終わった世界と田んぼと僕

秋津幻

第1話

2100年くらいのお話。

僕は一人きり、広大な荒野で田んぼを耕し続けていた。

誰もいない。誰もいない。

しーん、というのはこんな時に使う擬音なのであろう。本当に静かだ。

周りを見渡すと一面の土やら草木やら。

それと僕が苦心惨憺して作り上げた田んぼ。僕一人が食べられる最低限しかない。

でもここまで作り上げるのにどれだけ頑張ったことか。それまで火を起こしてカップラーメンをつくって……

そうそう。少し遠く、ほんの10キロほどを自転車にて走ると錆びれた町が一つ。

カップラーメンはそこから持ってきた。

田んぼの作り方はそこの錆びれた図書館から本を発掘してきた。

そのほか一応野菜も作っている。これは昔家庭栽培の手伝いをしていたのでなんとかなった。

自給自足と言う言葉を自分が証明することになるとは思わなかった。昔自給自足なんて言う言葉はほとんど死語みたいなものだったのに。

こんど、ビニールハウスでも作ろうか。もっと遠くでそんなものを見た気がする。そこはもう壊れてしまったのだろうけれど参考程度にはなるだろう。

さて、どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

100年前の人がいて、未来を想像したとしたらこんなことを考え出す人間はいるのだろうか?

おそらくいたんだろう。いつの時代にも捻くれた人間という物はいたし、『未来は核戦争によって焦土と化している』という想像をしたことない人間はいなかったろう。

いや、何もこの状況が核戦争で生まれたと言いたいわけではないのだ。そしたら耕作なんてできなくなってしまうし、それだったら僕もただでは済まないだろう。

ただ、何かが起こった、というだけなのである。

僕が生き残ったのは偶然の代物でしかない。

もしかしたら世界中探せば生き残った人間もいるのかもしれないけれど、一生かかっても見つけるのは難しいだろう。

それは、人と人とが運命の出会いをするくらいの確率。

限りなく低いものであると言う事はここで言っておこう。

そりゃあ僕も一人でいるのは飽きたし、孤独はさびしいものだ。

まだ僕が学校に通っていた頃、クラスで孤立していた人がいた。その子に「寂しくないかい?」と聞いたら「慣れてる」と答えたけれど僕にはそんなこと無理そうだ。

日ごろから近くに誰かがいた人間は、一人でいると言う事はできないのだ。

世界中の人間が便利な生活を捨てられなかったのと同じように。

僕は一人きり。永遠に。僕が死ぬまで。世界が終わるまで。僕は一人なのだろう。

感傷的になってしまった。結果にあれこれ文句を言ってもどうしようもない。

あんなことが起きたのは世界中の人が求めた結果であり、僕が求めた結果でもあったのだ。

最終的にはこんなことになるのはみんな気づいていたはずなのに。

途中で気付いていたはずなのに。

もし、仮にだ、今残っている人が全員集まって社会を作ったらそれはそれは素晴らしい社会になるのだろう。社会っていうのは人数が少なければ少ないほどいい。人が増えすぎた社会は統制できなくなってしまうのだ。統制しようとして、幸せな社会を作ろうとして。そしてこんなことになった。

しかしそれだけで終わりだ。残った人たちが作った社会はぜったいに何かが欠けている。残った人間はどこか欠けてる、そんな人たちだから。


***


いつもいる町から遠く離れた町。

気晴らしにここまで来た。

それにしても交通機関がないというのはとても不便なものだ。百年前でもここまでくるのに一時間とかからなかったろうに。

また今の僕は田んぼをほっぽらかすことはできないので日帰りでいけるとこまでしか行けないだろう。今日の作業は大体終わったので来てみたのだが、本当だったら一瞬たりとも気が抜けないのが本音だ。せめて図書館で本を読んでいるのだったら天気が急変した時対処ができるが今だったらどうしようもない。

うん。でもたまには気晴らしも必要だ。毎日町と田んぼの往復では気が滅入ってしまうだろう。


と、そのときガサガサと何かが動いているのが見えた。

たぬきだろうか?きつねだろうか?

