車はなかなか東南区域の目標地点まで辿り着けなかった。車よりも歩いたほうが速そうだと、怒気を孕んだパレードを横目に見ながら思った。各所で警備する警保局と衝突する人間もいれば、血税賛成派から飛んできたヤジに突撃して行く者もいた。

「淡海府への移住は血税への参加が条件だから、反対派のあの人たちは府外からわざわざやってきたんですか?」

 わたしは後部座席からシート越しにエンジさんに疑問を投げる。

「そうだろうよ。IISは未登録情報の分析に大忙しみたいだ。ま、大方が超自然派環境保護団体の【ガイア群体統一機構】だろう。元々は無農薬農業のコミュニティが、段々と攻撃的な思想に染まっていったらしい。比良ギショウって特A級の思想犯が関わっているらしく、公安合同特捜部が必死に捜査中だ。暴走する正義ほど歯止めが利かないぜ」

 運転席のエンジさんは前進の気配がないことに苛立ち、諦めてサイドブレーキを引いた。

「でも、吸血機関がなければエネルギー不足の日蝕時代に戻っちゃいますよね? 本気で要らないって思ってるんでしょうか?」

「そこまで考えちゃいないさ。真面目な顔してる人間は半分もいない。残りは活動に参加してる自分に酔っているだけさ。反対だけして対案は出さない。とにかく政府や社会の不満に声を上げていれば、人生がうまくいかないのが自分の責任じゃなくなる。考えるのをやめたら楽になれるのさ」

「楽して生きたいぜ~」

 助手席のスオウさんが座席を思いっきりリクライニングすると真後ろに座るナデシコが押しつぶされた。

「おいやめろ! 死ね!」

 反発してドカドカと座席を蹴る。いや、あなたたちヴァンプロイドはもう死んでるからね。

「火力発電は地球温暖化の原因だ。原子力は人体に危険だ。水力のダム建設は自然破壊だ。ソーラーパネルは廃棄コストが。風力はバードストライクが。吸血機関がない時代からあーだこーだ似たようなことを言い続けてきたのさ」

「じゃあもう電気を使わない生活しかないじゃないですか」

「そういうことに挑戦する人種もいただろうな。が、その他大勢は結局不便や不幸の原因を誰かのせいにしたがるのさ。最初から解決する気なんてないんだよ。どんなことでも犠牲は生じる。リスクを受ける覚悟が要る。吸血機関で増えた犯罪は俺たち血税局が尻を拭うんだ。……だから、頼むから仕事させてくれえ」

 願ったところで、やはり渋滞は解消されない。エンジさんは息苦しそうな表情で煙草を取り出す。

「車内禁煙ですよ」

 指摘すると睨まれたが、苦い顔をして箱をしまった。ルールに厳格なこの男も、それなりに生き辛そうだった。


 思想や表現は個人の自由として保障されるべきだ。もっともである。支配層からの圧力に歯向かうにはデモやストライキが注目を集めて民衆に力を与える。しかしその方法がエスカレートしてどんどん攻撃的になっていくのはどうだろうか。

 ここ数年では反対派の活動家たちによるパフォーマンスが昔より激化していた。血液公社や血液センターの業務を邪魔したり、支持者への嫌がらせも目立つ。また吸血機関産業に関わる企業や、投資などバックアップする財団へ爆破予告や殺害予告も相次いでいる。口先だけのものもあれば、特に淡海府の都市開発主導の企業連合の中核である蓬莱ほうらいグループが目の敵にされ、本当に建物に爆弾を仕掛けたり組織の要人が暴行される事件もあった。【企業連続襲撃事件】として取り上げられ、明らかに特定の活動グループの実行犯は細々と逮捕できるのだが、組織の指示という決定打がなく警保局も黒幕を検挙出来ないと言う。無関係者まで巻き込んでいき、それは混沌としていた。

 自分と違う他人を許せなくなっていく。たくさんの正義がぶつかり合っていく。目的を忘れてその先には、いったい何があるのだろう。父が言っていた『本当のしあわせ』や『奪う人より与える人に』、それは理想だがとても難しいものだと、今こそ身に染みる思いだ。


