第32話 病院での2人(2)ー 汐見、2日ぶりの入浴

 汐見が2日ぶりに入浴したい旨を告げると、シャワールーム前で待つように言われた汐見が待機していると、数分後に到着した柳瀬が問いかけた。


「入浴セットって持ってます?」

「あ、あの、佐藤が持って来てくれました」


 言って、佐藤に渡されて持ってきた物を見せる。


「そうなんですね! よかったです。自宅から持参してない場合は購買を案内するんですが」


 そう言いながら、汐見が持っているバスタオルと洗面器の中を覗く。


「大丈夫そうですね!」

「え、ええ……」


 まるで嫁のような周到さで甲斐甲斐しい佐藤に感謝するが、ニコニコ笑っている柳瀬に対して少し気恥ずかしくなった。

 シャワースペースに案内しながら柳瀬から説明される。


「一応、シャワールームの前に説明書きがあるのでそれも見ててもらいたいんですがシャワーを出しながら温度調節してから入るようにしてくださいね。最近お湯の出が悪いみたいなのでお湯が出ないようならコールしてください。明日も、入ります?」

「あ、どうだろう……退院するとしたら月曜日? ですよね、なら……」

「そうですね。一応シャワーは特別な理由がない限りお一人1日1回でお願いしてます。明日の分はシャワールーム前のノートに時間予約で書いておいてください。混む時間帯は揉めちゃうので」

「わかりました」


 交代制で入るシャワールームは1フロアに1つ。男性用と女性用で二手に分けられ、その中にスポーツジムにもあるような仕切られたブースが5つある。奥には介助用の大きな風呂場があり、1週間スケジュールのホワイトボードに名前カードが貼り付けられて【業者が来る午後6時までに!】と注意書きされている。

 案内されて入った1畳程度のシャワーブースを見回すと、シャワーヘッドの横にナースコールのスイッチが垂れ下がっていた。


〝なるほど……こうなってるのか……〟


 入浴ブースの手前には簡易だが更衣室もある。そこに着替えを入れる棚も設置されていて、柳瀬は持っていた汐見の替えの病院服をその一つに入れた。


「じゃあ、ちょっと脱いでもらえますか?」

「え?」

「傷口と点滴の部分が濡れないように防水処置しないといけないので」

「あ! ああ、そうですよね」

「……汐見さん、入院なんて初めてそうですもんね……」

「いや、お恥ずかしい……入院するのも、入院した人の入浴を手伝ったこともないので……」

「まぁ、普通そうですよ。というか、入浴セットまで持ってきてくれた佐藤さんに感謝ですね」

「そ、そうですね……」


〝あいつ、心配性だからなぁ……〟


 上着を脱ぐと、柳瀬は慣れた手つきで素早く刺傷箇所の脇腹と点滴刺入部位の左腕に防水処置を行なった。


「右手の方は昨日から針を抜いてるのでもう大丈夫だと思います。ただ、引っ掻いたりしないように気をつけてくださいね。入浴が終わって病室に戻ったらまた連絡ください」

「わかりました」

「……」

「? どうしました?」

「いや、本当に鍛えてるんだな~と思って」

「や、いや、改めて言われるとちょっと恥ずかしいですね……」


 少し照れながら述懐じゅっかいする汐見を見ていると構いたくなってしまう佐藤の気持ちが柳瀬にも少しわかる気がした。


「病院服の替えはこちらに置いときますね。明日の入浴後からは普段着でも大丈夫ですよ」

「あ、はい」

「また後で! 何かあったら遠慮なく呼んでくださいね!」

「はい。お願いします」


 笑顔を絶やさず迅速な処置を行い、患者を不安にさせないその態度には感心させられる。若いのにきっと優秀なんだろうと思わせる柳瀬の言動に、汐見の好感度は上がりっぱなしだ。


〝さて、じゃあ……〟


 入浴するために脱衣して、ブースに入る。

 2日ぶりのシャワーは本当に快適そのものだった。




 数十分後。


 夕食になる弁当片手に、先に戻ってきた佐藤が手持ち無沙汰に個室をうろうろしていると、突然

 ガラッ と個室の扉が開き、【入浴後の顔を少し紅潮させた】汐見が【普段自分が使ってる入浴石鹸と洗髪剤の香り付き】で【前面がはだけた病院服】を着て【佐藤愛用のバスタオル】を首に掛け【濡れた髪を拭きながら】入ってきた───


「お……し、汐見……!」

「ん? ああ、先に戻ってたのか」


 メガネを掛け直しながら顔を上げた汐見と視線がぶつかった。


〝ちょ、ちょっと! 待て!!〟


 それは、ここ2年くらいカメラレンズ越しにも見たことがない汐見の半裸。(正確には半裸の半分)

 佐藤にとって眼福にも程がある、実物かつ至近距離の汐見の破壊力はあまりにも刺激が強すぎて、思わず前屈みになった。


〝ッおいおい! 俺の息子!! バカ!! 鎮まれッ!!〟


「? どうした? 腹の調子でも悪いのか?」


 前屈みになっていく佐藤の様子を不審に感じた汐見がごくごく普通に心配して声を掛けてきた。


〝ば、バカ! 近づくな!〟


 汐見の実物の半裸を見たのは、3年前の社員旅行以来だ。その時より数段胸筋が盛り上がっている。しかも、首の半分から下が思った以上に白い。


〝汐見は日焼けしやすいだけで、地肌は白いんだよな……ってまた……!!〟


 そうなのだ。汐見は顔や手足の先は浅黒いが、地黒ではない。

 月に2回ほど参加している草野球のせいで七分丈のアンダーシャツから出ている部分だけ日焼けしているのだ。そのせいで、日焼けのコントラストが異常にエロティシズムを感じさせる。

 社員旅行で初めて汐見の肢体したいを見た佐藤は、その夜、何度もトイレに駆け込んで自分を鎮める羽目になったことを思い出した。


「佐藤?」

「ちょ、っちょっとトイレ! 行ってくる!」

「? あ、ああ、そうか」

「あ、後で! ちゃんと髪拭いとけよ!」


 言い捨てつつも、佐藤はさりげなく前を隠しながら個室を飛び出した。


「? 変なやつ」


 もし、その汐見の一言を聞いていたら、佐藤は悔しそうにうつむいたに違いない。

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