しかし動物はあらかた処分されてしまっていたはずだし生き残りは動物園で餓死しているはずだ。前に見入ったことがあったが腐臭がひどかった。

折角だ。もしかしたら生き残りかもしれない。そう一抹の希望を抱きながらその動いている物の所へと行く。


女の子だった。


年齢は僕の一個したくらいだろうか?

全く、運のいいこともあるんだな。人と人とが運命の出会いをする確率を一発で引き当てるだなんて。

「おーいそこの女の子」

僕は久方ぶりに独り言以外の声を出す。

女の子は非常におどおどした様子だったのだが僕の声を聞いて飛び上がった。

当たり前だ。自分以外の声を聞かなかった人間が自分以外の声を聞いて驚かないわけがあるか。

「あー大丈夫、怖がらなくていいから、僕は不審な人間じゃない」

全く信憑性がない。全裸の人間が怖がらなくていいよ、と言う並の信憑性のなさだ。

一応言っておくが僕は普通に服を着ている。だって着てないと寒いから。もうボロボロになっちゃったけどね。

「お、お、おおおととこ!?こここっちこな……」

何を言っているのか聞き取りにくい。声をあまり出していないのだろうか?人は長らく声を出していないと声を出すことが難しくなる。僕は何かをするたびいちいち独り言をしゃべるようにしている。

「落ち着いて、落ち着いて、どうかしたのかい?」

この惨状でどうかするも何もない。僕も内心戸惑っているのだ。まさか自分以外の人間に会えるとは。

「あ、あの……ほかに人は?」

「いないよ、たぶん世界中にいる人間は僕らだけだよ」

間髪入れずに答える。その少女を絶望させるに十分な真実は、彼女を力尽き倒れさせるに十分だったようだ。いやもしかしたら世界中探せばいるかもしれないけれど。1人いれば30人いるっていうし。

その時、彼女の足に赤い液体がついているのを見つける。怪我しているようだ。

絆創膏と消毒液ならいつでもどこでも持ち歩いている。耕作作業には必須のものだ。

「ちょっと痛むから我慢してね」

と言ってから消毒液をかける。彼女の顔が少しゆがんだのが見えたが気にせず絆創膏を貼る。

「これで大丈夫っと。動ける?」

「……あの おなかが」

なるほど。おなかがすいているのか。それにしても彼女は今までどうやって生きてきたのだろうか?動物でも食っていたのか?

「あっそう。じゃあ近くの町で連れて行って食わせてあげるから自転車に乗って。乗れる?」

「ありがとう ございます……」

僕の手を使って無理やり立ち上がる。彼女は少しふらふらしていたようだがまあなんとかなるだろう。自転車の後ろに乗せ、僕も乗り、自転車を漕ぐ。

「つかまっててね」

「は、はい」

この生活になってから、初めて人心地がついた気がした。

……いや、初めて僕以外の人間に会ったってだけだけど。


***


「あったかい……」

そりゃあカップラーメンだからねえ。

僕は町からカップラーメンを見つけ出し火をつけお湯を沸かし入れて三分待った。

僕はご飯を食べなくても一日は生きていけるくらい満足のいく食事はしていたのでご遠慮していただくことにした。……ちょうどカレー粉がつきそうなところだったんだ。補給する。

「で、これからどうする?」

僕はかわいい顔で喜びながらラーメンをすする彼女に声をかける。

「どうするって言われましても……」

まあそうだろう。今の状況すらわかっていない人間が未来を考えられるわけがない。

「いや、僕は一応田んぼを耕したりしながら自給自足で生活しているんだ。だから君も僕の所へ来ないか、ということなんだけど」

「ほ、本当ですか!?」

目を輝かし、即座に返答する彼女。

食うや食わずの生活で住まわせてくれる場所を見つけたのだ。渡りに船の話だろう。

うまい話のような気もする。うますぎる。僕だったらそう思うのだろうけれど彼女にそんなことを考えられる余裕はないようだった。

「その代り、ちゃんと働いてもらうけどね、まあ三か月もすれば何とかなると思うけど」

やれやれ、こうなったらまた田んぼの開墾をしなくてはならない。

しかし目の前に自分以外の人間がいて、それもかわいい女の子となるとここでそういうことをしない人間はいるまい。それに人に優しくするのは当たり前だ。こんな人間がほとんどいなくなった世界であるからこそ。