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 目的地である湖東区の第三血液センターには約一時間遅れで到着した。C無線越しのアサヒさんからは対象人物にまだ動きがないことを告げてきた。エンジさんは路上駐車を済ませるとわたしたちに資料を回してきた。対象の顔写真と経歴が書き込まれている。

「今一度説明するが、こちらの血液センターの管理課長が数年前から血液の不正横領を繰り返していると血税局の監査課へ密告があった。相当慎重な手口で書類や数字を誤魔化してきたが、ついに大きな取引に手を出し始めて協力者にも限界が来たんだろう。罪の重さに耐えきれなくなった部下が楽になりたいと泣きついてきたよ」


 地下街や裏路地で不正な血液売買は蔓延るが、どうしても健康状態の良くない売り手が主になってしまい品質低下は避けられず、ブローカーたちもその儲けに満足していなかった。血液センター認可の血液は当然ながら品質は保証されるが、そこの厳密なチェックをすり抜け横領するには内通者の存在が必要不可欠だった。今までヤクザが送り込んだ偽装新人がスパイ紛いなことをして摘発されてきたが、ここまで長年勤めた人物がマークされるのは初めてだ。


「大まかな状況は密告者から得た情報で揃っているから、俺たちは地道に裏を取っていく。対象は几帳面な性格らしく、週に一回は防犯カメラのない場所で取引先と直接やりとりするらしい。根気強く粘って証拠を押さえられたら御の字だ」

 エンジさんの説明と書類に目を通して現状を把握した。本来なら上司である虎姫さんが仕切るのだが、国内の都府や州府の発足したばかりの血税局に視察や指導する立場のために出張が連続し不在が多かった。フォローとして今日の現場指揮はエンジさんで、本部のほうでアサヒさんがバックアップする体制となっている。車内でさらに数十分待つと、休憩時間なのか管理課長が裏口より出てきた。その手には仕事で使うのか、小型のトランクケースが握られている。

『そのエリアは防犯カメラの死角が点々と存在する。ロストしたらこっちではどうしようもないから、現場組の車載カメラでちゃんと記録しといてね』

 本部でIISをチェックするアサヒさんが告げる。大通り以外ではまだ車の流れが止まっていなかったので、対象と一定距離を空けながら後を尾行する。徒歩圏内の裏路地に駐車していた、黒塗りの高級車に乗り込むのが見えた。違和感ない範囲でこちらも停車する。

『街頭のカメラから車内は見えないね。そっちはどう?』

「乗車してるのは運転手一人と管理課長のみだな。互いに前を向いたまま何か喋っている。唇の動きは読めないが、とりあえず映像を転送するぞ」

 わたしはその車と運転手に見覚えがあった。

「あ、帰帆組の金庫番だ!」

 アサヒさんとペーパーカンパニー漁りをしていたときに見つけた人物だった。様々な企業を隠れ蓑に脱税して裏金を蓄えているという。

『映像解析したけど車のナンバーも顔認証もビンゴだね。先日あんたたちがボコした筋肉オバケの会長さんに血液売ったのも帰帆組だって吐いてたねえ。良品質なブツの出処はここかも』

「じゃあクロじゃねえか! 制圧しようぜ!」

 スオウさんは意気揚々と腕まくりした。

「バカ、まだ具体的に何もしていない。たまたま同級生と再会しただけだって線もある」

 とてもそんな雰囲気ではないが、そういう言い訳をされても否定はできない。確かに、対象者たちは車内でお喋りしてるだけだから。

『単純に情報交換だけして今日は終わりかも。もし現金と血液の交換が見えたらすぐに制圧して』

 そうだ、今下手に手を出して空振りになり、警戒されて今後の監視が難航するとさらに厄介だ。飛び込みたくなるのを我慢して、不正取引の証拠が出揃うのを待つ他ない。ドロップの銀行振込は便利だが『足』がつくし、血液は当然ながら電子化できない。必ず物理的なやりとりが起こるはずだ。

