第31話 破滅エンドなど許さない

 イリーナ。


 伯爵家の令嬢。学園入学前でエヴァンと既に出会っており、それから彼と親交を深める。

 所謂、『幼馴染』ポジションであったことから、イリーナを正ヒロインとして挙げる者も多い。


 しかし今思えば、ゲーム内の彼女は不可思議な点が多々とあった。


 まずはイリーナが現れるタイミングの良さ。


 ゲーム内でエヴァンは多くのピンチに遭遇するが、もうやられそう──という時に限って、イリーナが現れて彼を助ける。

 もっとも、絶対絶命のピンチに味方が現れるのは物語としてのテンプレだ。イリーナは初心者救済のためのキャラという側面もあるんだろう。

 だからこれが決定的な理由ではない。


 二つ目の理由は、イリーナルートのエンディング。


 エヴァンと結ばれ、イリーナは彼と抱擁する。

 しかしスタッフロール後の二人の幸せそうなイラストでは、彼女の背中に黒い翼が生えていたのだ。


 翼の色が白なら演出方法として理解出来るが、どうして彼女の翼は黒なのだろうか?


 様々な憶測が流れたが、どれも確証には至らない。


 だが、その中で俺が推していた説がある。


 それが『イリーナ黒幕説』。


『ラブラブ』で起こる全ての悪いことは、イリーナがやったこと。

 丁度いいタイミングで現れるのも彼女が黒幕だから。

 エンディングで黒い翼が生えるのも、あれは彼女が黒幕であることを暗に示しているのではないか。


 しかしゲームスタッフが『イリーナ黒幕説』に肯定も否定もしなかったので、一種の都市伝説としてネットの大海に埋もれていた。


 こういったことが頭の片隅にあったから、俺はイリーナのことがずっと苦手だったのかもしれない。


「ただ……根拠は俺の勘だけではない。もう一つはエヴァンの覚醒だ」

「へえ?」

「オリエンテーションでデスイーターが現れた際、俺はエヴァンに魔力を付与しようとした。しかし出来なかった。エヴァンにそれを受け入れる魔力回路が通っていなかったからだ。

 最初は主人公補正だと思っていた。だが……あの時、エヴァンの近くにいた者の中でイリーナがいた。イリーナ──お前はあの時、なんらかの方法でエヴァンの中に魔力回路を作ったのではないか? だから俺が遠隔からエヴァンを補助することが出来た」

「あたし以外にも人はいたじゃない──って言いたいところだけど、隠す必要もないから言ってあげる」


 イリーナは両腕をばっと広げて、支配者になったかのような口振りでこう続ける。


「そう! あの時、エヴァンに細工をしたのは、このあたし! それだけじゃないわ。【夜の帷】に魔神復活……あれも全てあたしが仕組んだことなのよ!」

「やはり、そうか……」


 点在していたヒント。

 それらが一つに繋がった。


「イ、イリーナさん……あなたが本当に魔神を……」


 ジルヴィアは上手く言葉が出てこないらしい。

 それも当然。

 今のイリーナはエヴァンを手助けする正ヒロインではなく、全ての黒幕であったそのものだったからだ。


「どうして、あたしがこんなにベラベラ喋ったか分かる?」

「大体察しは付くが、貴様の口から聞こう」

「だったら教えてあげる。もう全部だからよ」


 妖艶な笑みを浮かべるイリーナ。


「あんたがここまで辿り着けたのは、素直に褒めてあげる。まさか魔界の扉が開く場所を、どんぴしゃで言い当てるとはね」

「貴様は誰を相手にしていると思う? 俺だぞ?」

「不思議ね。メチャクチャだけど、あんたがそう言ったら納得させられてしまうわ。でも……せめて、オリエンテーション前に気付いていたらねえ。残念ながら、もう魔界の扉は開いてしまったわ」


 とイリーナが言うと、後ろにいるジルヴィアから「そ、そんな……」と声が零れた。


「今頃、街中では魔神が暴れ回っている。しかも……複数体ね。一体いるだけで世界が滅ぶと言われている魔神が複数よ? すぐにこの街は地獄になるわ。いや……もう、なってるのかしら」

「うむ、嘘は言っていないが本当のことも言っていないという感じだな。正しくは、魔界の扉の開放はなのだろう? ゆえに上位の魔神は召喚させられず、下位の魔神しか呼び寄せられていない」

「……あんたはほんと、憎たらしいほどなんでも知っているのね。その通りよ。あんたが気付いたから、あたしは不完全な状態で魔界の扉を開いた。でも!」


 イリーナが胸に手を押さえ、声を大きくする。


「だからなにって言うの!? 下位の魔神とはいえ、絶望的な状況であることには変わらない! 誰も下位の魔神にすら勝てないわ」

「なにを言っている。オリエンテーションでなにが起こったのか、もう忘れたのか?」

「そうねえ……あんたなら、下位の魔神くらい倒せるでしょうね。でもあたしがここから、あんたらを出すと思っている?」


 殺意を飛ばすイリーナ。


 少しでも変な動きをすれば殺す──視線でそう言っているかのようであった。


「つまり貴様がわざわざここに顔を出した理由は、俺の足止めということか。バカな貴様にしては、よく考えた」

「ふふっ、口数が多くなってきたわね。焦っているのかしら?」

「焦り? 貴様は何度愚かなことを言えば、気が済むのだ。貴様ごときが、俺を思い通りに出来ると思っているのか」

「その油断が命取りよ」


 イリーナから黒い魔力が奔流する。


 今まで隠していた魔力を解放したのだろう。

 彼女の背中に黒い翼が生えた。


 その魔力量にジルヴィアが恐怖で震えている。

 今のイリーナは神々しさすらっており、デスイーターや下位の魔神以上に絶望を感じさせた。


「『魔女』って言葉をご存知ないかしら」

「知らん。興味がない」

「だったら教えてあげる。あたしは三千年の時を生きた魔女。『混沌の闇の王』や『魔神』と並び、世界が七度滅亡危機に陥った災厄の一つ。ただの、いたいけな少女だと思ってた? デスイーターや下位の魔神を瞬殺したくらいで、調子に乗らないでちょうだい」


 既にイリーナは勝った気でいるのだろうか。

 気持ちよさそうに、そう語った。


 だが。



?」



 どうでもいいことをここまで語られると、俺も呆れて溜め息を吐きたくなるというものだ。


 三千年も生きたのだからこいつもこいつで色々とあったのだろうが……今の俺には心底興味のないことだった。


 魔神を復活させる術を知っているくらいだから、ただの人間じゃないことは予測していた。

 その正体が魔女だと聞かされても、今更全く驚かないのである。


「貴様の間違いを二つ教えてやろう」


 そう言って、俺は指を二本立てる。


「まず、貴様は人間を舐めすぎだ。街には俺以外にも強き者がいる。そして……それを支える者も、な。人類が結束すれば下位の魔神ごとき、葬ることは容易いだろう」

「強がりね。誰も魔神には勝てない」

「それが貴様の間違いだと言ったのだ。そして二つ目は……」


 俺はのようにニヤリと口角を吊り上げ、こう告げた。


「三千年を生きた魔女だかなんだか知らないが、俺には関係ない。努力し続けた史上最強の天才、それが俺だ。俺がいる限り、人類のなど許さない」

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