「お、お願いします!私はいつも空腹でいるのは嫌なんです!お願いです!お願いします!」

やれやれ、そんなに大声を出さなくてもいいのに。聞く人は僕以外にいないといえはずかしい。あんなことを言ったのは僕なのにまさかここで『いやだめだ』と言うわけがないだろうに。

「決まったね、じゃあ少し休んだら行こうか」

「は、はい!」

女の子を自分の家へ連れて来るなんて一昔前だったら重罪だ。今だからこそできることなのだろう。

まあ、同年代だし。僕とあろうものがなにか過ちを犯すわけがないし。

この自転車も長く使ってるから所々錆びている。後でメンテナンスでもしておこうか。


***


そこからの日々はもう語れないくらい素晴らしいものだった。いや語るけれども。

まず先にやらなければいけなかったのは彼女分の畑の開墾。

当然彼女一人で作れるようなものではないので僕も手伝った。

最初の方は苦労しながら、二人で作業を続け、完成させた。

しばらくして田んぼの開墾もした。当然、二人で。

機会があったのでビニールハウスも作ってみた。色々なものを作ることが出来るようになった。

果物もそのうち収穫できるようにして見た。

僕らで色々なものを作らなくてはならない。春食べるもの。夏食べるもの。秋食べるもの。冬食べるもの。

物の味にも気を使うようになった。二人で料理を勉強して、色々な料理を作れるようになった。

ここら辺でしか作れるようなものでなければいけないが、まあしょうがない。困ったときは遠出して町に行けばいいのだから。保存がきけばどこの町にでもある。

一人と二人では大違いだ。

隣に誰かがいるだけで、人は強く生きることが出来る。

時に失敗し、時に喧嘩し、異常気象に悩まされながら、考え、共に歩き。

数年たった。


***


「世界ってなんでこんなことになったの?」

知らなかったのか逆に。

「私、その時病院にいたからさ」

何の病気で?

「感染症にかかって。ちょっと厄介な病気で隔離されないと聞けなかったみたい。いや、もう大丈夫なんだけどさ」

何故今そんなことを?今までそんなこと言ってなかったのに。

「だってさ、世界はもう私たち二人しかいないんだよ?」

確かにそうだけど。いやもしかしたらどこかにいるかもしれないけど。

「今まで出会う事はなかったんだしいないってことでいいと思う。それでさ、そしたら世界に再び人類を繁栄させるためには私たちが何かするしかないじゃない」

で、どうすると?

「……私、女の子なんだよ?それで君は男の子」

……一つ言っていいか?

「駄目」


***


結局一人になってしまった。

おそらく地球に再び人類が繁栄する未来はない。

なぜならこの世界では種族が発展するために必要なもの、『欲』を押し付けることが許されないからだ。

傲慢。

嫉妬。

憤怒。

怠惰。

強欲。

暴食。

色欲。

これらがあるから、世界はあそこまで発展し続けてきたのに。

空を見上げる。

そこには人が多すぎた社会を統制するために作られたコンピューター。

思えば一度もあれが役に立ったことはなかった。

害虫を駆除して生態系が崩壊したこともあったし、デフレも金をひたすらに刷ることで解決しようとし、大変なことになった。

どれも、今まで人間がして失敗したことと同じだった。

そこに気付いて解体しようとした時にはテロリストが壊さないようにと名目で備え付けられた防犯対策でにっちもさっちもいかない状況だった。手遅れだった。

そしてとどめにこれだ。犯罪の原因は全て人間の欲の押し付けにあるものと決めつけ、こんなことをしでかしやがった。

おかげで人間は二度と繁栄できなくなってしまった。

今残っている人間はどんな人間なのだろうか?ひたすら善良な人間なのか、それとも隣に誰もいなかった人間なのか、それとも僕みたいに色々と欠けている人間だったのか。

どこか遠くで音が聞こえた気がした。

僕は今日も一人で畑を耕し続ける。

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