 しかし目立った動きはなく、その会合は数分もしない内に終わってしまった。管理課長は車を降りて、スタスタと今来た道を戻っていく。

「おかしくない?」

 ナデシコが怪訝そうに呟いた。

「確かにめちゃくちゃ怪しい雰囲気だったけど、何も起きなかったね」

 わたしは何気なく同意した。

「違う違う、今あのおっさんが持ってたケース。来たときとちょっとだけ違うものだったよ。傷の位置とか角のすり減り具合とか」

 ――そんな些細な変化、気づけるわけがなかった。ナデシコの異常な視力と観察眼でなければ見過ごしてしまう。エンジさんとスオウさんは互いに目配せした。黒塗りの高級車はもう発進しようとしている。

「どうするよ?」

「管理課長はすぐに逃げないだろう。まずは、あのヤクザのケースの中身を確認する」

 見た目そっくりのトランクケースを二つ用意して、それぞれに現金と血液を忍ばせて交換する。確かにカメラの記録では何も変異なく通常通りとレッドアイも判断するだろう。そうやって今までもコソコソとやってきたのか。

 エンジさんはすぐに車を始動させた。幸いにも高級車は近くの信号で停車していたので、すぐに追いつけた。

「え、ちょ、そろそろブレーキ踏まないと」

「口閉じてろ、舌噛むぞ。振り返ってもらうには、ちょっかい出すんだよ」

 理解するより前に、我らの捜査車両はそのまま止まることなく高級車目掛けて軽く追突した。なんでええ?

「カマ掘ってんじゃねえよ! 何してんだテメエ!」

 ブチギレた金庫番は車から降りてこちらにズカズカと向かってくる。前部座席に勢いよく頭をぶつけたわたしも同じ気持ちだった。何してんのエンジさん!

 しかし意外にも、冷静なエンジさんとスオウさんは素早く車を降りると、相手へと駆け出していた。

「ケーホ呼ぶぞゴルァ!」

 ヤクザ渾身の自虐ギャグだろうか。通報すればお前のほうが捕まるぞ。笑えない。

「血税局だ。大人しくしろ」

「はあ?」

 明らかに男の顔が引き攣ったが、時すでに遅し。スオウさんに組み伏せられて高級車のボンネットに押し付けられていた。全く無駄のない動きで男に反撃する暇はない。エンジさんは黙って腕を組んで見下ろしている。

「待てよ待てよ。何もしてないっての」

 ヤクザはさっきの威勢がどこへやら、ガチガチに怯えている。

「黙れ。おい、さっき車内に居た奴とはどういう関係だ」

「…………ど、同級生と久しぶりに再会したんだよ」

 もう少しマシな嘘くらい思いついてほしいものだ。

「志賀、ナデシコ、車内見てくれ」

 わたしたちは遅れて二人に追いつくと、指示通り高級車のドアを開ける。後部座席に例のトランクケースがそのまま置いてあった。

「こっちが管理課長が持ってきたほうで間違いない?」

「うん。見た目こっちのほうが古いから」

 ナデシコの説明でも違いはよくわからなかった。南京錠やダイアル錠のようなものはついておらず、留め金を外せばそのまま開きそうだった。

「開けますよ」

 エンジさんが頷くのを合図に、わたしはケースの蓋を持ち上げる。

「……あれ?」

 中身がなかった。隈なく触ってみても、二重底や隠しスペースという仕掛けはなさそうだ。だとしたら車内のどこかにもう移したのか。助手席の収納ボックスから荷室のスペアタイヤの格納まで目を通すも、血液らしきブツは発見できなかった。もちろん拘束中の男の服からも何一つ出てこない。

「どういうことだ?」

「だーかーらー、何もしてないって言ってるだろうが! それより俺の治療費と車の修理費! 払えねえとは言わせねえぞオラァ!」

 安心したのか元気を取り戻しギャーギャー騒ぐヤクザを無視して、わたしたちは顔を見合わせた。車外の仲間にブツを引き渡す様子などなかった。血液ナシで現金のみ先払いや後払いをする仲でもないだろう、取引は同時交換が鉄則だ。じゃあ本当に取引そのものがなかったのか? とにかく管理課長が持ち帰ったほうのケースを確認するまではなんとも言えない。しかしそちらも中身ナシの場合、先走りの捜査失敗だ。

 しばしの沈黙が続くそのときだった。C無線に劈くようなアサヒさんの声が響いた。

『緊急事態! 急いで血液センターまで戻って』

「何があった?」


『血液強盗』

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